第4章 行方6
東千春の声と共に、作戦が遂行された。ただ、作戦と言ってもたいした作戦ではなく、裕介さんが煙幕代わりに消火器を敵に巻き散らすだけの作戦。
敵の目と注意を裕介さんに引き付けて、その隙に、武井さんが俺の居る場所まで突っ込んで俺と杏奈の救出をするという事。
英二は、煙幕に掛からない場所へ移動する。
要するに、煙幕で敵の目を奪って、俺と杏奈を救出しつつ、戦意を喪失させるって言う単純な作戦だったらしい。
すぐに俺の縄を解き、今度は裕介さんの元へと走って向かう。
俺は、久し振りに手足が自由になり、すぐに杏奈の縄を解くと、英二が「これを着て気合いを入れろ」と、リュックを投げて来た。
久し振りに特攻服を着ると、何故か解らないけど、気合いと根性が俺の体内に注入されて行った気がする。そして、この場のピンチすら『何とかなる』と思った。
ふと、東千春の方を見ると、長髪と何やら話している様だった。
俺は、杏奈を背後に隠して「もう大丈夫だから。俺が何があっても杏奈を守って、無事に家まで送るから」と言った。
杏奈は、「うん」とだけしか言わなかった。
そう言えば、杏奈の前で喧嘩をするのは何年振りだろう…
もう、ずっと喧嘩なんてしてなかったし、最後に喧嘩したのは、山下とだったな。
その前はいつだっけ?
思い出せないくらい前なのかな?そんな下らない事を考えながら、杏奈を守りつつ敵を倒して行った。流石に数が多いからか、久し振りの喧嘩で腕が鈍ってしまっているからか、痛みや疲労からなのか解らないけど、なかなか一人を気絶させる事ですら時間が掛かった。
「おい、俺は女は殴りたくねーんだけど、そこをどかないなら仕方ないよな?」
長髪が東千春に言う。
普通の女子ならば、まずこんな危険な場所にやって来ない。それに、親だって関わっているのだから反対する筈だ。なのに、東千春は違った。顔色一つ変えずに、こんな場所へ来て、今は長髪と向き合っている。
「しっかし、ダサい長髪だね」呆れた口調で男を挑発する。そのやり取りを見ていた真尋さえ、今の東千春の考えが読めない様子だった。
「姉さん、ちょっと離れてて下さい。俺、この女をやっちまいますから」指の骨をボキボキ鳴らしながら長髪は勢いよく東千春へと駆け寄って行く。
勝負は、一瞬で終わった。
気が付くと、長髪が天井を見上げる様に寝そべって意識を失っていた。真尋は、余りの出来事に言葉を失っている。
「あんな力任せのゴリラなんて、ちょちょいのちょい、朝飯前だよ」笑顔の東千春に向かって、ようやく真尋が口を開いた。
「今のは何?」
「あぁ、あれね。あれは一本背負いだよ。あんな勢いよく来るから、ダメージも大きいだろうし、なかなか起きないかもね。パパとママが言うにはねぇ、探偵をするには、頭も腕も無ければ駄目なんだよねぇ」ニコニコしながら東千春は答える。
真尋の手下を全員倒して、俺達も真尋の前へと向かった。
「真尋、これで後はお前だけだ」そう言うと、真尋は笑い出した。
「そうね、あんた達の勝ちかもね…」真尋は、煙草に火を付けて辺りを見回す。
俺も、英二から煙草を貰って、煙草に火を付けて真尋と対峙した。
「武井さん、英二、杏奈を安全な場所へお願いして良いかな?」俺は二人にお願いをすると、二人は何も言わず杏奈を連れて部屋から出て行った。
この場所に残っているのは、俺と裕介さんと真尋の3人だけとなった。
「何か話でもあるの?」冷たい目で、見下される様に真尋に言われると、俺も裕介さんも一瞬後退りしてしまった。
何だろう、あの目は…あの目は、何もかもを憎み切っている様な冷たい目だ。
いや、憎み切っているのではなく、おそらく、感情など無い様にも見える。
「京、それに南雲さん。それで、私に何をしろと?」
怯える事も無く、冷静に真尋が問いて来る。
「真尋、もう逃げられねーんだから、このまま警察に行こう」
突然、真尋は大きい声を発して笑い始めた。
「相変わらず馬鹿な男だね、京は…」その瞬間、倒れていた長髪が裕介さんの太ももをハサミで刺した。
「ぐわぁぁぁ!!!!」太ももから血が流れ、その場に裕介さんは倒れてしまった。裕介さんに近付こうとすると、今度は俺に向かって襲い掛かって来る。
「死ね!」長髪は、俺の胸を狙って腕を振り上げた。
俺は、躊躇わずに長髪の懐へと入り込んで、左手で長髪の振り上げた腕を受け流して顔面に渾身の一発をぶち込んだ。そのまま長髪は倒れて、意識を失った。
左手で受け止めた時、長髪の持つハサミで、掠り傷が出来てしまい、血が流れて来たが、そんな傷なんて気にしないで真尋と向き合おうとしたが、
真尋が居ない…
長髪が現れて倒すまでの間に逃げたらしい。
「裕介さん、大丈夫?俺、アイツを捜しに行くから、悪いけど自分で武井さんに電話して助けを求めてよ」と返事も聞かずに外へと向かった。
建物から外へ出ると、ここがどこだったのか、やっと解った。
日高町だ。
辺りを捜すが、どこにも真尋の姿は無かった。
暗い脇道から、旧道へと向かう。
高速道路下の小さなトンネルの中に真尋らしき人影を発見し、駆け寄った。
今、俺が立つ場所の反対車線に真尋が居る。
その時、一台の車が俺の目の前で止まった。
「京ちゃん、裕介は?」武井さんだった。俺は「ハサミで刺されて動けないから、まだ建物に!早く病院へ!!」と伝えた。そのまま武井さんは車を先程まで居た建物へと走らせる。
その後も、数台の車が通る。
俺と真尋は無言のまま向き合っているだけで、数分の時間が流れた。
最初に声を掛けたのは俺だった。
「真尋…もう、終わりにしよう。警察へ行って、自首をするんだ」
真尋は何も応え様としなかった。
数秒後、重たい口をようやく真尋が開いて言う。
「ねぇ、京?私はね、私が解らないの…私は【誰】なの?」
「お前は、佐々木真尋だろ?」
真尋は、髪を掻き毟りながら独り言の様に語り始めた。
「あの日はね、凄く楽しみにしてたんだ。だって、私が密かに思っていた聡介君と入れ替わりだけど、デート出来るんだもん。その日に、まさか真琴が死ぬ事になるなんてね…それで決めたの。このまま私が真琴のままでいようって。だって、そうでしょ?あの日の私は真琴だったんだもん。でも、そんなに長くは続かなかったの。ある日、聡介君に気付かれたから。真琴を演じる為に、大好きだった聡介君のバイクに細工したり……親友の友里にしてもそう。あの子の事は、親友の振りをしていたけど、私は好きじゃなかったの。友里は真琴とは仲良かっただけで、私とはお互い友達の振りだったのかな?って。でも、友達には変わりはないけど、気付かれちゃってね。疑いだったけど。だから、殺しちゃったのよ、この手で………」
穏やかな口調で、自分の手の平を見詰めながら真尋が話し始めた。
俺は何も言えず、ただ聞く事しか出来ない。
「京が、私だけを愛してくれてるなんて、一度も思った事は無かった。どこかに誰かの影が残っているなと感じてたの。でも、正解だったでしょ?京は、今でも杏奈ちゃんが好きなの。だから、それでも良いかなって思ってたんだけど、嘘を付かれた事がショックでね………その頃くらいだったかな、山下に二人の話をしたら、たまたま知り合いだって言うのを聞いたのはさ。最初は、山下も復讐したいって言ってたけど、私が薬を扱う様になってからは、山下も変わっちゃってね。それはそうよね、でも、そうやって離れて行くのが、裏切られるのが嫌だったの…………………気が付いたら私は嫌いな人間を陥れる様な事を始めて。松原店長も、その被害者の一人って事ね。私は、自分を制御出来なくて、気が付けば誰かしらを傷付けていたの。不意に理性が戻ると、凄く後悔したし、怖くもなったけど…でも、そんな時間も束の間でね。またすぐに制御が出来ない自分が出て来るの…」
それは、余りにも理解不能な話の内容で、俺は付いて行けない。だからか、真尋になかなか声を掛けられなかった。
いや、何て声を掛けたら良いのかさえ、全く解らなかった。
「真尋…もう終わりにしよう。罪を償って、今度からは『佐々木真尋』として生きれば良いんじゃないか?」
真尋がクスっと笑った。その笑顔は、今まで何度も見て来た本当の笑顔だった。
「優しいね、京はさ…」
そう言って、真尋は反対車線から、俺の居る方へゆっくり歩き始めた。
その時、建物の方から一台の黒いベンツが勢いよく向かって来た。
俺の居る場所から数メートルの場所に車が止まり、その車から降りて来たのは、意識を取り戻した長髪の男だった。
「西野―!!」長髪は、叫びながらナイフを俺の胸に向け突っ込んで来た。
俺は、避け様としたが、痛みと疲労で体が思う様に動かない。
その場で、尻もちを付いて転んでしまった。
このまま俺は、ここで死ぬんだなと、自分の死を悟り、目を閉じた。
『よく、死ぬ時って昔を思い出すって言うよな。走馬灯って言うんだっけ?死を悟った瞬間から、たった数秒の間なのに、色んな事が目に浮かんだ…杏奈を初めて見掛けた時、杏奈に告白した時、杏奈と買い物や勉強をした時、杏奈と別れた時、杏奈と研修に行った時…思い出すのって、全部が杏奈との思い出だった…』
―――――ごめんな、杏奈――――――
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