第8話 第6師団が砲弾の使用許可を求める

 「ヤマガタ03、目標を発見した」

 第6師団の第6飛行隊に所属するヘリコプターUH-1が1機、長野県富士見町の上空を飛行していた。

 日々の偵察飛行である。勿論探すのは対象Zもといゾンビだ。

 情報収集衛星や海自のP-3Cによる観測で多くのゾンビが関東地方へ向かうように移動しているのは分かっていた。

 山梨県の守備に就いている第6師団は自分の目となっている飛行隊のヘリコプターで脅威がどこまで近づいているか確認をしているのだ。

 「数は200いる、国道20号を集団で東進中なり」

 ヤマガタ03と言う識別名で交信するUH-1のパイロットはゾンビの群れを上空から見て数を確認する。ゾンビの一体ごとではなく大雑把な把握でああるが。

 「別の群れが居るぞ、高速の方だ」

 ヤマガタ03の副機長が北西を指した。

 中央高速道路西宮線の高架橋を歩くゾンビの群れが見えた。

 「ヤマガタ03、別の群れを発見した。中央高速道路西宮線の路上を歩いている。数は500」

 ヤマガタ03は高速道路の上空を離れて茅野市金沢にあるJR青柳駅上空に進む。

 「ここにも居るな。まだ群れていないが」

 ヘリからは駅の周辺に居る筈の無い人影が見える。

 どれもフラフラと歩くからゾンビと分かる。

 そんな群れていない単独のゾンビが散らばる様に歩いている。

 「居る。他にも居るぞ」

 UH-1のキャビンから偵察をしている隊員がゾンビを発見した。

 青柳駅から北にある県道425号を歩く人の影が幾つも見える。

 「もっと居るぞ。いや、この辺り全域か!?」

 ヤマガタ03が諏訪郡原村の上空に進むと、ゾンビが町の中や田畑に散らばり歩いている。より高度を高めて見ると、この散らばっているゾンビが総じて1個の群れに見え来る。

 「これが来るのか、こんなに」

 さすがに目に見える脅威にヤマガタ03の副機長はおののく。

 「数は大変だが、こいつらは武器を持っていない。弾薬があれば全部倒せるさ」

 機長は副機長の動揺を抑える意味もあって楽観した言い方をする。

 「そうですよね。簡単に倒せる」

 副機長は動揺から立ち直る。

 至近距離にさえ近寄らせなければ勝てるのだ。その自信はゾンビに立ち向かう自衛隊員全員にあった。


 6月10日の午後5時に山梨県甲府市にある小瀬スポーツ公園にある第6師団司令部では会議が開かれていた。

 小瀬スポーツ公園体育館の中に置かれたこの司令部では谷口師団長をはじめ幕僚が集まる。会議はゾンビの侵攻状況からだった。

 「対象Zは群を成した集団と、単独の個体に分かれ東進中です。先頭集団は山梨県県境から8kmに迫っています。今夜中には我が師団の警戒線に到達します」

 情報担当の第2部長がホワイトボードに貼られた山梨県西部の県境を中心にした地図を使って説明する。

 「今夜か。今夜中にどのぐらい来る?」

 谷口は第2部長へ尋ねる。今夜どこまで戦うかの基準を求めたのだ。

 「200~300集団が2個に単独の個体が200ほどが明日0500時までに警戒線に到達します」

 「合わせても1000人に満たないか。だが一晩中警戒を続けるとなると20連隊はキツイだろうな」

 谷口はそう言ってもこの一晩だけの作戦行動だと思っていた。県境警備に配置している第20普通科連隊は一晩だけ頑張って貰おうと。

 「師団長、対象Zの侵攻は明日の夜明け以降も続くと思われます」

 「なんだと?」

 「単独個体がこれまで以上に続けて警戒線に到達します。その間に群れが来ると言う流れになりそうです」

 これまでも単独のゾンビが20連隊の警戒線に来ていたが、散発的であり連隊の全員が常に高い警戒態勢をする必要は無かった。

 だが、ゾンビが次々と来る状況となれば違う。

 隊員はゾンビに対して常時警戒する事となる。それは隊員の疲労蓄積と言う危機を高める。疲れが溜まればいかに鍛えた隊員でもミスを招き、士気が低下する。

 「師団長、20連隊の状況を見て22連隊と交代するのを考えた方が良いですね」

 作戦や部隊運用を担当する第3部長が提案する。

 第6師団は山梨県西部の県境を守るのを基本的な方針としていた。

 守る為として展開しているのは北社市の北西部に第20普通科連隊、北部に第44普通科連隊で警戒線を張っている。

 こうして部隊を張り付けている一方で、第22即応機動連隊を予備として甲府市内の赤坂台総合公園に待機させている。

 第22即応機動連隊は既存の普通科連隊に装輪装甲車を多く配備させ機動力を上げ、機動戦闘車や対戦車誘導弾や施設科・高射特科も組み込む諸兵科連合部隊である。

 こんな部隊を陸上自衛隊が持つのは先島諸島防衛において、防衛強化の先遣隊として送り出すのが即応機動連隊である。

 そうした即応性と機動性を高めた即応機動連隊を予備部隊として置くのは当然と言えた。

 「そうだな。そうしよう」

 第3部長の案に谷口は同意した。

 「集団で敵が来るなら、野戦特科を出そう」

 谷口は榴弾砲を装備した野戦特科の投入を決心した。谷口の指揮下には東北方面特科連隊がある。

 「しかし、野戦特科の投入は民間資産を巻き添えにしますので・・・許可が必要です」

 第3部長は谷口へ指摘する。

 政府は対ゾンビ作戦で使用できる装備を普通科の持つ装備に限定していた。戦車や装甲車も機関銃を使用できるが、車輌を体当たりさせるまでしかできない。

 これは自衛隊の砲弾や爆弾で民間資産、つまり住宅や社屋、工場などを壊してしまい補償問題になるのを出来るだけ避ける為だ。

 この為に建物をそこまで壊さないと防衛省側が強引に説いた重迫撃砲までしか使えない。

 「そうだったな、許可を取ろう。それと、1900時より師団全体を戦闘態勢に移行する。知事へも連絡だ」

 谷口はゾンビと全面的に戦うつもりであった。


 「山梨はそんなに危ないのか?」

 18時半に藤河は東京の総理官邸で、防衛大臣の風間から第6師団が砲弾の使用許可を求めていると電話で聞いていた。

それを聞いて総理の藤河は大きな危機があるのかと聞き返した。

 「ゾンビが連続して長野県から山梨県の県境に来るそうで。第6師団は全力でゾンビに対処するから砲弾の使用許可をと求めています」

 風間が許可を求めるいきさつを簡単に説明した。

 「かけ直す。少し待て」

 藤河は電話を切り、官房長官の笹井を呼び出す。

 「砲弾ですか」

 「そうだ。いくら田舎とはいえ誰かの家や会社を壊す事になるからなあ」

 藤河は自衛隊の砲撃が家屋や社屋を壊してしまう事を恐れていた。

 自衛隊最高司令官である総理の命令のせいで家を失ったと言われるぞと、党内の中から意見が出たのを気にしているのだ。

 「しかし、山梨から神奈川や東京にゾンビの侵入を許せばより批判されます」

 笹井の意見に藤河は「うーむ」と唸るが踏ん切りがつかないらしい。

 「総理、ここは単純に壊される家やビルが多いか少ないかで判断しましょう」

 笹井の提言に藤河は「そうだなと」と返した。笹井が分かりやすい論点を見つけたからだろう。

 「補償をするなら、東京よりは少なく済む山梨と長野で行うべきでは?」

 笹井は更に意見を述べる。

 「うむ、その通りだ。それで行こう」

 ようやく藤河の心は決まったようだ。

 「では今夜、緊急で安全保障会議を開きます。そこで正式決定します」

 「うむ」

 藤河は対ゾンビでの砲弾使用を決心したが、正式な決定として会議が必要であった。

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