第5話 生存者
少し時は戻り5月末 静岡県富士市 支援団体「帰り道の会」事務所
矢井田によって名古屋から富士市まで運ばれた伊藤と宮口は生存者の支援団体「帰り道の会」なる集団に預けられた。
二人は矢井田から引き渡された時からカメラで撮影され、事務所だとする民家に連れて行かれると自己紹介をさせられた。
「名古屋ではどうしていました?」
「ひたすらゾンビから隠れていました」
自己紹介が終わると、矢井田と出会うまでの事を訊かれた。
カメラの存在に違和感を感じながらも、自分達を助けてくれる人達に素直に従おうと二人は求められるままに話す。
家族や友人、職場、近所の親しい人がゾンビと化した時に取った行動も。
「さぞ辛かったでしょう」
伊藤と宮口に質問を続ける大野と言う女性は優しく話しかけるが、遠慮の無さを感じる。
「あの、なんでカメラで撮ってるんですか?」
宮口がたまらず大野に尋ねた。
「活動記録ですよ。私達がどうしてこんな所で活動しているか。本当なら立ち入り禁止の場所で。それを発信する為に撮影しています」
「発信って、ネットにアップするのか?」
伊藤が嫌な顔をした。晒し者にされるのではないかと思えたからだ。
「今まで矢井田さんが助けた皆さんを撮影した動画はネットで公開しています。それで役所も受け入れをしてくれますし、我々も理解者を得て活動を続けられる支援を受けられるのです」
大野は当然と言う姿勢で言う。
「ネットで公開しないと役所は俺達を受け入れないのか?」
伊藤は大野の言い分に納得しきれないが、これから自分が助かる為には必要なのかと思えては来た。
「世間に存在を知られれば役所は無視できなくなる。山梨の県境だと私達のような団体が居ないので生存者は収容キャンプに入ったままになっている。でも、ここだと私達によって早く普通の生活ができます」
大野はここぞとばかりに自分達の存在意義を伊藤と宮口に示す。
「私はいいよ。ネットに出ても」
宮口は怪訝な思いを顔に出したままの伊藤へ言う。
「顔と名前が出るのはマズイって。俺だけが出るよ」
伊藤は彼女である宮口を庇う。
「それでしたら、彼女さんはマスクして匿名でも構いませんよ」
大野は冷めた声で二人へ言う。
「それでお願いします。俺は顔も実名を出してもいいんで」
伊藤の返事に大野は笑みで返す。
「では、撮影を続けましょう」
6月5日 山梨北杜市小淵沢町
山梨県北西部の県境にある小淵沢町
大野が言う通りに、ここにはゾンビ制圧地域から逃げて来た生存者達を収容するキャンプが存在する。
政府は生存者がソンビに変化するのを危惧して、ゾンビ制圧地域と隣接する地域に生存者を一時収容するキャンプを建設していた。
キャンプと言っても仮設住宅を連ねた避難所に近いものになっていた。
管理は各自治体が行い、医療関係者も控えているがキャンプの周囲には武装した自衛隊員が配置されてゾンビ化になった生存者へ即座に対処できるようになっている。
キャンプに収容された生存者は各地合わせて二千人になっていた。だが、いつ生存者達をキャンプから出すかは期限は決められていなかった。
この小淵沢町もそうした収容キャンプがあった。この日、生存者達が集まりデモを繰り広げていた。
「私達をすぐにキャンプから出せ!」
「ゾンビが来る前に出せ!」
人々は管理事務所と呼ばれるプレハブの建物の前で抗議する。
管理事務所とキャンプのエリアは金網の柵で隔てられ、警備員が事務所の前に立ち生存者達と対峙する。
このデモが起きたのは、昨晩の出来事が関係する。
それは県境を警備する陸上自衛隊第20普通科連隊がゾンビと交戦した事だ。
長野県と山梨県を跨る赤岳の麓を三十体のゾンビが歩いて来た。
無人機が上空に張り付いて監視をしているとゾンビの歩く速さと方向から、長野県の県境へ向かうのが明らかとなった。
山梨県の防衛警備を任されている第6師団の師団長は三十体のゾンビに対して、県境を守る第20普通科連隊に任せると決心する。
第20普通科連隊の連隊長である山崎一等陸佐は6月4日の午後10時に戦闘用意を命じ、総員配置とした。
午後11時、県境から10kmにゾンビが迫ると山崎は射撃用意を命じ、午後11時20分には射撃開始を命じた。
まず射撃をしたのは120ミリ重迫撃砲だ。
8kmの射程があるこの迫撃砲で長野県富士見町にある原野、中学林を歩くゾンビの集団を照明弾で照らす。
位置を肉眼でも見えるようにすると重迫撃砲での本格的な射撃を開始する。
次々に撃ち込まれる砲弾にゾンビは伏せる事も無く、着弾し炸裂した砲弾の爆風でゾンビ達は四肢を吹き飛ばされる。
集団から離れたゾンビに対しては軽装甲機動車が前進して対処した。
その軽装甲機動車にはMINIMI機関銃が装備され、距離800mで射撃する。
「目標の殲滅を確認」
「戦闘配置から警戒配置に移行する」
何度も打ち上げられる照明弾に無人機による偵察、隊員個人の暗視装置による状況確認を三十分行った上で6月5日午前0時5分にゾンビは殲滅されたと判断し、山崎は戦闘配置を解いた。
「最初は簡単に終えられたな」
山崎は第20普通科連隊として初めてとなるゾンビ戦をそう感じた。
重迫撃砲と軽装甲機動車からの射撃でソンビが殲滅できた。連隊の主力が配置された陣地にまでソンビが接近する前に倒せた事から山崎は「簡単に」と思えたのだ。
だが、迫撃砲と機関銃を撃った音は収容キャンプへ大いに響いた。
外に出て少しでも状況を確認しようとした生存者達は打ち上げられた照明弾で明るくなった夜空と言う異変に不安を抱いた。
自衛隊がゾンビを殲滅したものの、逃げた先にもソンビが迫っていると言う恐怖が生存者達に焦りを生じさせた。
ここに居てはいつかゾンビに襲われてしまうと。
「皆さん、我が部隊が守ってみせます」
6月5日の昼前に収容キャンプで山崎は生存者達へ説明する事になった。
キャンプの管理責任者は県庁に生存者の訴えを伝えたが、「キャンプから出すのは国が許可しない。なんとか宥めろ」と言われてしまった。
困った管理責任者は山崎に頼み込んだのだ。
「昨晩もゾンビを倒したからな」
「自衛隊なら何とかしてくれるだろう」
戦闘服姿で説明する山崎を見て、生存者達は焦る気持ちを鎮めた。
「人を鎮める。これは簡単ではないな」
山崎は戦闘では解決しない人心に難しさを感じた。
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