第8話 お揃いの紅を、先輩。

 一番胸がときめいた話? え、そこまで聞いちゃうの、っていう驚きが今すごくきてるんだけど。……こほん、じゃあ話してあげるよ。真面目にドキドキが止まらなかったから、思い返すだけで、その、ね。何? 顔が茹蛸ゆでだこみたいだって? 喧しいよ、言わないで。恥ずかしいんだから、さ。


 先輩の誕生日が、文化祭の前日って言うのを一ヶ月ほど前に聞いていたんだけどさ。何を買えば良いのかわからないし、手作りなんてもってのほかだし。そう思って、迷いに迷った末とある物を買ったの。

 喜んでもらえるかな、ってドキドキと、良いものを買えた、って安心感でいっぱいだった。渡すタイミングは間違えちゃったぽかったけど。


 「先輩! お誕生日おめでとうございます!」

そう言って背中に隠したプレゼントを渡そうとしたんだけど、何やら先輩は不機嫌なようで。

「あー。はい。ありがとう、ございます」

ブスッと不貞腐れたような顔で先輩は言った。そんな顔、真逆誕生日で見るなんて思わなくて、ギョッとした。

 

 「やっぱ、迷惑でした?」

なんて問えば、先輩は焦りながら首を横に振った。

「いえ、嬉しいです。佐野ちゃんに貰うのは、に限りますけれど」

私が見えていなかっただけで、先輩の座っていた席の隣には、今にも崩れそうなプレゼントの山が形成されていた。不機嫌の原因は、これかぁ。と思いつつ、渡した。

 先輩は受け取って「ありがとうございます」と返しながら袋を開けていた。開ける時、戸惑ってた先輩も可愛かったよ。

「これは……べに、ですか」

物珍しそうに先輩は私に問いかけた。まぁ、この現代で口紅だけでなく、筆まで用意されれば誰でも戸惑うだろうけど。

 「先輩に似合うかと思って……! あ、付けさせて下さいよ! 明日もつけるので、練習に」

「あは、確定事項なんですね、明日もだなんて」

 先輩の嬉しさが滲み出ているような笑顔で、私に唇を預けた。前に、自分用に買った筆で試したけれど、上手く塗れる保証はどこにもなかった。

 塗る手が震えた。それでもはみ出すことはなく、綺麗に映える。先輩を可愛く、美しく着飾る手伝いをしてくれた。

 先輩に鏡を渡して、「我ながら綺麗に出来ました」だなんて言ったけれど、先輩は黙って何か考えていたままだったの。それから、先輩は言った。

「どうせなら、私にも練習させてください」

ってね。ドキッとしたけど、私は目を閉じて先輩に委ねた。

 なかなか筆な感触はしないから、先輩に声をかけようとした時だった。ちゅっ、と軽いリップ音がして口元に電撃が走って。びっくりして目を開けたら、先輩と至近距離で目が合ったものだから、一気に身体を熱が覆ったよ。悪びれる様子もなく、先輩はただ一言。


 「それくらいの紅がちょうど良いですよ、佐野ちゃん」


 固まったままの私を置いて、先輩は荷物を持ち扉へと、帰路へと向かった。吸い込まれそうなほど綺麗な黒髪を靡かせながら。


 先輩の行動にはいつも驚かされてきたけど、流石に予想外過ぎたよ。次の日熱出なくて良かった、って思ったんだよね。休みたくなかったからさ。あぁ、だから、最後の話は、最後引退の日の話をするよ。

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