第4章 行方

俺達は、東千春の父であり、神木探偵事務所の所長に指示された通りの作戦を実行した。作戦と言っても、たいした内容ではない。

俺は、今まで通りに生活を送りながら、真琴とはバイト以外で会わない様にする。

裕介さんは、所長に言われた通りの手紙を作成して、店長へ渡す。それ以外は特に作戦の中には入っていない。

店長は、裕介さんから受け取った手紙を使って、タイミングを見計らいながら真琴を呼び出して手紙を読ませる。そこには俺も同席をして、真琴にバイトを辞めて貰う方向へと促す。

東千春に関しては、引き続き監視と盗聴。

そして、バイトを辞めさせてからが作戦の本番となるらしい。

俺達は、ここまでしか作戦を聞いていない。

ただ、それまでに信用が出来て、それなりに危険が伴うけど、手伝ってくれて、腕の立つ人間が欲しいと言われた。俺は、真っ先に英二が浮かんだから、昨日の内に電話で説明をしたら、快く良い返事をしてくれた。裕介さんは、武井さんに電話すると言っていた。


12/14 夕方

バイトに出勤すると、そこには真琴はすでに仕事をしていた。昨夜、店長から『明日、作戦実行』とだけ、メールが届いていたから、いつ、どのタイミングで呼び出して話すのか考えていた。そんな事を考えていると、あっという間に閉店時間になろうとしていた。そして、このタイミングで店長は俺と真琴に声を掛けたのだった。

「副店長、後は頼んで良いかな?ちょっと西野と佐々木さんに大事な話があるから」そう言って、俺と真琴は事務所へ呼ばれた。

少し不貞腐れている様子の副店長に一礼だけして事務所へ向かう。

「仕事中にごめんね。皆が帰る頃だとゆっくり話せないから」そう前置きをして、店長は机から手紙を出した。この手紙は、裕介さんが作成した手紙。

以前と違って、正体不明でも何でもない手紙。それを知っているのは俺と店長だけ。

前の様な緊張感や、気持ち悪さは無いが、真琴の出方が気になると言う緊張感だけがあった。おそらく、店長も同じだろう。

裕介さんが作成した手紙には、


DEAR 佐々木真尋へ


オ前ガ犯シタ罪ヲ償ウニハ、全テヲ告白シテ自首スルシカ残ッテイナイ


真琴の顔色が変わった。そして、手紙の内容に対しての否定的発言が始まった。

「誰ですか?この佐々木真尋って…私は真琴です!それに罪とか自首って、私は何もしてません!」語尾を荒げて言う。動揺している素振りは無い。ただ、俺も店長も演技をしていると感じた。

そして、店長が手紙と一緒に入っていた写真数枚を真琴だけに手渡した。俺には見せないと言う作戦。何故なら、一般的心理上、この写真を見たらそのまま別れて終わりになってしまうからだ。その写真は、売春斡旋の証拠写真。被害者を脅している様に見える写真や、男達とカラオケボックスに入って行く写真だった。全ては以前、東千春が隠し撮りしたもの。これを見たら、流石に真琴も動揺するだろう、そう思ったが、全く動揺する事はなく、ただ否定するだけだった。

俺は、「何の写真?」と、とぼけて聞いてみたが、店長は「お前には関係がない」とだけしか言わない。真琴も写真を俺に見せようとしない。

「佐々木さん、流石にこんな写真まで送られて来たら…」店長が真琴に対して辞める様に促そうとしている途中、真琴の言葉が店長の声を遮った。

「解りました。私、今日限りでバイトを辞めます。これ以上、店長やお店に迷惑を掛けたくないので」店長が辞めて貰う様に促す前に、真琴は自ら退職する旨を言った。きっと、これはプライドが邪魔しての条件反射的な言葉だろう。

本心としては、こんな形では辞めたくない筈だ。少し、沈黙が続いた。

「西野、これで良いか?彼女が望んだ事だけど、お前は何か意見はあるか?」

ここの会話にも作戦があった。それは、店長が確認して来たら一度は否定的な意見を言って、真琴を庇う事。俺は、作戦通りに店長に向かって言った。

「いや、俺は誰が送って来たのか解らない手紙が理由で辞めるのは筋が違うと思います。それに、写真は見てないから解らないけど、真琴が辞めるなら俺も辞めます」

俺は、言い終えると感情的に事務所の壁をドンっと叩いた。

「京、もう良いよ。店長だって、好きでこんな事を言ってるんじゃないから。店長は、お店を守らなきゃいけないの。私が居る事で被害や迷惑があったら大変でしょ?」優しい口調だった。

本心は、手紙の送り主に対してムカついているだろうが。

「解った…」俺は真琴に言うと、今度は店長が俺に言う。

「解ってくれてありがとう。俺だって、本当は嫌なんだけど、この店を守らなければいけないから、仕方がないんだよ…」

こうして、作戦の一つは終わった。

しかも、真琴がバイトしているこの時間に、新しい盗聴器を東千春は仕込んでいた。

ロッカーの合鍵を店長から受け取り、家の鍵を抜き取る。そして、家に侵入して盗聴器を仕込む。そして、元に戻すと言う作業が裏では行われていた。

この時、車の鍵も抜き取って、車内にも新しい盗聴器とGPSを取り付ける。

真琴は、話を終えると事務所から出てロッカーへ行き、着替えを済ませた。そして、店長に謝罪とお礼を言って、さっきまでバイト先だった場所を後にした。

内心は、手紙の送り主に対して、そうとう怒りがあっただろうが、そんな素振りを一切見せずに、ただ冷静だった。


「店長、めちゃ演技力高いですね」閉店作業を終えて一服しながら事務所で俺が言うと、照れ臭そうに店長は「お前こそ」と笑って言った。

「これで俺達の最初の作戦は終わったから、所長に連絡しよう」そう言って、店長はスマホで所長へと電話を掛けて、今日のやり取りの詳細を伝えた。

俺は、裕介さんと東千春に『作戦成功』とだけメールを送ると、すぐに二人から返事が返って来た。

そして、そのまま俺達は神木所長に言われた場所へ向かう事となった。その前に、俺は真琴に『やっぱ、まだ納得行かないから店長と話し合って来る』とだけメールを送っておく様に指示が出たから送る。その理由は、こんな事があった後に普通に帰るのは男として違うだろ?彼女のとこに行って慰めるか、その原因の相手と話し合うかだろ?と、神木所長に言われたからだ。

だから、真琴に会いに行くのではなく、真琴を庇う為の、偽りの意思表示を見せるのも大事だと言う事らしい。これも全て細かいけど作戦には欠かせない事らしい。


指定された中居町にある個室の居酒屋に着いた。

神木所長を中心に、東千春、俺と店長、裕介さんの五人で新たな作戦会議が開かれた。

「取り敢えず、第一の作戦成功おめでとう」神木所長が乾杯の音頭を取る。

一旦、作戦が成功した安堵感からか、それとも演技の緊張感からの解放か、俺は何とも言えない達成感がしていた。

だからと言って、やっと一歩進んだだけに違いは無い。これから、もっと難度の高い作戦が始まるのだろう。

「それで、次の作戦は?」俺は神木所長に問う。

「次はですね、接近です」そう笑いながら言うと、咳払いを二度して言葉を続けた。

何とも言えない緊張感が走る場面だった。

「まず、千春ちゃん。盗聴をメインでお願いね。」

東千春が頷く。

「千春ちゃんが盗聴でいつ、売春斡旋を行うか解ったら、動くのはその日です。その日が来るまでは普通に生活してて下さい。では、その日が解ったら、私は相手の行動範囲内で売春を求める男役をします。この罠に掛かって貰えれば良いのだけど、これだけは絶対とは言い切れませんので…そこはもう、運頼みになってしまいますけど。そして、千春ちゃんと西野君は、相手から気付かれない場所で待機。岡崎さんは、私のすぐ近くで電話をしている振りをお願いします」

作戦ではなく、役割を言い終えると、「私はどうしたら?」と、店長が口を出した。

「あなたはこの作戦には不参加です。佐々木真琴に素性がバレてますからね。あ、岡崎さんも相手とは会った事がありましたね?もしかしたら素性はバレてるかも知れません。でも、そこは変装でもして誤魔化して下さい。腕っぷしが強いあなたは、私を守る役でもあるので。これで、相手が私に接触して来たら、私は相手の話に耳を傾けて色々と質問したりして情報を聞き出します。岡崎さんはある程度の情報を聞いたら、私服警察の振りをして私達に近付いて来て下さい。警察だと言われれば、詐欺グループの相手は間違いなく逃げるでしょう。それを追うのが西野君と千春ちゃん。ただ、追うだけで危険な事はしちゃ駄目ですからね」

「パパ、追った後は?」東千春が横から声を入れる。俺も同じ意見だった。

相手は何人いるかも解らない。追うと言っても、途中で二手に分かれたらどうするんだろう…そんな風に考えていると、神木所長は俺の心を読めるのかと思う様に追った後の話を始めた。

「もし、二手に分かれたりしたら、その時は佐々木真琴がいない方へ行って下さい。この日、彼女がいるかも解らないので、もし彼女がいない場合は人数が少ない方で」残り僅かなハイボールを飲み干しながら説明する。

「解りました。その後は?」

「その後は、相手の車のナンバーを控えてくれたら終わりです」

所長は、タッチパネルでハイボールを選択しながら返事をする。

「皆さん、何か注文しますか?」そう言って、俺達もお代わりを注文した。


12/17

真琴からこの日に遊ぼうと誘われていたが、先に杏奈と約束をしていたから、作戦とは関係なく真琴からの誘いを断った。杏奈と約束と言っても、英二と英二の彼女『和久井 美姫』も一緒だった。このメンバーで揃って会うのは大学一年の夏休み前だった。つまり、杏奈と別れる少し前。

普段は駅前付近で飲む事が多いが、この日は環状線沿いの焼き鳥屋で飲む事となっていた。最近、英二と美姫がこの店の近所で同棲を始めたから、そのお祝いを兼ての飲み会となったのだ。普段はここでは飲まないから、いくら俺の行動に疑っていたとしても、真琴は探せないだろうと思った。

これが、全て俺の過信しすぎた思い込みや勘違いでもあった。


そして、この数日後に、誰もが想像さえしていなかった予想外の人物とまさかの再会が起こるとは…この時、思ってもいなかった。

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