第5話 解説聞かせて、先輩。

 「ここ、自由なことしてもいいって部活じゃないですよ、佐野ちゃん」

 いつになったら囲碁のルール覚えるんですか、と続けながら、先輩は私の手を止めさせた。

 課題をやってた私にも非があるけど、できないものはできない。いつまでも囲碁は、囲碁だけはできない。将棋もできないけれど。

 「先輩、囲碁ってなんで難しそうに見えるんです? 覚えられそうにないですよ」

 なんて弱音を吐いて先輩に縋る。私が好きなのは先輩であって、囲碁に打ち込む姿勢ではないから。

 はぁ、とらしくない溜息を吐かれ、少々申し訳なくなる。

 「陣取りゲーム、と考えれば良いんですよ。囲碁は将棋よりはまだやり易いですよ」

 

 先輩の試合を少し思い返してみる。十九路盤、といった縦横十九本の線が交差する碁盤ごばん。黒と白の陣地は、余白が数えれる程しかない。

「先輩の試合、盤面の密度すごいじゃないですか。あれくらい出来なきゃ、って思うと」

「実力者と闘えば、そりゃあ抵抗しますからね。毎回見てて目が痛くなります、私」

 目元を押さえて先輩は言う。対局後に自身の陣地をとても早く数え終わっているが、苦労はあるのだろう。


 自分が囲んだ所が自陣で、ーー交点に石を置いて囲んでいる所を指すんだけどーー至る所に自陣を広げているからか、数えやすくするのには手間がかかるらしい。自分は手伝うことはできても、そんな盤面を作り出すことは出来ない。思い描いた遠い将来にも、出来る気配はない。


 囲碁には定石じょうせきと言うものがあって、それがなかなか覚えられないんだよね。将棋では、定跡なんだけど。

 本当に覚えなきゃいけないことが多くって、困る。

 だからこそ、先輩を尊敬している自分がいる。完璧、とはいかなくても先輩はパチリ、パチリと盤面を完成へと導いていく。どんなボードゲームでも必ずいつかは完成するけれど、先輩は作っていく。鋭い眼光を観客に見せ、頭脳を余すことなく使いながら。


 先輩はよく私に詰将棋を進める。正直言って、苦手なんだけどね。将棋のルール、分かってないわけじゃないけど、幾分か先の手なんて即座に判断できないもの。ましてや、何が最善策かなんて想像することもできないし。

 でも先輩は私を責めることもない。むしろ、優しく声を掛けてくれる。確かに言い方は厳しく聞こえるかもしれないけれど、優しいよ。本当に、優しい。

 「詰将棋って実は答え一つじゃないんですよ。多分、これだけしか動かしちゃいけない、って思っちゃうから難しか感じるわけです。一回、何も考えず動かしてみてください」

そう言われて、自分が思うように動かしたら、決められた手数の中で王手をかけることができた。

 優しくて、気遣ってくれて、そして分かりやすく教えてくれる。そんな先輩の一面も知っちゃったら、好きになっちゃうよね、なんて。

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