第12話 目覚める夜明け

 「JRから要請受理と報せが来ました。増便は始発の後からです」

 山梨県庁にJRからの返事が届いたのは午前4時の事だった。

 「そうか・・・」

 室生は要請を出したのが遅かったと悔やむ。

 これが0時ぐらいであれば始発が出る時間より前に増便の列車をJRは用意できただろう。

 もう朝が来ようとしている。

 「知事、自衛隊がゾンビの群れの半分を倒したそうです。もう避難の必要は無いでしょう」

 林田がにこやかに報告する。もう終わったような顔だ。

 「まだ残り半分が居るのだろう?気は抜けんぞ」

 室生は渋い顔で林田へ返した。

 この林田の楽観さが副知事というサポート役として良いだろうと任命した室生だったが、どうも楽観や楽天的な性格は緊張感を欠いただけのようだった。任命した自分も含めて呆れるしかないと思った。

 「自衛隊の動きを見つつ、今日の午前中までは避難を続ける」

 室生は念を押すように林田へ言う。

 

 山梨県境では、東北方面特科連隊の砲撃で長野県からのゾンビの半分を撃破した。

 155ミリ榴弾砲FHー70の威力はゾンビを文字通り粉砕していた。

 それは懸念されていた民間の建物被害を伴うものであったが、着弾の派手な爆発でゾンビが倒されるのを見た政府の閣僚達は「やはり大砲は凄いな」「もっと早くやれば良かった」などと呑気に生中継されている映像を眺めていた。

 「後は自衛隊と山梨県に任せて良いかと」

 笹井は藤河へ促す。

 「そうだな。皆も一晩ご苦労だった、午後は国会だ。少しでも寝ておいた方がいいですよ」

 藤河はそう閣僚達へ告げて官邸の会議室から出て行く。

 これを見送った閣僚達も議員会館か、それぞれの省庁へ行って少しでも寝ようとする。

 会議室のモニターでは特科の砲撃が続いていた。

 その砲声と着弾する模様は閣僚に安心感を与えた。

 これで大丈夫だと。


 「渋滞か・・・」

 遠藤はマイクロバスで渋滞に巻き込まれていた。

 県境へ向かう自衛隊車輛に避難する住民のマイカー、引き返す運送会社のトラックが道路でひしめき合っていた。

 警官が交通整理をしていて、未明の深夜よりも進むようになっていたがゆっくりとしたものだった。

 遠藤にとっては苛立ちが募る。

 それが身体に現れているのか、遠藤の体内も何か騒がしく感じる。

 身体の奥から何かが出てこようとしているような。

 「ねえあなた、寝てないでしょ?どうせ渋滞で動けないから寝て待ちましょうよ」

 遠藤の隣の席に座る老女が遠藤へ話しかける。

 その老女でなくても、遠藤は目元に隈があり目は血走り、顔色も青くなっていて誰でも不調さが見て分かる。

 石橋と名乗った彼女は長野市から避難した元教師だと自己紹介していた。

 「どうも、あまり寝れなくて」

 遠藤はそんな石橋の気遣いを理解して、優しく答える。

 「目をつぶって休むだけでもいいから」

 「そうします」

 石橋の提案を受け入れて遠藤は目をつぶり、シートに身体を預けて休む。お節介を焼く枝野が少し苦手だが、元から他人に厳しく言えない性格と年長者の石橋の言葉に素直に従う。

 とはいえ、遠藤の体内は何かがグルグルと回り騒がしい。

 目をつぶり、楽な姿勢にしても眠気は来ない。

 (でも休まないと持たない)

 薬が切れたと言う不安から寝れず、ゾンビの大群が迫っている危機がより気が休まらなくなっていた。

 とはいえ、休まないと身体はもたないと遠藤は自覚している。

 東京に着いて倒れたら、矢井田を探す事はできなくなる。もしかすると倒れて目覚める前にゾンビ化するかもしれない。

 休んで正気と体力を保たねば。

 そう自分に言い聞かせる。

 だからと言って眠気は来ない。

 逆に不安が大きくなり、落ち着かず眠れない。

 「本当に眠れないのね」

 思わず遠藤が目覚めると石橋が顔を覗いていた。

 「今は何処です?」

 「韮崎市って所みたい。あんまり進んでないね」

 県境の小淵沢から南西に21kmほど進んだに過ぎない。とはいえ夜中の混乱した渋滞を思えば動いている方だが。

 「朝か・・・」

 マイクロバスの車内に朝陽が差し込む。

 遠藤にとってその日差しはまぶしい。眠りが足りない目が焼けそうだ。

 「休みなさい。しんどそうよ」

 石橋が遠藤を気遣う。

 「もう少し休みます」

 石橋に言われて遠藤はまた眠りに入ろうとする。

 だが、眠れない。

 不安だけではない、身体の中が騒がしい。

 何かが身体の中を走り回っている。血管が痛くなってきた。まるで血管の血液が圧力を増して速く流れているようだ。

 「いっ痛い・・・いたっ・・・」

 遠藤は呻く。

 「大変!?遠藤さん、しっかり!」

 石橋が遠藤の両肩を掴み、遠藤の目を見つめながら呼びかける。

 しかし、痛みで意識が混濁し始めた遠藤には届かない。

 「うっ・・・ううっ・・・」

 遠藤の呻く声は段々と意味を成さない、獣の声になりつつあった。

 「マズイんじゃないか?コイツ」

 遠藤の後ろに座る20代の男が言った。

 「コイツ、ゾンビになるぞ。外に出せよ!」

 その若い男は慌て周囲へ呼びかける。

 「そんな冷たい事を言っちゃダメよ!」

 石橋が遠藤を庇う。

 「そのオッサンがゾンビになったら手遅れになる!」

 「まだ分からないわ。この遠藤さんは不安で精神的に参っているだけなのよ」

 苦しんでいる遠藤を石橋は守っていた。

 だが、周囲の目は石橋と遠藤に向けて険しくなっている。

 「みなさん、お互いにあのキャンプに居た者同士じゃない!みんなで東京へ行こうと頑張りましょう!」

 石橋は教師だった時の様に説く。

 皆が仲良く、皆で乗り越えよう。あの時の教壇で説いたように。

 「綺麗事を言うんじゃない!」

 「そのオッサンをなんで庇うんだ!」

 だが石橋の言葉と思いは通じない。

 明らかな変化、恐れが石橋の言葉を非現実的に思わせた。

 「みんながどう言うと、私はこの遠藤さんと東京へ一緒に行きます!」

 石橋は意地を張る。

 皆が分かってくれないなら、自分で示す。

 これも教師だった時にやった事だ。

 そんな石橋に「そんな事をやっても無駄だ!」「みんなを危険にさせている!」と周囲から反対の声が上がる。

 しかし、石橋はそんな意見を聞かない。

 「遠藤さん。私が居るから大丈夫ですよ」

 石橋は振り向いて遠藤へ優しく呼びかける。

 しかし、その遠藤は白く目を剥き「ううー」と警戒心を強める犬のような声を出していた。

 「だからマズイって・・・」

 遠藤の後ろの男が血の気が引く顔で言った。

 彼はゾンビ化した人間について経験からの見識があったのだ。

 「遠藤さん・・・そんなまさか・・・」

 石橋はそれでも遠藤はゾンビではないと信じようとしていた。

 それはゾンビと化した遠藤に噛みつかれるまでであった。

 

 

 

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