第4話 国家安全保障会議


 202X年6月4日

 この日、澤田は東京の防衛省内にある東部統合防衛集団司令部から総理官邸に来ていた。

 澤田は総理官邸で開かれる国家安全保障会議(NSC)に参加を求められて出席した。もちろんそうなると議題は対ゾンビに関してである。

 「まずは対象Zの現状ですが」

 会議は内閣府特殊災害分析班の報告から始まる。

 各国が言う「対象Z」と言い表しているゾンビについて会議室の大型モニターで分析班は説明をする。

 モニターには中部地方を中心にした日本地図が出て、赤い丸が幾つも点在している。

 「この地図は対象Zの集団の現在位置を示したものです。赤い丸がその集団を示しています。まずは先月1日の位置、そして今月1日の位置です」

 画面が切り替わると赤い丸が東寄りに移っているように見えた。

 「ご覧の通りに対象Zは東へ移動しています」

 ゾンビがこちらへ近づいていると言う報告に閣僚たちはため息を静かに吐く。

 「どうして東へ移動しているんだ?」

 会議の議長を務める内閣総理大臣の藤河実篤は質問する。

 「私がお答えします」

 藤河の問いに分析班の学識グループを束ねる園田茂教授が立ち上がる。

 「自衛隊による監視情報によると、対象ZはZ制圧地域を走る民間車輌に引き寄せられていると思われます」

 「民間車輌?なんでゾンビの居る地域を走っているんだ?」

 藤河は素朴な疑問を呈した。

 「総理、あれはゾンビの居る所から資産などを運び出す民間企業です」

 官房長官の笹井義典が答える。

 「資産ね。誰かの落とした財布を拾いに行っている訳か」

 この総理は口が悪い。

 「はい、ですから規制するのも難しく」

 笹井は重ねて言う。ゾンビの制圧地域への立ち入りは基本的に禁止である。矢井田のようなサルベージ屋ぐらいしか入っていない。

 「ゾンビは車が好きで引き寄せられているのか?」

 藤河は園田へ質問する。

 「おそらく音や振動、動く物を見つけて反応したなど考えられます」

 「つまり原因不明か」

 「はい。対象Zについての研究は海外でもあまり進展がありませんので」

 園田は事実を言っただけと言う態度であり、原因不明について恥じ入る事は無い。

 「これはゾンビの研究よりも倒すのが先決だな。自衛隊はどう備えている?」

今度は自衛隊へ質問した。

 答えるのは自衛隊を代表する統合幕僚長の高村幾男海将だ。

 「西日本では兵庫県南部からの侵攻に備えて岡山県に第8師団、兵庫県北部に第3師団の一部を配置しています。北陸では福井県に第3師団主力、石川県と富山県に第10師団を配置し、電気関連のインフラを守っております」

 高村は会議室のモニターに映し出された地図をポンタ―で差しながら説明する。

 「関東地方への侵攻には第1師団をはじめ、東北から第6師団、北海道から2個旅団と機甲師団など増援を配置して首都圏の防備を固めています」

 高村が説明する通りに関東の防衛に東北方面隊から第6師団、北海道の北部方面隊から第5旅団と第11旅団に陸自唯一の機甲師団である第7師団が増援部隊として展開していた。

 「それで万全なのか?」

藤河は高村へ尋ねる。

「万が一にも防衛線を突破された場合に備え、て第1空挺団と中央即応連隊が予備として待機させています」

「そうか」

藤河は防衛に関して明るくないが、前線が突破されてもお手上げでは無いとは理解できた。

「では、防衛計画について私が説明します」

高村も代わって澤田が説明に入る。

「対象Zの集団は長野県南部から山梨県へ近づきつつある為、山梨県に第6師団を配置し、防衛に当たらせます。静岡県東部も対象Zの集団が迫っており、この集団に対しては防衛線を一時下げて伊豆半島北部の多賀火山と湯河原火山の山系で航空自衛隊による空爆で殲滅します。これが関東地方における防衛計画の大筋になります」

 「静岡全土は一時放棄か」

 藤河はそう独り言のように言った。澤田はそれを聞き拾う。

 「防衛計画の検討段階では現在の防衛線である富士川に戦力を増強して、食い止める案がありました」

 澤田の言に藤河は「ほう」と言って興味を示す。

 「ですが総理、その案では人口密集地帯での戦闘になります。建物被害を含めて補償問題になりかねない」

 口を挟むのは総務大臣の畑山功三だった。

 富士川以東は富士市市街をはじめ、沼津市や三島市と人口の多い市街がある。

 「補償問題、ゾンビが壊すなら良いが自衛隊の弾で壊れたとなれば追及されます」

 笹井も畑山に同調する。

 「そうだな。補償問題は政権の問題になる、静岡での作戦案は認められない」

 自衛隊の最高司令官である藤河はそう決心した。

 「総理、発言を宜しいでしょうか?」

 澤田が発言を求める。

 「どうぞ」

 藤河は気楽に許した。

 「対象Zとの戦闘が始まった時は、即座に住民の大規模避難をして頂きたい」

 「それは勿論だ。避難計画は各自治体で立てている」

 畑山は何を今更をと言う様子だ。

 「私が求めていますのは、広範囲の避難や疎開です。山梨県の県境で交戦が始まった場合は、県民全員の避難を開始して欲しいのです」

 「自衛隊はゾンビとの戦いに自信が無いのか?」

 畑山は呆れたように言った。

 「そうではありません。戦闘に巻き込まれる危険と、対象Zが一体でも突破して民間人を襲えば取り返しがつきません。場合によっては現場の隊員の背後に新たな対象Zが発生して作戦が失敗します」

 澤田の言に畑山はやや納得する様子を見せる。

 「だが、自衛隊にはどうにかして貰いたい。これが東京都や神奈川県になったら経済活動が停止する。住民全員の避難や疎開は現実的では無い」

 経済産業大臣の井之頭明夫が澤田に反発する。

 「お言葉ですが、住民が対象Zになってしまっては経済活動の再開はできませんよ」

 澤田は反論する。

 「澤田、そこまでにしておけ」

 高村が小声で諭す。澤田はそれに応じて着席して下がる。

 「総理、防衛省としては戦闘地域と自衛隊が作戦に展開する地域での住民避難は優先して行ってほしいのです」

 防衛大臣の風間哲史が澤田の意見を補足するように発言した。

 「防衛省や自衛隊の言い分は分かった。だが、市街地での戦闘は極力避けつつ首都圏の経済活動を守る。それを目標にして貰いたい」

 藤河は閣僚や自衛隊側から発言が出ないと見るや、首都圏の防衛についてまとめ、会議を終わらせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る