第4話 妬かせ上手な、先輩。

 え……? 黒い先輩の話が聞きたい? ない訳じゃないけど、これって黒い話なのかな、って思うことしかないよ。それでもいいの? ……わかったよ。

 この話、先輩には内緒ね?


 その日は委員会で部活行くのが遅れて、急いで走ったの。私の教室は四階で、部室は一階だからもうそれはダッシュで。道ゆく人に驚かれたよ、私って意外に速いらしくて。まぁ、元々バスケ部のエースだったから。

 え? また話、逸れてた? ごめんってば、怒らないで。

 走っても走っても、呼び止められたり、仕事押し付けられたりして、なかなか部活に行けなくってさ。参ってたんだよね。とんだ厄日だった、ってわけ。

 やっとひと段落ついたから、部室前に行ったんだけど、微妙に扉開いてて。珍しいな、って思った。先輩、いつも必ず扉は閉めるから。それに、笑い声が絶えず聞こえてきたんだ。前にも言ったけど、部員はいないし、先輩と話す友達なんていない。……悲しい話、私にもわざわざ部室に呼んでまで駄弁る友達、いないから。

 いても経ってもいられなくなって、その隙間から室内を覗いたんだ。そしたらとっても楽しそうに談笑する先輩が見えて。

 正直、辛かった。

 見たことない笑顔を浮かべて、鈴の音じゃなくて、鐘の音くらいの声で笑う先輩なんて。私には見せてくれたことなかったから。

 ズキズキ痛む心臓ここは次第にドクドク脈打ってた。その感覚は今もはっきり覚えてる。

 完全に聞こえてなかったわけじゃなくて、所々話は聞こえるから、相手は何となく察せたけど。男の人の声、って言うのはわかったけれど、顔まではわからないものだから、もどかしくて。

 盗み聞きって言われたら、まぁ、反論は出来ないなぁ。多分その罪悪感も感じてたから、心臓の音は目まぐるしく変わっていったんだと思うよ。


 先輩の事だから、彼氏の一人や二人はいるだろって思ってた。けど、改めてその存在の輪郭がはっきりしてくると、ひどく苦しくなってさ。

 だって、本当にその人が誰かなんて、扉を開けなきゃ判らなかったし。

 でも、なんだか今更間に入るのも違うと思って、体は動かなかった。


 とか思ってたらね、よく知る声が聞こえたよ。

 「んじゃま! ありがとな、姉貴」

 その一言で、一気に不安とか何もかもが、安堵の音に変わった。

 正体はまぁ、新聞部の人。そんでもって、先輩の弟で、私の同級生。原田みつる

 安心したところで、ほっと一息ついていたら、突然先輩が大声を上げた。

 「佐野ちゃん、そんな所で聞かずに入ればいいんですよ」

そんな声が私の鼓膜を突き刺したから、吃驚するどころじゃなかった。

 観念して、からから、って扉を開けた時、先輩どんな顔してたと思う?

 ーー笑ってたんだよ、妖美に。

 

 みんな知らないだけで、先輩は案外小悪魔だから。気をつけなきゃ全て取られちゃいそう。……なんてね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る