傷をなめる

王生らてぃ

本文

 わたし達姉妹は、母親から虐待を受けてきた。

 殴る蹴るは当たり前で、いつも身体に傷やアザが絶えない。父親はわたし達のことを守ろうといろいろ奔走していたけれど、それもうまくいかなかったみたいだ。

 だれど、私が中学を卒業したのを機に家を出ることになり、三つ下の妹も一緒に暮らすことになった。家賃や学費は父親に支援してもらえることになった。安いアパートで、狭いけどふたり分の部屋もある。

 ふたりだけの生活。

 父がわたし達に、気を遣ってくれたのかもしれない。






「お姉ちゃん」



 夜。妹の鈴音が、わたしの部屋へやってきた。

 家にいるときは、お互いの部屋なんてなかったので、初めてのことだった。



「どうしたの?」

「一緒に寝ていい?」

「眠れないの?」



 鈴音は頷いた。

 わたしは布団をあげて、鈴音を中に招き入れた。



 鈴音はいつも震えている。

 母は、わたしよりも妹のほうを執拗に虐待していた。おかげで彼女はすっかり対人恐怖症ぎみになってしまって、学校でもかなり苦労しているらしい。ちょっとのことでパニックめいた発作を起こしてしまう。だけど、家にいると母がいつも罵詈雑言を浴びせかけるので、我慢して学校に行っていた。

 今は、父が学校に事情を説明して、長い休みを取ってもらっている。



「だいじょうぶだよ、もうあの人いないから」

「うん……でも、怖い……」



 鈴音の首筋には、殴られた青あざや、火傷のあとが残っている。

 何でそれが見えるのかというと、鈴音は、パジャマの襟もとのボタンをはずして、肩まで大きくはだけさせているからだ。異様にほっそりした首筋や胸元まで、ここから見える。



「お姉ちゃん……」



 そして、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。



 わたしはいつもやっているように、鈴音の首筋に噛みついて、文字通り「傷を舐める」。

 いつからこうしてやっているかは忘れてしまったけれど、とにかくこうすると鈴音は落ち着くらしい。

 火傷や青あざを舌でなぞるたび、耳元で心地よさそうな吐息が漏れるのが感じられる。



 鈴音はぎゅっとわたしのパジャマの裾を掴んでいる。

 足がもぞもぞと動き、息は荒くなるばかりだ。わたしは一心不乱に、鈴音の傷をなめる。こうしてやるのが妹のためなのだ。妹の安心のためなのだ。



「ありがとう」



 鈴音は涙を目に浮かべながら、わたしにまた、しがみついてくる。

 まるで小さな子どもみたい。

 もう中学生なのに、とは思わない。わたしたちはそれだけ怖い思いをしてきたのだ。

 その日も、またずっと一緒の布団で眠った。






 ところがしばらくして、鈴音の身体には、見たこともないあざや傷が増え始めた。



「お姉ちゃん、今日もお願い」



 そう言って、鈴音は手首の傷あとを見せた。



「どうしたの、これ……!」



 まるでカッターか何かで切ったあとのようだ。白く生々しい傷がそこには残っていた。

 鈴音は言う。



「いつの間にか、出来てたの」

「どういうこと……」

「分からない。でも、痛いの……だから、またお願い、お姉ちゃん……」



 それからも、傷は増え続けた。

 背中に鞭で打たれたようなみみず腫れができていたり、首筋や胸元に煙草を押し付けた火傷のあとがあったり、顔に殴られたような青あざが浮かんでいたり……



「まさか、あの人に会いに行ったりしてるんじゃないでしょうね」



 あの人、と言っただけで、鈴音はびくっと身体を震わせた。

 わたしは鈴音を抱き寄せて、頭を撫でた。



「ごめんね……怖がらせちゃったね……」

「ううん」

「学校でいじめられているの? それとも……」

「分からない。でも、時どき夢を見るの」

「夢……」

「うん、殴られたり、煙草を押し付けられたりする夢……」



 その夢で起こった出来事が、妹の身体に実際に現れているというのだろうか。

 ありえない。

 だけど、実際に妹には、身体に傷が現れている。



「痛い……怖いよ……」

「鈴音、怖くないよ。お姉ちゃんが守ってあげるからね」

「うん、だから……今日もお願い、お姉ちゃん」



 鈴音は服をはだけさせ、傷とあざの浮かんだ白い身体をあらわにする。

 わたしは妹のために、この子のために傷をなめる。その度に妹はよろこんでくれるのだ。だから、これは正しい。なにもおかしくないことだ。



「お姉ちゃん、大好き……! もっと、もっと傷を……お願い……!」



 鈴音は嬉しそうに笑う。

 あなたが笑っていられるなら、わたしはそれでいい。

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傷をなめる 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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