第2話 富士市第6施設群

 202X年5月

 静岡県富士市、ここはゾンビ対策の最前線になっていた。

 富士市の西部を流れる富士川を境に東側は安全地帯とされているが、西側は危険地帯に指定されている。

 西側は何故危険なのか?

 時は二カ月前に戻る。

 大阪府警は大阪市内である施設に踏み込んだ。

 そこはゾンビもとい、凶暴化人間を匿う団体の施設だ。

 「凶暴化人間も治療できる筈だ」と考えるその団体は凶暴化人間になる前の人達を匿い、治療方法が確立されるまで外に出さないようにしていた。

 だが、行方不明者の捜索やゾンビが騒ぐ音での通報から団体と施設が大阪府警により発見されてしまう。

 府警は機動隊のみならず銃器対策部隊と特殊部隊SATも投入して制圧する作戦を強行したが、団体はゾンビ達を隔離部屋から出してしまう。

 三十体ものゾンビは警官達と乱闘を繰り広げ、外に出てしまう。

 警察の手から離れた数体のゾンビは付近の住民や遭遇した通行人へ襲い掛かる。こうして大阪はゾンビの大量発生による混乱が生じた。

 爆発的に増えたゾンビは大阪から京都府・兵庫県に広がり、大阪でゾンビに噛まれた人が名古屋でゾンビになった事から名古屋でゾンビの大量発生が起きた。

 ここまで三日間である。

 近畿と中部地方でのゾンビ大量発生に政府は自衛隊の出動を決定する。

 それまで少数のゾンビ発生を警察によって制圧できたが、今や数百、数千にもなる大量のゾンビに対処しなければならない。

 そうなると警察だけでは力不足は否めない。

 日本政府はゾンビの駆除に自衛隊を災害派遣で出動させた。ゾンビは害獣と言う扱いなのである。

 だが、時期が遅かった。駐屯地から出動した陸自の部隊は駆除作戦よりも住民避難に力を注がねばならなかった。

 自衛隊の戦闘は避難する民間人を守る為に行われ、歩兵の普通科や戦車の機甲科など戦闘職種は避難民の盾になり、トラックやヘリは避難民を安全地帯や機能している交通機関へ運んだ。

 殲滅できないゾンビは増え続け、ゾンビによって近畿地方と中部地方は制圧された。

 政府は電力確保の観点から福井県の死守を自衛隊に命じた事で原発のある福井県をはじめ、電線を通す為に石川県・富山県・新潟県に京都府と兵庫県の北部が第3師団と第10師団により守られた。

 日本政府は近畿地方と中部地方のゾンビ制圧地域の放棄を決定

 岡山県・静岡県・長野県・福井県・石川県の県境に自衛隊を配置してゾンビの更なる侵入を防ぐ事にした。

 だが、ソンビの侵入により今では防衛線は長野県が制圧され山梨県にまで移り、静岡県も富士市の富士川以東にまで押されていた。

 こうして富士市はソンビ対策の最前線となったのである。

 そこへUH-1ヘリコプターに乗って一人の将官が訪れる。

 その将官は澤田正敏陸将、彼は東部統合防衛集団の司令官だ。

 東部統合防衛集団は首都である東京の防衛を念頭に関東地方の陸海空自衛隊が一帯となってソンビと戦う集団である。

 そんな集団の司令官に就任して二週間が過ぎた澤田は最前線である富士市へ視察に来たのだ。

 「司令官に敬礼!」

 富士市に展開する自衛隊部隊である第6施設群の指揮所を澤田は訪れた。群長をはじめ隊員の皆が澤田に敬礼をする。

 「早速だが、最前線を見たい」

 澤田は指揮所に着いてすぐに群長への挨拶を交わしてから前線を観る事を望んだ。

 「分かりました。行きましょう」

 第6施設群の郡長である小田一佐は澤田と共に富士川へ向かう。

 「さすが施設だ。柵をここまで出来たものだ」

 走る73式小型トラックの車上から富士川東岸を見る澤田は小田へ褒めるように言った。

 富士川の東岸は金網の柵が河口から岩本山まで作られていた。この柵の建設は第6施設群が民間企業と共に建てたものである。

 施設科は工兵であるから建設作業は本来的にお手の物だ。

 「あの向こうが危険地帯です。現在は危険地帯にゾンビや生存者が来ないか監視するのが主な任務になっています」

 国道1号線が通る新富士川橋の中央で小田が澤田へ説明する。

 「無人地帯のようだな」

 双眼鏡で富士川西岸の街の様子を見る。住民が避難した事で動くのは野良の猫や犬にカラスぐらいしかいない静かな街になっていた。

 「市役所によれば、避難を断った住人が八人残っているようです」

 「何故残っている?」

 「高齢だから移動するのが苦痛だとする御老人や、自分の土地と家を無くしたくない方や生存者が来るのを待つと言う考えが理由です」

 「なるほど」

 「その八人も我々で避難させた方が良いですか?」

 小田は澤田に問いかける。

 役所は八人は自ら選んで残留しているので避難は強制できないとして放置している。だが、自衛隊としての方針は決めておらず八人については放置していた。

 「我々に住民を強制的に退去させる権限は無いからな。こちらへ逃げて来た時に救助はできる」

 澤田の答えに小田は安堵した。隊員への負担が増えないからだ。

 「ところで司令官、大量のゾンビが押し寄せた場合はここで防ぐのですか?」

 小田は続けて澤田へ尋ねる。

 福井県への移動ができず、愛知県から後退した第6施設群は本部管理中隊と施設科中隊一個しか富士市に連れて来ていない。隊員の人数は二百人ぐらいしか居ない。

 そもそも施設科部隊であるので武器は拳銃と小銃・機関銃ぐらいだ。そもそも戦闘部隊ですらない。

 だからこそ小田は澤田に尋ねた。ここで死守なのかと。

 「防衛計画はまだ定まっていない。個人的な考えとしては特科火力を増強できれば富士川でゾンビを止めたい」

 澤田は私信と言える返答をした。

 砲兵である野戦特科の火力があれば富士川を渡るソンビへ打撃を与えられると澤田は言う。

 「だが、火力の増強が不可能となれば沼津市へ後退だな。住民避難を支援して貰う」

 澤田は更に私信を述べる。悪い状況も言うべきだと澤田は考えた。

 「分かりました」

 小田にとっては悪い状況を聞けたのが収穫だった。新しい司令官は少なくとも下手な死守命令は出さないだろうと思えたからだ。

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