第11話 夜明け前

 同じ頃、小淵沢のキャンプでは自衛隊が用意した車輛が到着しつつあった。

 谷口の指示で送られた第6師団の車輛に加えて、北富士駐屯地からマイクロバスも来ていた。

 だがどれもキャンプの収容者を乗せていない。

 まだ八王子にある収容先、「高尾緑のビレッジ」の受け入れ態勢ができていないからだ。

 「いつでも出発できるように準備をしてください」

 キャンプの管理者が収容者にそう伝えていた。

 誰もが鞄やリュック、キャリーバッグに荷物を積め仮設住宅の中で待っている。何人かはゲートの前で待っていた。

 「出発はまだ?」

 収容者の一人である遠藤則夫はゲートを警備する隊員に尋ねた。

 「すいません、もうしばらくお待ちください」

 隊員は低姿勢で答える。

 だが遠藤は気が焦っていた。

 (早く出発して東京へ行かないと)

 何故ならゾンビに噛まれていたからだ。

 岐阜県から避難して来ていた遠藤は、道中でゾンビに噛まれていた。だが彼にとって幸いなのは矢井田がすぐ傍に居た事だった。

 「薬、多めに持っとき。東京の家族の所に帰るんやろ」

 中国製の注射をした後で矢井田はゾンビ化を遅らせる薬、抑制剤を遠藤にあげていた。

 たまたまの出会いだった。40代後半で3年目になる岐阜県の単身赴任、家族の居る東京へ帰るのだと遠藤は身の上話を矢井田にしていた。

 「そうか、3年も寂しかったやろう」

 これに情が沸いた矢井田は多めに抑制剤を遠藤に渡していた。

 だが、矢井田と別れて山梨県に来てしまった遠藤は収容キャンプへ入れられてしまった。

 矢井田が伊藤と宮口にしたように、傷口を噛まれた形から刺し傷に変え、抑制剤を飲み続けた事でキャンプでは噛まれた事に気づかれていない。

 「東京におるんだったら、そん時にまた渡すわ。ほな、サイナラ」

 別れ際に矢井田はそう言い残した。

 抑制剤を貰った安心感で、遠藤は矢井田が東京の何処で会えるかを聞いていなかった。

 それを遠藤は今、後悔している。

 抑制剤が無くなったのだ。

 朝飲んだのが最後だった。

 なんとしてでも東京へ行かねばならない。

 東京へ行って、矢井田を捜し出して抑制剤をまた貰う。そして家族に会うんだ。

 息子は高校の野球部でキャプテンになるらしい。逞しくなった息子に会いたい。

 娘は中学生になっている。背は伸びたのだろうか?

 何より、自分の単身赴任で一人家を支えた妻を労いたい。

 何か贈り物か形にして感謝したい。

 だから東京へ行かねばならない。いち早く。

 自分がゾンビに変わり果てる前に。


 「師団長、砲弾の許可が出ました!」

 午前3時20分、仮眠中の谷口は副官の鳥井によって起こされた。

 「本当か?本当なんだな?」

 谷口が確認すると鳥井は「総理の許可があります。制限なしです」と答えた。

 総理官邸での堂々巡りは、与党の元総理でもある長老議員柳井が加わった事で決まった。

 「道路でも家でも、壊れたらまた作ればええ。責任言われたら謝るだけでええ。とっと自衛隊で片つけて、終わらせんか」

 誰かに呼ばれた訳ではないが、内閣のゴタゴタを知って柳井は笹井に電話した。その後で同じ事を藤河へも伝える。

 「あー、ワシがおらんといかんのう」

 ボヤきながらも柳井は満足した様子で電話を終えた。

 柳井の一言があったとして、閣内は今までの煮詰まった状況からスンナリ一致した。

 時に午前3時5分の事である。

 「よし、特科に射撃用意だ」

 谷口は東北方面特科連隊に命じる。

 特科連隊は第1大隊が小淵沢カントリークラブ、第2大隊は帝京第三高、第3大隊は北の杜カントリー倶楽部に展開し、第4大隊は予備として師団司令部のある小瀬スポーツ公園にあった。

 午前3時40分、谷口は師団長命令を発する。

 「0400時ヨリ東北方面特科連隊は山梨県境ヘ前進スル対象Zニ対シテ射撃ヲ開始セヨ」

 午前4時から東北方面特科連隊は155ミリ榴弾砲FH-70で射撃を開始する。

 「第1集団沈黙!」

 「特科連隊、第2集団へ射撃開始」

 師団指揮所に特科連隊の戦果が届く。

 榴弾砲の砲撃はゾンビの集団を文字通り吹き飛ばした。

 伏せる事をしないのだから、炸裂して起きた爆風をまともに受ける。

 四肢を吹き飛ばしゾンビ達の身体は散らばり、上半身や腕に足だけでバタバタと動かす者もあったが、その場から動けない。

 「よし、これで撃退できる」

 砲撃はゾンビ集団を次々と倒している。

 中央道の架橋や住宅や倉庫などの民間施設が砲撃に巻き込まれ、住宅がゾンビと共に吹き飛び、中央道の架橋は穴が開いた。

 だが、集団で迫る脅威を早く片づけるには砲撃は手っ取り早い。

 「師団長、高尾緑のヴィレッチの受け入れ準備ができました」

 「よし、収容キャンプからの移送を開始せよ」

 谷口にとっての朗報が続く。

 懸案が良い方向に向かっている。

 「良い調子だぞこれは」

 谷口は問題が解決して進む事に安堵しつつあった。


 「お待たせしました、乗車してください!」

 収容キャンプのゲートの柵が開かれ、自衛隊員が待っていた収容者達をバスやトラックへ誘導する。

 「やっとか・・・」

 午前5時になってようやく出発となった。

 さすがに遠藤は仮設住宅に戻って1時間だけ寝た。いや、1時間ぐらいしか寝られなかった。

 寝過ごして置いて行かれるのではないか、そう思って目がすぐ覚めたのだ。

 そんな遠藤は自衛隊のマイクロバスに乗り、座席に座ったが安心をしていない。まだ東京に着いていない。

 寝不足もあってか、遠藤が精神的に落ち着かない状態になっていた。

 これは徐々に、抑制剤の効き目が切れようとしている遠藤の身体をゾンビになるウィルスが蝕んでいた。

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