第3章 二面性 11
神木探偵事務所
12/10 PM 17:50
高崎市上並榎町 神木探偵事務所の前にあるコンビニの駐車場で俺達は集まった。
俺と裕介さんと店長の三人。
無言のまま喫煙所で煙草を吸ってから、コンビニの道向こうにある指定された神木探偵事務所へ歩き出した。
神木探偵事務所は二階にある。階段で俺達は事務所へ向かう。
入り口に入ってすぐ右にある受け付けで知らない女性が俺達を出迎えた。
「西野さんですか?」女性が聞いて来る。俺は頷いて返事をすると、その女性に奥の部屋へと案内された。
部屋に入ると、今度は知らない男性がパソコンで何かを打ち込んでいる。俺達を見て、その男性は席を立って「こんにちは。私がここの所長の神木です」所長と名乗る男は、俺達に一礼をして、スマホで誰かに電話を掛けた。
電話を終えると、俺達はソファに座る様に促された。先程の受け付けに居た女性がコーヒーを運んで来て、少し待つ様に言われた。
10分後、勢いよくドアが開いた。俺達は、ドアの方を見ると、そこには少し前まで一緒にバイトをやっていた東千春がやって来た。
「皆さん、ごめんなさい!」テンションが高い挨拶をするが、俺達は状況が解らずに唖然としている。唯一、裕介さんだけは彼女の事を知らない。
俺と店長に「誰?」と尋ねて来たが、「バイトが一緒だった人」としか説明が出来なかった。それ以上の説明なんて無いからだ。
東さんは、パソコンをしている所長と名乗る男の横に行き「これ、私のパパです。受け付けに居たのがママです」と簡単な紹介をする。
「本当は東って言うんだけど、探偵が本名を晒す訳にはいかないので、ここでは神木って名乗っています。どう?カッコ良い名前じゃない、神木って」笑顔で東千春が話始める。俺達は、何も言わないまま話を聞いた。
「ここに呼んだのは手紙を見たから解ると思うけど、『佐々木真琴』の事で呼びました。何で?って思うかも知れないけど、正直に言うと彼女が嫌いだからと、私はバイトの初日から彼女の裏の顔を見ちゃって気になってね。あ、店長には申し訳無い事をたくさんしちゃったけど、私が風邪で休んだのは全部嘘。彼女を尾行してました。西野君にはシフト変わって貰ったりしたよね?この場で謝罪します。あ、岡崎裕介さんですよね?初めまして、東千春って言います」呆気に取られている俺達を無視して、東千春は自分のペースで話している。
「ちょっと良いかな?何で俺を知ってるの?」裕介さんが聞くと、東千春は右手の人差し指を口元に運んで喋らないでと言う様な仕草をする。
「パパ、パワーポイントをお願い」そう言うと、父親であり、所長は黙ってパソコンを操作する。
受け付けの女性は電気を消して、スクリーンをホワイトボード前に降ろす。
俺達は、スクリーンに映し出された映像を見た。
そこには、真琴が松本駅に居る画像、友達と居酒屋に入る画像、知らないアパート前で何かをしている画像、高崎駅前で男達と歩いている画像…その男達と知らない女性で誰かを脅している様な動画…色んな映像が映し出された。
映像が終わると、俺は何が何だか解らなくなり、頭の中がグチャグチャになった。
これに映っていた真琴は、俺の知らない真琴。そして、男達と歩いていたって言うのは、杏奈が言った通りだった。その男達の中には、見た目が変わった山下もいた。
「順を追って説明しますね。まず、私は探偵の娘として、自分一人でこの案件に関しては調査しました。ま、暇潰しと興味本位で」
何故か、笑顔で東千春が言う。その両親を見ると、同じ様に笑顔で娘の説明を黙って聞いている。
「単刀直入に言うと、彼女は『佐々木真琴』ではなくて、『佐々木真尋』と言います。岡崎さんの弟さんの彼女だった佐々木真琴は、偶然の事故によって亡くなってます。その事故以来、彼女は姉である真琴に成りすまして生活を送っています。えっと、調べたらバイク事故で亡くなったみたいだけど、これも彼女が関与してるのかな?と、私は睨んでいます。そして、彼女は一度松本に行った時、お友達と四人で居酒屋へ行きました。ま、ここで一つの問題が起きました。音声があるから聞いてみましょうか」そう言って、真琴と、その友達の会話が再生された。
それは、友達が真琴に対して『本当は真尋じゃない?』と聞いている会話。
「ちなみに、この友達は北村友里さんと言って、さっきの映像にあったアパートに住んでいました。この北村さんは、佐々木真尋によって殺害されました。ニュースでも取り上げられたし、佐々木真琴自身もお葬式に行きましたね。その証拠がこの音声になります。警察に行こうと思ったけど、そんな事をしたら私まで変に疑われたりするからパパに相談してやめました」
俺は、東千春が真琴に仕込んだ盗聴器の会話を聞いて背筋が凍り付いた。
あの真琴が人を殺めた?しかも、友達を自分の手で。そんな事、全く想像していなかった。いや、そんな事を想像出来る奴なんかいないだろう…
「彼女は、変装して友達の家に向かい、今度はその友達の服で外へ出ましたが、明らかに彼女です。ちゃんと全ての証拠も残っています」そう言うと、スクリーンに写真が映された。松本駅での真琴、友達の家の前での真琴、その家から出て来た真琴、駅のトイレで着替えた真琴。防犯カメラを意識してか、とにかくめんどくさい着替えを何度も行っていた。そして、東千春が話を続けた。
「で、彼女は高崎で詐欺みたいな犯罪を繰り返してますが、その中のメンバーに西野君もよく知っている山下って男がいます。素性を調べてみましたが、大学を中退する前から佐々木真尋とは出会っています。同じキャバクラでバイトしていたので。大学を中退した理由は西野君なら知ってると思うけど、その後この詐欺グループを作って、それを佐々木真尋は手伝っているって状況です。いやー、何て言うか、色んな点と点が結ばれて線になって行きましたね。歪な線だけど。ちなみに、今のこの段階では、佐々木真尋と西野君が付き合っているって事は、山下達は知らないと私は予想しています。何故なら、知っていれば西野君に接触してくる筈だから」
確かに俺もそう思う。あの山下の事だから、何が何でも俺をどうにかしたいだろうし、俺と真琴の関係を知っていれば、真琴を使っていくらでも俺を呼び出す方法はある。アイツは、執念深く俺に対してそうとう憎んでいるだろうから。
ただ、そうなるのも時間の問題になるかも知れないと、その時俺は思った。
「で、何度か西野君は元彼女達と飲みに行ったりしましたよね?最初の日は、私が電話した通りだけど、佐々木真尋は私との約束をキャンセルして西野君を探しに行ってました。それを尾行して証拠も残しています。駅前で飲んでたでしょ?その日の写真がこれで、ここに佐々木真尋もいます」そう言って写真が映される。
俺と杏奈が話している写真、杏奈の母親の車に乗る姿。
あの日の俺が映っている。そして、何枚かには、真琴の姿も映っている。
他の日、英二と飯に行った日の写真もあった。そこにも真琴が映っている。真琴がバイトの日に関しては写真は無かった。
「ねぇ、西野君。私の予想だけど、このままじゃ元彼女も危険かも知れないから、巻き込まない様にしなきゃだよ」俺も同感だった。
その時、所長であり、東さんの父親が立ち上がって言った。
「しかし、流石私達の娘だけあって、よくもこんなに調べたな。血は争えないな」
とびっきりの笑顔で娘を褒める。
母親も続けて言う。
「あなた、これで将来はこの事務所も安泰ね」
何て、呑気な両親なんだ…そう思いながら二人を見ると、満面の笑みを浮かべている。
「あ、私のパパはね昔警察だったんだよね。縦社会の組織が嫌で辞めたけど。捜査だってしたいのに、上から捜査中止って言われると何も出来なくなって、そのまま犯人を捕まえる事もなくてね。ま、上からの圧力だったらしいけど。ちなみに、その手の犯人って政治家や権力者の息が掛かってるらしいよ。ちなみにママは高校卒業した時から雇われ探偵をやってて、偶然パパと同じ案件を追ってる時に知り合って意気投合して結婚。数年後に私が生まれて警察を辞めて二人で神木探偵事務所を作ったの」
どうでも良い説明を東千春がしている。正直、この話はどうでも良いと思うが、何も言えない。それどころじゃないから。俺の頭の中は真琴の事でいっぱいだった。
そして、俺は重い口を開いて、ここにいる全員に言った。
「東さんのお陰で全ての証拠も揃ったし、真琴に自首をさせたいと思うんだけど、みんなの意見はどうかな?」
自首をさせる。
簡単に言えるが、実際は難しいだろう。だけど、それしか思い付かなかった。
店長も裕介さんも賛成してくれた。
しかし、東千春だけは違った。
「西野君、言うのは簡単だけど、あの女が自首なんてすると思う?」
言われてみたらその通りだ。相手はあの真琴。きっと、俺達の想像以上の考えと行動力で何とか裏工作や言い訳したりして逃げるだろう。
きっと、証拠の物を見せても真琴には全くもって通用しない。
確信は無いが、そんな気がする。
じゃあ、どうする?頭の中で作戦を考えては却下した。
「ちょっと良いかな?」所長が口を挟んだ。
俺達は、所長の言葉に耳を傾けた。
「私の経験上、この手の場合は先手必勝なんですよ。ですから、今から10日間で相手をよく調べてから作戦実行しませんか?今までの統計から、そろそろ詐欺をするんじゃないかなと、私は予想をしています。何故なら、クリスマス・年末年始に掛けて奴等は金が欲しい筈だからです。ねぇママ?」
母親に同意を求めると「パパの推理通りだと私も思うわ」と、拍手をして同意した。
所長は、照れながら俺達に作戦を伝える。
その作戦とは…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます