第13話 二人の警官
「たっ助けて!」
「逃げろ!」
遠藤達が乗るバスが止まると、乗っていた人達が飛び出して来た。
「どうしました?」
交通整理をしていた警官、井出巡査部長は駆け寄り、状況を確認しようとする。
「ゾンビが出た!出た!」
血相を変えてマイクロバスから逃げる女が井出へ怯えながら訴える。
「なんだって!?あのバスの中に?」
「そう、あの中でゾンビが出た」
震えるその女の言葉で井出は状況を把握した。
とはいえ、ゾンビがそこに居る。
山梨県警で対象Zに対処した警察官は僅かだ。
この場に居る井出巡査部長はまだゾンビと遭う経験は無かった。
腰には回転式拳銃ニューナンブM60が一丁、警棒が一本ある。
M60には実弾が5発装填してある。交通整理とはいえもしもゾンビに遭遇したらに備えての用意だった。
井出はそのもしもに遭ってしまった不運に内心悪態をつく。
「井出さん、本当にゾンビなんですか?」
井出の部下である木下巡査がやって来る。ようやく勤務が一年過ぎた新米である。
「そうらしい」
「バスの中を見に行くんですか?」
木下は不安げに尋ねる。事故や孤独死の現場に慣れたとはいえ化け物が居る場所へ踏み込むのは躊躇がある。
「行かんとな」
井出はぼやくように言う。行こうにも足が重い気分だ。
そうしている間にバスからどんどん人々が出ていく。
「俺が行きます」
木下が志願する。木下は仕事に対して積極的だ。井出は「よし行け」と言いそうになる。
井出は若手に何でも仕事を投げる性格ではない。さすがに気が咎める。
「待て、俺が先に行く。付いて来い」
井出は億劫な気持ちを抑えて先頭に立つ。
マイクロバスに近づきながら井出は拳銃をホルスターから出す。
「木下、拳銃出しとけ」
「はい」
井出は背中越しに木下へ指示する。
警察庁の通達で対象Zに対しては警告無しでの危害射撃を許可している。県警本部長からも現場の判断で射撃せよと指示があった。
ただし本当に対象Zなのかを確認せよとも言われている。
拳銃の射撃は年一回の訓練だけ、出動した現場で撃った事などない。
俺は撃てるのかと思ったが、頼れるのはこの拳銃だけだ。撃つしかない。
「警察です!無事な方は居ませんか!」
マイクロバスの出入り口に井出は立つと、出ていない生存者の確認をする。返事はない。
代わりにうなり声が聞こえた。
井出はその声の方向へ拳銃を向ける。
そこには完全にゾンビと化した遠藤の姿があった。その背後には右肩や腕を噛まれ、血を流しながら気を失い倒れている石橋の姿があった。
石橋は遠藤に噛まれた時に「ひっヒドい!こんなに私が心配してあげたのに!」と遠藤を罵った。
そんな石橋は意識を取り戻す前にゾンビと化すのは時間の問題であった。
井出は倒れている石橋を見てなかった、初めて至近距離で見るゾンビから目が離せなかった。
人の形をしているが、目を見開き敵意を剥き出しにしている。口元は人を噛んだせいで赤く塗れている。
今まで井出が出会った犯罪者では見た事がないタイプだ。
むしろ、人里に下りて来たクマを見た時と似ている。井出にはゾンビと化した遠藤が獣のように見えていた。
「ぐうううう・・・」
遠藤は井出へ顔を向けて近づきはじめた。
井出は思わず後ずさりしかけたが、拳銃を向け撃った。
だが、井出が放った銃弾は外れてマイクロバスの窓に穴を開ける。
「くそ!」
井出はもう2発撃ち込むが、マイクロバスの車内に穴を開けるばかりだ。
「先輩下がって!」
井出は木下に背中を引っ張られた。
正確には井出が着ている防刃ベストを木下が引っ張ってである。
「おい、何をする!」
「あのままじゃ、ゾンビに噛まれてしまいます」
尻餅をつきながら悪態をついた井出であったが、木下が気を利かせたのがすぐ分かった。
ゾンビへの恐怖で身体が固まり、銃撃を当てようと躍起になるばかり。
思考の硬直で動けないのを木下が強引にでも下げてくれたのだ。
「ありがとうな」と井出はすぐに感謝した。
一方で遠藤はマイクロバスから悠々と出て来た。
「お、俺が撃ちます」
「ああ頼む」
銃撃を井出は木下に任せる。自分では当てられないからだ。
木下は拳銃を狙うが、そこには逃げる人々が遠藤と重なる。
「先輩、ここで撃ったら一般人に当たってしまいます」
「場所を変えろ。あのゾンビの先回りする」
井出は立ち上がり走り始めた。木下も続く。
ゾンビと化した遠藤は自分が出現した事で乗り捨てられた車の間をゆっくりと歩く。
そんな遠藤の先回りをしようと井出と木下は日が昇る中を走る。
一方で、マイクロバスの中ではもぞもぞと動く人があった。
遠藤に噛まれた石橋をはじめ、遠藤の後ろに居た男、乗っている人達を逃がそうと動いた運転手の自衛官の三人だ。
遠藤に複数箇所を噛まれて意識を失っている。
誰もがゾンビに身体が変化しようとしていた。それを示すように身体が何かに反応するようにピクリと跳ねる。
新たなゾンビが遠藤によって生まれようとしていた。
自衛隊が防戦を展開している背後ででだ。
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