第6話 検査

 富士市の役所には凶暴化人間水際対策室と言う部署がある。

 富士市がゾンビもとい凶暴化人間の制圧地域との境である為に水際対策は重要になっているからだ。

 境の警備は自衛隊がしているが、制圧地域からの生存者や市の住民に対する対応は自治体や関係する省庁が行っている。

 この日、富士市の水際対策室から五人の職員が「帰り道の会」へ向かった。

 「帰り道の会」から新たな生存者を保護したと連絡があったからだ。その連絡と同時に「帰り道の会」はネットにその生存者達の姿を公開した。

 動画は矢井田が二人の男女を連れて来る場面から始まる。

 男は伊藤と自己紹介し顔も見せたが、女の方は顔をぼやかし「山田さん(仮名)」と紹介されていた。

 「この二人が安全な地域で新しい生活ができるように活動をして行きます」

 最後に大野がそう締めくくり動画は終わる。

 水際対策室にとっては圧力に感じる終わり方だ。

 「帰り道の会」はこうして生存者の存在を世間に広く公開する。最初は「帰り道の会」から生存者保護の連絡が来ても水際対策室は「受け入れの検討中」でお茶を濁していた。

 よしんば「帰り道の会」に生存者の面倒をみてもらおうと考えていたからだ。

 だが、「帰り道の会」は保護した生存者への対応を役所がしないと分かると、ネット動画で訴えに出た。

 「私達は保護した生存者について役所へ対応を求めました!しかし、二週間も検討中以外の返事がありません。行政は生存者を見捨てると言うのでしょうか?」

 大野の訴えに世間は反応した。

 富士市役所へ「帰り道の会」を助けるように求める電話やメールにFAXが大量に届いた。仕方ないと水際対策室は重い腰を上げ、生存者への対応を始めた。

 その対応は生存者がゾンビになる兆候が無いかの確認をして、大丈夫であると判断すると厚生労働省へ連絡し、東京の避難施設へ送られると言う流れだ。

 厚生労働省が管理する避難施設は初期の避難者に対応したもので、ホテルや研修施設などを借り上げて使っているものだ。

 経過監査でゾンビ化しないと認められたら自由に行動できるのだが、多くは近い時期に元の住まいに帰れるのではないかと考え避難施設から出ていない。

 厚生労働省にしろ、政府や東京都も新たな住居や仕事の斡旋まではしていない為に避難施設から強制的に追い出す事はしていない。

 山梨県小淵沢の収容所から生存者が移動できずに居るのはこうした二次受け入れの施設が無いからだ。

 だが「帰り道の会」が保護する二,三人程ぐらいなら少ない余力で応えられる。

 そうした矛盾が続く中で「帰り道の会」は実績を積み重ね、世間では指支持される団体となっていた。

 故に役所は対応をすぐにしなければならない。

 水際対策室から行く五人は、富士市の職員二名と自衛隊の医官と看護師が二名、厚生労働省から出向している職員一人の合わせて五人だ。

 「早い対応ありがとうございます」

 水際対策室の五人を大野は快く出迎えた。

 この時から「帰り道の会」のメンバーによるデジカメを使った撮影が始まっていた。

 「私は富士市凶暴化人間水際対策室の水瀬です。これから確認作業を行います」

 生存者である伊藤と宮口へ水瀬は挨拶をする。水瀬はすぐに名前と住所を聞き出し、もう一人の職員が書類に書き留める。

 「では、身体検査をします。宮口さんはこちらの看護師が検査をします」

 今度は尉官と看護師による身体検査だ。さすがに別室でそれぞれ行う、もちろん撮影はしない。下着姿になってゾンビに噛まれた跡が無いかを確認するからだ。

 「この包帯は?」

 宮口を検査する看護師が宮口の左腕に包帯が巻かれているのを見た。

 「これは走っていた時に転んで腕を怪我しました」

 宮口は平然と答える。

 「規則で傷を確認します。包帯を取りますよ」

 看護師は宮口の左腕から包帯を解いた。そこには何かで切ったような傷跡があった。半ば傷は閉じているが血がまだ滲んでいる。

 「ガラスか何かで切りましたか?」

 「はい。転んだ先に割れたガラスがありました」

 「手当は誰がしました?」

 「矢井田さんと言う人が手当てをしてくれました」

 「名古屋で貴方達を保護してくれた人?」

 「はい」

 看護師は新しい包帯を宮口の左腕に巻き、検査は終わった。

 「伊藤さんは右足に刺傷を確認した。これは名古屋市内で暴漢に襲われたそうだ。噛まれた傷ではないと判断する」

 伊藤を検査し、宮口の検査について聞いた医官は異常なしと判断を下した。

 「では、避難施設への入所手続きに入ります。入所の日が決まりましたらご連絡します」

 厚労省の役人がそう告げて検査は終わり、五人は引き上げた。

 「良かったですね。これで東京へ行けますよ」

 「ありがとうございます」

 伊藤と宮口は大野に深々と頭を下げた。

 また一方で、緊張の糸がほぐれていた。

 二人共、実はソンビに噛まれていたからだ。

 名古屋で矢井田と共に行動していたある日、伊藤と宮口はゾンビに噛まれた。

 伊藤は左足に、宮口は左腕を噛まれた。

 噛まれたとはいえ、逃げながらだったので前歯が二本食い込んだぐらいだ。だが、絶望するには十分である。

 だが矢井田は焦らず、注射器を取り出す。

 「注射をすんねん、落ち着き!」

 落ち着かない伊藤と宮口を矢井田の舎弟達が抑え込んで矢井田が右腕に注射をする。

 「何の薬ですか?」

 伊藤が不安そうに訊く。

 「これはな、ゾンビになるのを遅らせる薬や」

 「そんな薬があったんですね」

 「中国で作られた物や、国の認可を待たんと密輸したのがあってな。それを打った」

 「助かりました」

 「ええて、ええて。それよりもこの飲み薬をこれから飲むんやで」

 矢井田はカプセルの錠剤を伊藤と宮口に渡す。

 「噛まれてもゾンビにならんようになる方法が見つかるまでは薬で抑えんといかん。欠かさず飲むんやで」

 「はい」

 「それと、噛まれた跡がそのままやとマズイ。切ったか刺した傷に変えるで」

 「え?」

 矢井田は伊藤と宮口の返事を待たず噛まれた傷をナイフで形を変える。伊藤は刺し傷にして宮口は切り傷にして噛まれた跡が分からないようにした。

 こうしてゾンビになる可能性が残る二人は東京へ向かってしまうのであった

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