第3話 ずる可愛い、先輩。

 「せんぱぁい、暇です」

 手元のペンをくるくる、くるくる、と回しながら先輩に声をかけた。相変わらず、パチリ、パチリ、と駒が進む音がしていた。先輩と視線の会話をすることもなかった。

 外の雨の音と室内の駒の音が綺麗な二重奏デュエットを想像させた。雨は嫌いだけれど、この空間は嫌いじゃないんだよね。

 「はぁ、そうですか」

暫くして、先輩からの返答が来た。興味なさげで、無愛想。そんな言葉が良く似合うような気がしたよ。そんな先輩も素敵だけど。


 駒はガチャガチャ、乱雑にケースへと仕舞われた。その後にとあるゲームの準備をされた。

 将棋崩しだ。

(将棋崩しは、将棋の駒と盤を用いた遊びの一種。山崩し、ガッチャン将棋と呼ばれることもある。ーー某サイトより)

 私が将棋で唯一出来る遊び、と言えばわかってもらえるかな。将棋とか囲碁とか、ルール多くて覚えられないんだもん。先輩に追いつきたい、とか尊敬の意はあるけど、いざ自分が試合をするとなるのはまた別の話だからね。

 椅子から立ち上がって、駒の山を挟んで先輩の目の前に正座する。この時、初めて部活中に目があった……気がする。先輩はこんなお遊びでも本気に、真面目にするもんだから、そこがとっても可愛い。

 

 暫く何試合かして、足も痺れてきた頃、しりとりが始まった。

 ……流石に、しりとりに関しての説明は要らない、よね? 

 普通にしりとりしててもすぐに飽きちゃうから、色々追加ルールを足したりしたよ。文字数制限とか、国名のみ、とか。

 一番面白いなって思った制限? ……んーと、本当に色々試したからなぁ。あ、あれかな、しり二文字とり!

 これはね、例を挙げれば分かりやすいかな。


ゆうれい→れいぞうこ→うこん(セーフ)→こんせんと(アウト)


みたいな感じで、後ろの二文字でしりとりしていくってやつ。なかなか難しいんだよね。最後から二文字目は“ん”が付いたら終わりだし、普通のルールとこんがらがるし。


 最後は普通のなんの変哲もないしりとりで終わろ、って話になって。出来るだけ先輩に“り”から始まる言葉を言わせるように調整してたの。

 でも先輩、全然苦戦してなかった。力士、リコーダー、リース、陸、リサイクル、リズム、リスニング、リチウム電池……。私の発言の後、二秒くらいしか考えてなかったよ。逆に私が焦って詰まっちゃった。

 「どうしてそんなスラスラ出てくるんですか、先輩」

「私、小さい頃から辞書呼んでましたから」

「ただの凄すぎ幼児じゃないですか」

「褒めても何も出ませんよ」

 そんな会話を進めていたら、私の語彙がついに底を尽きた。今先輩の番、だけれど、次に返す言葉は見当たらない。


 「……時間も時間ですし、これで終わりにしましょう。ーー“凛花りっか”」

 

 ふいに名を呼ばれ、そのまま固まってしまった。その後の記憶、本当にないんだけど。どうやって帰ったんだろ、私。

 本当に、先輩ってずるいなって思うんだよね。

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