第4章 行方2
12/17 20:00
俺と杏奈、それに英二と英二の彼女の和久井 美姫の四人は、環状線沿いにある焼き鳥屋に集まっていた。唯一、四人に共通していないのは、杏奈だけ違う中学出身と言う事と、美姫だけが違う高校出身と言うだけ。
それ以外は、年齢や住んでいる地域は同じだった。
俺と英二と美姫は同じ中学出身だったが、美姫は高校入学と共に、高崎市の外れにある大沢町に家を建てた為、引っ越しをした。
とにかく、久し振りにこの四人で飲むのだから、懐かしい話で盛り上がる。その、楽しい時間と空間は、今の俺にとって、とても心地が良く過ごしやすい時間。
友達と飲んでいたり、一緒に居る時だけは、真琴の事を忘れられた。
「この前、ハラワタに会った」と、話せばハラワタの話をして懐かしむ。
飲み始めて3時間があっという間に過ぎた頃、英二と美姫は、明日も仕事だからそろそろ帰ると、言って来たから、最後に乾杯をして店を出た。
店を出ると、いかにも悪そうな男が数人が目に入る。
「君が西野君?」ガムを噛みながらか、クチャクチャ口を動かしながら長髪の男が寄って来た。
「そうだけど、そう言う君は?」と、短く返事をすると、長髪の男を中心に俺達を囲み始める。英二が、杏奈と美姫に「ちょっと店に戻ってて」と優しい口調で伝えた。
心配そうな表情のまま二人が店内に戻るのを確認する。
長髪以外に6人の男に囲まれている状況を、どう対処するかを考えた。
しかし、いくら店に杏奈達を戻したからと言って、100%安心な訳じゃない。それくらいは解っている。だけど、どうする事も出来ない状況だ。
すると、長髪の男が振り返って「姉さん」と、誰かを呼び始めた。
そこに現れたのは車から降りて来た真琴だった…
真琴は、静かに男達の間を通り抜けて、俺と英二の前まで歩いて来る。
息が詰まる。何とも言えない緊張の空気が漂う中、真琴は俺に向かって「久し振りね、京一」と言った。その目は、全ての憎悪を語り掛ける様な冷たい瞳だった。
俺は、真琴の冷たい目を見て思い出した。
杏奈と初めて真琴が会った日に見せた『背筋にゾゾっと寒気と何とも言えない嫌なモノを感じた』時の目を。
「何、驚いてるの?彼女が目の前に居るのに、何か不満なの?」
俺の知っている真琴ではない。だけど、確かに目の前に居るのは真琴に違いない。
「お前は誰だ?」真琴なのに真琴じゃない様な気がして、とっさに出た言葉だった。
俺の言葉を聞いて、更に冷たくなった目で俺を睨み付ける。
「私は、西野京一の彼女、佐々木真琴。だけど、それも昨日までの事ね。あなたみたいな噓付き彼氏なんて、もう要らないわ」
「なるほどね。俺もお前みたいな彼女は要らないかな、佐々木…真尋さん」
俺と真琴、いや、真尋は目を逸らさずに睨み合ったまま動かなかった。
「真尋?何を言ってるのかよく解らないわ…私は、佐々木真琴ですけど?」
「いい加減、とぼけるのは辞めたらどうだ?お前は、死んだ姉、佐々木真琴に成りすました佐々木真尋だろ?つーか、何でここに居る事を知ってたんだ?」
真尋に質問する。
すると、長髪が間から「俺等がお前の家から尾行してたんだよ」と言った。
「ま、京一が、私の事を薄々だけど嗅ぎ回っていた事も気付いていたし、だから避けて元彼女のとこに行ってるんだとも思っていたよ。私、そんな馬鹿じゃないしね。それと、松原も一緒だったんだろ?だから、アイツにはここへ来る前に軽くお仕置きをして来てやったよ」
そう笑いながら言って、真尋はスマホの画面を俺に見せた。その画面は、店長が荒れ果てた店内で倒れている写真だった。
久し振りに怒りが頂点に達したのが自分でも解る。そんな俺を見て、英二が「ここで切れたら相手の思う壺だろうが!」と言って、必死に俺を止めている。
「私は帰るから、その二人やっちゃって。店にいる女も好きにやって良いよ」そう言い残し、真琴は黒いベンツの助手席へと乗り込んだ。
「ふざけんな、テメー!」俺の言葉は届く事なく真琴を乗せた車は勢いよく走り去って行く。
「気持ちは解るけど、まずはこいつ等どうにかしなきゃだな」英二が冷静な口調で言う。2対6か…英二の喧嘩の強さなら何とかなるだろう。そして、早くここを切り抜けて、店長の元へ行かなければならない。
「英二、少しだけ任せちゃって良いか?」そう言って、俺は店内へ戻ろうとした。
その瞬間、男達は一斉に襲い掛かって来た。
「少しだけだぞ」襲い掛かって来る男達が俺のところに来ない様に壁となって、英二が一人で戦っている。
店内に入るとすぐに「今から俺んちに電話して、裕介さんにこの場所を伝えてくれ!」それだけ慌て口調で伝えると、すぐに外へ出た。
外に出ると、状況は変わっていた。この短い間に英二は二人を倒していたのだ。
英二が、息を切らしながら「こいつ等、結構強いぞ」と言う。
久し振りの喧嘩だった。最後に喧嘩したのって、いつだったかな?なんて、考えながら目の前にいる男達と喧嘩をした。暫くすると、焼き鳥屋が通報をしたのか、サイレンの音が近付いて来た。
「おい、こんなところでパクられたくねーだろ?一旦、ここまでにして、続きは今度にしよーぜ」握っていた拳を広げて、俺は男達に言う。
男達は、俺の提案に納得したかの様に、一目散に逃げようとした。
「お前等のボスによく言っとけや。許さねーってさ」そう言い残して、俺と英二もその場から急いで姿を消した。
パトカーが三台次々とやって来た。俺は、杏奈に電話をして、裏の路地で隠れている旨を伝えた。
暫くすると、杏奈と美姫が路地にやって来た。このまま帰るのも危ないからと、杏奈は英二と美姫の住むアパートに身を隠す事とにした。
アパートに杏奈と美姫を送り、焼き鳥屋の前に行くと、裕介さんのハイエースが止まっていたから慌てて乗り込み「裕介さん!大変な事になった!とにかくバイト先へ向かって」俺の呼び掛けに反応し、裕介さんはバイト先へとハイエースを走らせる。
その道中、一体何があったのかを簡潔に説明をした。
「そんな事があったんだ…とにかく松原さんが心配だから急ごう」裕介さんが運転するハイエースのスピードが増す。
バイト先へ着くと、急いで店内へ入った。
荒れ果てた店内。砕け散ったグラスや食器類。そして、横たわっている店長の姿が目に映り込んだ。
入口に入った途端、一歩も動けなくなった。
「酷いな」英二が俺の背後でボソっと言う。続けて裕介さんも店内へ入って来る。
同じ様に一歩も動けない様子だ。
「店長!」大きい声で呼び掛けると、ゆっくりと体を起こし始めた。
「西野か…いきなり佐々木と、知らない男達がやって来て、このザマだよ…イテテテテ…」赤く腫れた頬を抑えながら店長が言う。
どうやら店を荒らされた為、それを止めようとしたら殴られたらしい。
俺や英二と違って、店長は喧嘩とは無縁な人。そんな相手にさえ、容赦なく痛め付ける真尋達に怒りが沸き上がったが、裕介さんが「ちょっと冷静になろう」と言って、怒りに震える俺を制止した。
「英二君、君は警察と救急車に連絡を。京ちゃんは、奥さんを呼んで来て」裕介さんが的確な指示を出す。
「松原さん、先程、京ちゃんと英二君も襲われました。間一髪の所で警察が着て相手は逃げたと言うけど、アイツ等のボスは佐々木真尋で間違いなさそうです」
「そうだったんですか…これを西野に渡す様に佐々木が置いて行きました」一枚の便箋を預かると、そこには、
『私は私が解らない』と、真尋の自筆で書かれていた。
これが、どういう意味なのか解らない。
ただ、佐々木真琴でもなく、佐々木真尋でもなく、自分自身が【誰】なのか、見失ってしまったのだろうか…
裏の自宅から奥さんと子供達がやって来た。店長の姿と、お店の状態を見ると、奥さんは大粒の涙を流した。
俺達は、奥さんに後は任せて店を離れる。
「必ず俺達が犯人を捕まえます。店長に、連絡入れるって伝えといて下さい」
俺は、奥さんにそう言い残した。奥さんは頷くだけだった。
店長は救急車で近くの病院に運ばれ、きっとそこで事情聴取となるだろう。
その時、警察がどう判断し、どう動くのか…
いや、店長は真尋の事を包み隠さず話すのか?それとも、知らない人にと、嘘を付くのか…
多分、俺の予想だと嘘を付くだろう。そんな気がする。
辺りを警戒しながら、裕介さんのハイエースで英二の家へと向かった。そのまま英二を降ろして、すぐに杏奈を車に乗せ、尾行がいない事を確認しながら杏奈を自宅へと送る。
俺と裕介さんは、杏奈を送ってから店長の病院へと向かい、当直医に頼み込んで、少しだけ話す時間を貰えた。
事情聴取はまだだった。今さっき、やっと傷の処置が終わったところらしく、暫く入院するとの事。左足を骨折しており、全治二か月と診断されていた。
詳しい検査は明日らしい。
「明日になれば、きっと警察が事情聴取に来ると思いますが、松原さんは何て答える気でしょうか?」単刀直入に裕介さんが聞くと、店長は「何も話さないよ。これは私達の問題だから、知らない人に襲われたって話します」と言った。
「西野、暫く店を休みにするから、怪我が治って、店が直ったら営業再開するから、それまでに決着付けて来いよ」
「解りました。俺が仇を取って来ますから、ゆっくり休んで下さい。お大事に」
それだけ会話をして、俺達は当直医に礼を言って病院を後にした。
12/18
俺、裕介さん、神木所長、東千春で集まり、昨日の出来事を詳しく話した。
そして、
12/19
長野から武井さんが高崎へ再びやって来た。
何日かは、高崎に居られると言うので、俺達に心強い味方が増えた。
クリスマス間近と言う事もあって、街中ではイルミネーションが輝いている。
賑わう繁華街の片隅にある個室の居酒屋で、
俺、英二、裕介さん、武井さんで集まり、顔合わせをしつつ今までの事を英二と武井さんに細かく説明をした。
説明を終える頃、神木所長と東千春も合流した。
「千春ちゃんが言うには、その後、佐々木真尋は自宅へは一度も戻っていない様子です。この前の作戦も、このままじゃ実行は出来ません。つまり、先手を取るつもりが、その裏を取られたと言う事になります。相手も、私に似て、なかなか頭が切れる人間だって事が言えます」神木所長の言葉を聞き、俺達は更なる作戦をそれぞれ考えて話し合ったが、今の現状で実行可能な作戦など、何も考えつかなくなってしまった。
つまり、俺達は今の段階では成す術なしの状況。
相手の動きを待たなければならない。しかし、いつ、どこで、どんな風に奴等が動くかなんて、誰も解らない、全く想像も付かなかった…
このまま静かに夜が明ける。
そして、思わぬ事態から、運命の最終決戦が始まろうとしていた…
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