第3話 引き寄せる者
202X年5月下旬
トラックとワゴン車が1台づつ並ぶように静岡県静岡市を通る国道1号線を走っていた。
「もうすぐ富士市や。安全な所に着くで」
ワゴン車の車内で関西弁を話す中年男性にワゴン車に乗る一組の男女が「はい」と素直に答える。
この男女は名古屋市内で関西弁の男に頼み込んで連れて行って貰っている。
少しこの三人について話さねばならない。
関西弁の男は元は大阪の暴力団で若頭補佐をしていた矢井田と言う。大阪でゾンビが大量発生した時に所属している組が崩壊した。正確には矢井田を置いて逃げた組長と若頭がゾンビに襲われて組が実質無くなったのである。
矢井田は気に入っている、使えると見込んだ舎弟を引き連れて東京へ逃れた。
そんな矢井田達が始めた仕事が大阪や名古屋など、ゾンビ制圧地域から物を運び出すサルベージ屋だった。
ゾンビから逃げたは良いが、大阪や名古屋などに資産を残したままの人達が多かった。
そんな人達に代わり、資産を取りに行く仕事を矢井田は始めたのである。これは企業や資産家のみならず政府や省庁からも仕事の依頼があり「国に認められた仕事」になっていた。
この時も名古屋での仕事を終えて東京へ戻る途上にあった。
そして男女二人、伊藤隆司と宮口亜衣は名古屋市に住んでいた。
ソンビの大量発生で逃げるのだが、運の悪さと判断の悪さが重なり名古屋市内から出られずゾンビから隠れて生きていた。
そこへ名古屋で仕事をしている矢井田と出会う。
二人は矢井田に頭を下げて名古屋から連れ出して欲しいとお願いする。
「俺達の仕事を手伝うならええぞ」
矢井田は笑顔でそう答えた。伊藤と宮口は矢井田の優しさに報いようと重い荷物を運び、煙草や飲み物を矢井田の舎弟達に配っていた。
「ええ仕事してくれた。約束通り東京へ連れてく」
こうして伊藤と宮口は矢井田によって東京へ行く事が出来たのである。
「叔父貴、人助けが好きなんスね」
矢井田がこうしてゾンビ制圧地域から人を連れ出すのは伊藤と宮口が初めてではない。舎弟の一人が兄貴分へ尋ねた。
「叔父貴が言うには、ああやって人助けをしていたら世間に良い印象になるからだと」
矢井田は国からも依頼されるサルベージ屋だが、物によっては世間に言えないモノも運んでいる。そうなると何処かで切り捨てられる危険がある。
矢井田は救助をしている事で一般の世間に良い印象を持たれようとしていた。
「お~い、二人連れて来たぞ」
富士市の富士川より西岸の地区で矢井田は民家に立ち寄る。
「矢井田さんご苦労様です」
民家から出て来たのはボランティアで生存者の到着を支援する団体だ。
大学生を中心にしたこのグループはゾンビから逃げる人達を助ける「生存者帰還支援団体」なるものを立ち上げた。
だが、実態は生存者が来るまで待つだけであり、普段は勝手に事務所にしている民家の裏庭で畑を耕したり悠々自適に過ごしている。
そんな団体だが、発信力は高く矢井田が生存者を運ぶとネットで大々的に宣伝をした。
だから矢井田はこの団体を利用しているのだ。
「おい兄ちゃん。お土産や」
矢井田は別れ際に伊藤へ紙袋を手渡す。
「これは?」
「あの時に運んだ薬、持って行き」
「え?いいんですか?」
「いいって、彼女を大事にしいや」
「ありがとうございます!」
こうして伊藤と宮口は矢井田と別れた。
「やっぱり、人助けは気分がええわ」
矢井田は気分良さそうに煙草を吸い始める。
同じ頃、海上自衛隊のOP-3が静岡県内を飛行していた。
P-3C哨戒機を改造して監視画像レーダーや写真機を搭載した画像情報収集機となったのがOP-3である。
このOP-3は静岡県を徘徊するソンビの動向を監視していた。
ゾンビがどこへ向かっているかが自衛隊の対ゾンビ作戦では重要である。ゾンビが何処へ向かうのか意思が不明であるからだ。日々変化が無いか監視が必要になる。
「やはり東へ向かっているな」
機内では撮影した画像と過去の画像を見比べて意見が交わされていた。
前回の飛行した時と比べてゾンビ達が東へ移動しているのが見て取れたからだ。
「自分が思うには、時々通る民間車輌のせいではないかと」
日々の監視する中でゾンビの制圧地域を平然と通る民間車輌を隊員達は目撃している。これは矢井田を含めたサルベージ屋達の車輌である。
東京とゾンビ制圧地域を行き来する車輌はゾンビ達を引き寄せているように思えた。
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