第9話 収容者達の避難先

 「分かった。県北西部の住民避難を指示する。頑張ってくれ」

 山梨県知事の室生は午後6時半に谷口師団長から師団が総力を挙げて接近するゾンビの大群を撃退すると聞いた。

 「しかし、使用する武器の制限があります。万が一の為に県西部の住民避難をした方が良いと私は思います」

 谷口は室生に個人的な考えだとして要請する。

 本来は現場の指揮官が自治体の首長に要請する事はできない。だからこそ個人的な考えと胡乱な言葉になる。

 室生はそれを承知していた。

 なので、自分の決定で避難指示を出すと言う事にしていた。

 これは室生が現場で防波堤となっている自衛隊が、どの程度まで保つと言うのかを重視していた。これは豪雨でのダムの貯水量と同じだと室生は考えていた。

 自衛隊がソンビを防げなければ県民を避難させるしかない。問題はゾンビが自衛隊と言う防波堤を越えると県民がゾンビによってゾンビ化する危険があった。

 自衛隊がどこまでゾンビをくい止めるか?

 室生は楽観視はしていなかった。

 だが、政治家として避難指示を出すにはもう少し、公的な材料が必要だった。

 「防衛省から対象Zの接近について情報が来ました」

 防災担当の柳沢課長が知事室に入り、防衛省からFAXで届いた情報を手渡す。その情報は自衛隊の偵察機が発見したゾンビの大群が山梨県へ接近していると言う内容だった。

 OP-3から撮影した画像や、200や300の群が15時現在でどのぐらい居て、何処に居たかが記されている。

 「これは沢山来ているな。危ないじゃないかね?」

 室生は柳沢へ尋ねる。

 「はい。自衛隊が居るとは言え危険だと思います」

 室生に誘導されているのを柳沢は自覚している。

 「では県民を避難させようじゃないか」

 「しかし、これから暗くなります。避難所の設置もすぐには」

 「ゾンビはそんな事情で止まってくれんぞ。帰宅や休暇の職員全員を呼び出してやるんだ」

 「分かりました。ですが、どこの住民を避難させますか?」

 柳沢の問いに「それぐらいは自分で考えてくれ」と思ったが、首長として提示する事にした。。

 「北杜市・甲斐市・南アルプス市に、韮崎市だな」

 室生は山梨県北西部の市を挙げた。柳沢はそれに満足して部署へ戻る。

 「さて、今晩は帰れんな」

 柳沢が退出した後で、室生は知事室の隅に置いたロッカーから防災服を取り出し、着込みながらぼやいた。


 19時に第6師団は総員戦闘配置となった。

 谷口は戦闘指揮所で各部隊からの総員配置完了の報告を聞いて、落ち着いた時だった。

 時間にして19時20分頃である。

 「収容キャンプか」

 ゾンビの制圧地域から自力で避難して来た人達を一時収容している収容キャンプ、これは県境の北杜市小淵沢町にある。

 このキャンプの管理人から収容者の避難を支援して欲しいと求められた。

 「車を出せるか?」

 谷口は補給を担当する第4部長に尋ねる。

 「普通科が使用している車輌なら幾らか・・・しかし、汚染された車輌となりますので除染が必要となりますよ」

 第4部長は少し難色を示しながら答えた。

 「構わない。自治体や民間の車輌は住民避難で手一杯だろう」

 19時過ぎに山梨県は北杜市・甲斐市・南アルプス市・韮崎市に避難指示を出した。県は大群のゾンビが来ているとも発表した上である。

 既に自家用車で住民は避難を始めていたが、病院や老人ホームからの避難などに民間のバス会社の車輌が出払っていた。

 そうでなくても、ゾンビになるか分からない人達を乗せる危険を自社の従業員に遭わせるリスクは負いたくない。必然的に自衛隊が担う事になる。

 「しかし師団長、問題は何処へ運ぶかですよ」

 師団幕僚長の田頭一等陸佐が問題を指摘する。ゾンビになるかもしれない人達だから新たな受け入れ先は適当に決められない。

 「管理者は知らないのか?聞いてみろ」

 谷口からの質問は10分ほどで帰って来た、師団司令部と収容キャンプとはキャンプを警戒する普通科小隊を経由して連絡できた。

 「管理者は知らないそうです」

 田頭からの報告に谷口は「県庁へ聞いてみるんだ」と指示を出すが、「県内に受け入れる所は無いので、県外で探して欲しい」と暗に断られた。

 谷口は頭を抱えた。

 このやり取りをしている間に時間は20時を過ぎていた。

 まだゾンビの群れが警戒線に到達していないのが幸いだった。

 「仕方ない。集団司令部へ要請しよう」

 谷口は澤田の居る東部統合防衛集団司令部へ「収容キャンプの収容者を何処へ避難させれば良いか」について尋ねる。

 「参ったなこれは」

 要請を受けた澤田であったが、幕僚も含めてすぐに案が浮かばない。収容キャンプの収容者をどう移送するかまでは検討もした事が無い。

 そもそも収容者がゾンビになってしまった場合の駆除については自衛隊の担当だが、収容者自体の面倒を見るのは自治体となっているが、山梨県は県北西部からの住民避難で余裕が無い。

 「厚生省へ尋ねてみては?」と言う幕僚からの提案に澤田は「そうしよう」と認めた。

 だが、時間は20時半である。判断が出来る者は残っていない。

 防衛省事務次官から厚生省事務次官へ繋がる22時まで何も進まず、電話でたらい回しにされる事になる。

 だが、厚生省事務次官もすぐに出せる案は無かった。帰宅して寝ているかもしれいない部下達に電話をかけて「山梨の収容者を避難させる場所を探せ」と指示した。

 指示を受けた叩き起こされ、帰宅してくつろいでいた厚生省の職員は急いで登庁し、収容所になる所を探し検討する事になる。

 厚生省から東京都八王子市にある研修などの学習施設である「高尾緑のビレッジ」に移送するようにと答えを受けたのは日付が変わり午前1時だった。

 「よし、収容所へ車を回して乗せるんだ」

 谷口は待っていたとばかりに指示を出すが、すぐに東部防衛集団司令部から待ったがかかる。

 「受け入れ先の準備がまだだ。準備出来てから出発してくれ」

 高尾緑のビレッジへの医療関係者や警戒する自衛隊が到着するまで待ってほしいと言う。

 「仕方ない。乗車は待て、車輌は待機」

 谷口はそう言うものの、避難開始がゾンビとの戦闘開始の時間に重なるのではと苛立ちを感じ始めていた。

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