第4章 行方3

AM 7時20分

いつもの様にアラーム音で目を覚ます。そして、いつもの様に大学へ行く準備を行う。何一つ変わらない日常が始まる筈だった。

俺は、ふと、ある事に気が付いた。それは、この前、焼き鳥屋での襲撃事件の時に山下が居なかった事を。何故?解らない。あの時、すでに真尋は俺への憎悪があったのだから、次のターゲットは俺であると、山下には伝えていた筈。山下の性格ならば、何が何でも俺を潰しに来るだろう。でも、アイツの姿は無かった。

一体、何故?いくら考えても解らない。

俺達が考えてる先を真尋は考えているし、予測不可能な行動に移す。

もしかしたら、俺達が思っている以上に、真尋は俺達がどう動くかを計算して先手先手で物事を動かしていると考えられる。それ程に頭の回転が鋭いのだろう。

準備が済み、家を出ようとした時、スマホが鳴った。画面には公衆電話と表示がされている。普段、公衆電話からなんて電話が来る事は無いし、そもそも、今のこの時代に公衆電話から電話する奴なんて、殆どいないだろう。何か、嫌な予感がした。


「もしもし?」恐る恐る電話に出る。

「西野か?俺だ、山下だ。今から言う場所に来てくれ。大事な話がある」

着信の相手は、山下からだった。

「大事な話って何だよ?」強気に返事をすると、冷静な声色で「そう、カッカすんな。佐々木真尋の事で大事な話があるから、進隴神社の裏にある駐車場で待つ」

そう、山下が勝手に言い切ると電話が切れた。

これは、罠なのか?そもそも、罠以外に考えられない。でも、何故、真尋の事で話がある?あの、山下の冷静さはどうしてなんだ?

俺は、今から山下に会う事を英二に電話で伝えようとしたが、留守電に繋がってしまった。まだ、寝てるのだろと思い、メッセージを残した。

『今から進隴神社で山下と会う』と。


AM 8:30

進隴神社に着く。

辺りを見回しても、真尋や山下の姿は無かった。もし、ここで俺を襲うのであれば、ある程度の人数を連れて来る必要がある。俺が、一人で来るとは思っていないだろうから。しかし、実際は一人で来てしまった。

相手が多かったり、罠だと思ったらすぐに逃げれる様に、俺は車の中で山下を待つ事にしていた。

煙草を吸い終えた時、長身で坊主頭の男が俺の車に向かって歩いて来た。

山下だ。

当時とは髪型や服装など変わったけれど、間違いなく山下だった。

警戒しながら車から降りる。いつでも逃げれる様に、ドアを開けたままでエンジンを掛けておいた。

「何だよ、話って?」

そう切り出すと、山下はポケットから煙草を出して吸った。

「西野、俺が今から言う事を信じるか信じないかは任せるが、俺は嘘なしでお前に話をするし、この話を終えたら俺は暫く東京にでも身を隠すつもりだ」

何を言ってるんだ?東京に身を隠す?それって、例の詐欺で捕まる前に逃亡するって意味なのか?話が全く読めない…

「どういう意味だ?それは、お前だけじゃなく、真尋や詐欺の仲間も一緒にか?」

山下は首を横に振る。

「いいや、俺一人だ」そう言い切った。

そして、山下が吸っていた煙草を持ち歩き専用の携帯灰皿に捨てて言う。

「アイツは危険すぎる。最初は、俺が詐欺を企てて手伝わせたが、今じゃアイツが全てを動かしている。そして、その裏にはとんでもない力があるんだ」

「何だよ、力って」

「薬だよ。アイツは、薬を餌にして仲間を増やしているんだよ…俺も悪者だけどよ、薬だけは手を出したくねーんだよ」

薬?何故、真尋はそんな物を手に入れてるんだ?そもそも、アイツ自身もやっているのか?

「山下、何で真尋は薬なんて手に入れられるんだ?」

「俺が紹介した先輩が元ヤクザでよ…今は闇金やってて詐欺の時に共謀してたんだけど、次第にアイツが実権を握る様になってから、その先輩に気に入られて薬を流して貰ってるんだ」

俺は、背筋に何とも言えない寒気を感じた。

詐欺だけじゃなく薬にも手を出していたとは、考えられなかった。もし、この話が本当なら、山下も最終的に真尋に利用されたに過ぎない。

「で、そんな話をする為に俺を呼んだ?」

話だけなら電話でも可能な筈だった。だからこそ、確認した。

「お前に渡すもんがあるからだよ…これが、アイツと薬を決定付ける証拠だ」

そう言ってボケットから小さな紙に包まれた物を受け取った。どうやら、この包み紙の中に薬が入っている様だ。

「おそらく、俺はアイツに見付かったら消されるだろう…俺は、アイツの全てを知り過ぎたからな。だから、お前に止めて欲しいんだよ。今、アイツの仲間には俺の後輩もいるんだけど、薬漬けになっちまって…」

この前、襲って来た連中の事か、と思った。

「そんなもん、自分ですれば良いだろ?テメーで巻いた種なんだから」

「解ってる、解ってるんだけど、もう俺は駄目なんだ…だから、暫く身を隠す事に決めたんだ」

あの強気な山下ではなく、何かに怯えている小動物の様に思えた。

「解った。俺も店長の仇もあるし、アイツの真相を暴いて止めるって思ってたし」


その時、一台の車が駐車場に入って来た。その車は、勢いよく俺と山下の目の前で止まり、真尋が降りて来た。

「やっぱ、あんたは裏切ると思ってたよ…」冷たい目で山下を見詰める。

山下は後退りし、真尋に怯えている様子。俺は、何でここに真尋がいるのか解らなくなり、何も言えなかった。

「京一、どうして私がここにって思ったでしょ?」

真尋は、洞察力が高く、昔から俺が何を考えているのか解った。一種の、生まれ持った才能。

「俺が山下を付けてたからだよ」運転席からこの前襲撃して来た時にいた長髪が降りて言った。長髪は、続けて山下を見下す様に「山下さん、昔は世話になったけど、それも昔の事。今の俺は姉さんと一緒に裏の世界で成り上がるからよ」と言う。

もう一台、駐車場に車が入って来る。そのまま数台が集まった。

「京一、あんたの義理の兄って南雲聡介の兄だろ?最初から気付いていたけど、敢えて知らない振りをしていたんだよね」笑いながら真尋が言う。

じゃあ、もしかして、最初から手紙の送り主が裕介さんだって気付いていたって事になるのか?全てが演技で、初めから俺も店長も騙されていたって事か?

「今、私が最初から手紙の犯人に気付いていたって思ったでしょ?その通り、正解。もっと言うなら、アイツが店に来た時から正体に気付いていたし、京一の義理の兄って言うのが偶然解ったから、あんたと付き合っただけ。解る?最初から全て計算通りだったって事よ。そして、昔の女と飲みに行ったよね?何回も。それで、私のプライドが傷付いちゃって、どうしても許せないんだよね」

「最初から全てお前の思惑通りに事が進んで、それに気付いた俺達を消すのが今って訳か…」

少し強気に真尋に言う。真尋は、冷たい目で俺を見詰めて言う。

「そう言う事ね。そして…」真尋は、視線を山下に向ける。

「山下、あんたも使えない男だったね。最初は言いなりになって上げたけど、あんたが紹介してくれた男と寝てから、あの男も私の掌で踊らされてるに過ぎない存在価値に成り下がったのよ。今じゃ、私に依存しちゃって何でもしてくれるの、笑っちゃうでしょ?所詮、男なんて寝ちゃえばそんなもんなんだよ。ここ最近のアンタの行動を察して尾行させといて正解だったわ…」

気が付けば、俺と山下は真尋の手下に囲まれていた。


「じゃあ、これでお別れね」そう言い残し、真尋は車へと戻り、それと同時に長髪を筆頭にして数人の男達が俺と山下に襲い掛かって来た。

この人数を相手じゃ、いくら抵抗しても、俺達はやられるがままだった…

車の中からやられている俺達を見て、高笑いしている真尋の顔が浮かぶ。

どれくらい殴られたのだろう…

どれくらい時間が経ったのだろう…

意識が無くなり、気が付いた時、俺はどこか解らない場所で椅子に座らされ、動けない様にしっかりと縛られていた。

山下はどうしたんだ?無事だろうか?

その時、真尋が目の前に現れた。

「やっと、起きたのね」

何とも言えない吐き気がするくらい優しい口調だった。

「痛かったでしょ?でも、京一は、痛い事されても仕方がないよね?だって、私と付き合ってた時、浮気したんだもん。それに、私を疑って嗅ぎ回って…」

真琴は、吸っていた煙草を俺の左腕に押し付けて消した。

俺は、熱さに耐え切れず、何とか声を押し殺して堪えたが、そんな俺を見て真尋は笑いながら言った。

「あんたが浮気した事は許して上げる。だって、私も目的の為に何人もと寝たから…だけど、それとは別に、私の事を傷付けた代償は仕方ないよね?」

真尋は、俺の髪を掴んだ。そして、耳元で囁く。

「お楽しみに…」と…








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