第4章 行方4

今が何時なのかも解らない。窓一つない薄暗くて埃まみれの空間で、俺はどれくらいの時間を縛られているのだろう。

真尋が俺の所から離れて何分か経った頃、誰かが建物に戻って来た様子だ。隣の部屋で、笑い声が聞こえるだけで、肝心な会話は一切聞こえて来ない。

「おい!」俺は、大きな声を上げた。いかにも下っ端って感じの男が二人部屋にやって来る。俺は、二人に向かって「トイレ行きたいんだけど」と、言ってみる。

一人が隣の部屋に戻り、長髪の男を連れて来た。

「西野君、どうしたんだい?縛られて興奮でもして来た?」ケタケタ笑いながら俺に問い、下っ端の奴等に同意を求める。二人は笑っている。

「悪いけど…トイレに行きたくなって…」そう言うと、長髪の男は下っ端二人に顎で合図を出す。縛られたまま椅子から立たされて、俺は隣の部屋にあるトイレへ連れて行かれた。足は縛られたまま、両腕だけが自由になった。

「おい、馬鹿な事はするなよ?」そんな事を言われても、いくら両腕が解放されても両足にはしっかり縄が縛られている。まともに歩ける訳もないし、立っているのだって精一杯だった。

トイレを済ますと、また椅子へと縛られる。

「タバコ、一本くれねーかな?」長髪の男に言ってみると、すんなり煙草を一本差し出した。右手だけ縄を解かれて、久し振りに煙草を吸い込む。

俺が煙草を吸い終えると、長髪の男は黙って俺の右手を縛り、隣の部屋へと戻る。

煙草を吸って頭がスッキリしたのか、山下の事が気になった。あの場所なら、英二に留守電を残したから、今頃は俺を探したりしてるのかも知れないな…




AM 9:11

留守電を聞いた英二が進隴神社に到着すると、山下だけが駐車場に倒れていた。

「おい!誰にやられたんだ?ここで、京一と会うんじゃなかったのか?」

いくら呼び掛けても返事がない。見るからに危険な状態だと言うのが解る。だけど、それでも声を掛け続ける。

「ん…う…ん…」山下の意識が戻った。

「俺だよ、都丸英二だ!覚えてるだろ?京一はどうしたんだ?」

聞き取るには難しい小さな声でボソっと山下が呟く。口元に耳を運び、声にならない小さくか細い声に全神経を集中して聞いた。

「さらわれた…」それだけ言い残して、気絶してしまった。

自分の乗って来た車に山下を積み込んで、近所にある病院へと向かった。

さらわれた場所が解らなければ、何も出来ない。それなら、まずは山下を治療して、意識が戻ったら聞き出すしか方法はない。

病院に着くと「知り合いが倒れていたから連れて来た」と受け付けで説明をし、外へ出て電話を掛けた。裕介さんにだ。

事情を説明すると、すぐに裕介さんと武井さんが病院へやって来た。

この場には英二が残って、山下の意識が戻ったら電話する事になった。

裕介さんと武井さんは東千春と連絡を取り、真尋の家を調べたいと言って、これから現地で待ち合わせる事になったが、一つ気になる事があったから、その旨を裕介さんに説明すると、代わりに武井さんが行ってくれる事になった。

気になる事とは、進隴神社に置いたままの京一の車に、相手から何かしらの伝言とか残っていないかだ。

歩いて進隴神社へ行った武井さんから電話が来た。どうやら相手からメモが車内にあったらしい。そのメモには、

『全ての準備が整ったら電話する』と、メモ書きと一緒に京一のスマホが置いてあったらしい。そのまま武井さんは京一の車で病院へ戻って来た。


AM 10:28

東千春と合流し、ピッキングをして真尋の家に侵入した。特に変わった様子もなく、「前に遊びに来たまま」だと、東千春は言う。

玄関を出ようとした時、武井から電話が掛かって来た。

「山下なんだけど、まだ意識は戻らないらしく、戻ったとしてもすぐには会えるか解らないみたいなんだよな…どこかで合流しないか?」

病院の近くにあるファミレスで待ち合わせをする事にして向かった。

裕介、英二、武井、東千春の四人がファミレスに集まり、京一の鳴らないスマホをテーブルに置いて相手からの連絡を待つ。

「裕介さん、一度俺家に帰ります。それで、お姉さんに連絡して貰って良いですか?俺が京一の部屋に寄りたいって言ってると」

裕介さんはすぐに妻であり、京一の姉に連絡をし、俺が行く旨を伝えてくれた。


PM 12:05

家に着くと、大きなリュックに暴走族時代の白い特攻服をしまった。そのまま今度は京一の家に向かい、久し振りに会う姉の絵美子に挨拶だけして京一の部屋から同じ様に白い特攻服を取り出してリュックへしまう。そのまま外へ行き、今度はバイクを借りると言ってエンジンを掛けた。

「今日が最終決戦だもんな…最後くらい、こいつ羽織って気合いを入れなきゃだな…絶対に助けるからな…」そう呟いてバイクを走らせファミレスへと戻る。

ファミレスへ着いても、先程と何も進展は無く、スマホも鳴っていないらしい。

暫くすると、山下を運んだ病院から電話が掛かって来た。

「すみません、高崎東条病院の木部と申しますが、都丸様の携帯電話でお間違い無いでしょうか?」

俺は「はい」と応える。

「先程、山下様の意識も戻り、少しでしたら会話も可能ですが、これから来られますか?都丸様にお話があると、ご本人様も言われていますので」

すぐに向かう旨を説明して、俺達は山下のいる東条病院へと向かった。


PM 15:42

東条病院の木部と言う事務員から電話を受けて15分後、俺達は病院へ着き、山下の病室へと案内された。痛々しい程に包帯を巻かれた山下がベッドに座っている。

「なぁ、そこの車椅子に乗せて、外に連れてってくれないか?ここじゃ誰が聞いてるか解らねーから、外で話す」そう言って、車椅子を指さした。

言われるがまま車椅子に乗せ、外へ向かう。

駐車場の端にある喫煙所で、俺達は山下から話を聞く事となった。

「おい、都丸!お前は今から水沢杏奈を探してどこか安全な場所に隠れろ。アイツ等の計画の一つに水沢が絡んでるから」

俺は、言われるがまま急いで杏奈のスマホに電話をして、合流をしようとしたが、いくら掛けても電話には出なかった。まだ、授業中なのか?と、思い、取り敢えず大学へ向かう事にした。

「それで、あんたが西野の義理の兄と…そっちの二人は誰だ?」

「こいつは俺のダチの武井と、京ちゃんの元バイト仲間の東さんだ」

「ふーん…俺、これから検査するらしいから、時間も無いし、単刀直入に説明する。これは、都丸に助けられたからじゃなく、俺からの頼み半分ってヤツだ」

そう言って、山下はぎこちない指先で煙草を口に運んで火を付け話始める。

「佐々木真尋の狙いは、西野と水沢だ」

「何で杏奈ちゃんも?」そう裕介が言うと、山下は「黙って聞け」と言い、続きを話し始めた。

「水沢に関しては、俺もよく解らない。ただ、西野が水沢と最近会ったりしてたろ?それが理由なんじゃねーかな?よーするに、浮気された相手って事で。今、アイツ等がどこに居るのか、正直言って俺は知らない。ただ、詳しくは知らないが、日高の方に最近たまり場を移したらしい。俺は、裏切ると思われていたからだろうな、その場所を知らないんだ…」

「日高の方だな?それなら、そっちへ向かって調べるしか無いな」

裕介が言うと、武井も東千春も頷く。

「そう焦るな。俺が知る限りで20人はいるんだぞ?だから、それなりに大きな建物に居ると思う。つい最近までは、佐野にある先輩ヤクザご用達の倉庫を使ってたから、同じ規模の建物になるだろうな」

ここまで話していると、喫煙所に向かって看護師が歩いて来た。

「山下さん、こんなところに居たんですね?検査の時間になりました」そう言い、車椅子を押し始めた。山下が振り返り「とにかく、暫くここで入院みたいだから、良い報告待ってる」そう言いながら病院内へ消えて行った。

英二から電話が鳴った。大学で数人に話しかけたら、どうやら、30分くらい前に、誰か知らない女性と杏奈はどこかへ行ったらしい…





「京、あなたの大切な人を連れて来たわ」

そう言って、真尋が俺の前に現れた。大切な人?誰の事だ?まさか、杏奈か?

不安が高まる。そして、隣の部屋から杏奈が手足を縛られ連れて来られた…

杏奈は、俯いたまま震えている様に見える。

それはそうだ、こんな場所に連れて来られ、しかも手足を縛られて怖くない奴なんかいない。

「杏奈…」声を掛けると、杏奈は顔を上げて俺の顔を見る。

「良かった、京ちゃんが無事で」

真尋に言われるがまま、杏奈は俺の隣に置いてある椅子に座らされた。

椅子に縛られている俺と杏奈を見て、真尋が満足そうな笑みを浮かべる。これが、真尋の本性。こいつの事だ、言葉巧みに杏奈を誘導して、拉致したのだろう。

「なぁ、お願いだから、俺の事は良いから杏奈だけは許してくれないか?」

強い視線を感じる。この、鋭い目を見ると、恐怖を感じる。もう、俺の知っている真尋じゃない。ここに居るのは、演じる事のない本当の真尋。

「京、あんたって、本当に馬鹿ね。あんたは私を傷付けた。その相手がこの子だったよね?さっき、話した感じだと戻ったりとか、そう言う関係じゃ無いって言ってたけどさ…でも、それも時間の問題じゃないかな?って私は思うの。だから…」

真尋が煙草に火を付ける。

「だから、この子の前で京にお仕置きをしようかしら。それとも、京は、この子がお仕置されている方が見たいかなぁ?」

狂っている…こいつは完璧に狂っている…

「俺はどうなっても良いから、杏奈は解放してくれないかな?」

更に真尋の目に力が入り、鋭い目で俺を睨め付けて来た。

「そう言う優しさとか、正義感みたいなのって、私には虫唾が走るんだよねぇ。京はさ、この子が好きなんでしょ?だから、助かって欲しい。違う?」

何て答えたら良い?頭の中で考えた。真尋を納得させる言葉は何だ?解らない…

「杏奈は関係ないだろ?俺の事で、誰かを巻き込みたくないんだよ…やるなら俺一人をやれば気が済むんじゃないのか?」

俺の言葉を聞きながら、真尋は無言のまま煙草を吸い、そして、俺の左手の甲に煙草を押し付けて消した。

「熱い?熱いでしょ?」笑いながら痛みに耐える俺を見ている。

隣では、杏奈が俯いたまま泣いている。

このままだと、本気でヤバイな…どうにかして杏奈だけでも助けなきゃ。

頼む、裕介さん、英二…何とかこの場所を見つけてくれ…




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