第3章 二面性 10

暫く杏奈からの電話は無かった。代わりに『ごめん!お風呂に入ったら電話するね』とだけメールが届いたから、返事をして俺もお風呂へと向かった。

リビングでは、絵美子がテレビを見ながらストレッチを行っていて、俺の姿を確認するなり「どうやって帰って来たん?」と聞いて来た。

俺は、正直に「杏奈のお母さんに乗せて来て貰った」と言うと、姉は満面の笑みを浮かべてニヤニヤしている。

「良かったね」とだけ言って、再び止めていたストレッチを再開した。俺は、そのままお風呂に入って部屋へ戻る。戻ってスマホを確認すると、すでに杏奈から着信が残っていたからすぐに折り返す事にした。

「今日はごめんね!」これが杏奈の第一声。

俺は、夏美の事だろうと思い、気にする事はないとだけ言うと、安心したかの声で「良かった」と聞こえた。その後も他愛もない話を10分程すると、杏奈は突然「私ね、まだ京ちゃんが好き」と言って来た。

俺は、嬉しかった。勘違いしたまますれ違って終わってしまい、後悔しか残っていなくて、そのまま俺は杏奈を必要最低限以上は避ける日々を送っていたから。

どちらかが素直に歩み寄れれば違っただろうけど、頑なにお互いが近寄ろう、話をしようって雰囲気では無くなっていたから。

杏奈への想いを無理矢理に押し殺したまま、バイト先で偶然出会った真琴に惹かれて付き合ってしまった。そして、その真琴を中心に俺達は振り回されている。

「彼女と色々とケリを付けなきゃいけないから、返事はそれからでも良いかな?」それが精一杯の言葉だった。杏奈は「解った。待ってる」と言った。

そして、今夜言おうと思っていた事があったけど、タイミングが無かったからと、前置きをして、この前駅前で真琴を見た時の話をしてくれた。

「見間違いかも知れないし、以前と雰囲気とか変わってたけど、山下さんらしき人達と歩いてたんだよね…」

山下…俺が高一の時に入っていた暴走族と、山下が頭だったギャングチームが揉めて、俺と山下が一対一で喧嘩して勝ったのだ。そして、大学に進学して夏休み明けに、俺は罠にハメられてボコボコにされた。その後、山下の帰り道を待ち伏せして一対一の勝負をして勝った。そのまま山下は大学を辞め、それ以来会っていない。

「解った。じゃあ、尚更アイツは俺を憎んでるままだから、杏奈は絶対に近付いたり関わったら駄目だからな。俺が何とかするから」

そして、大学の話や、今日の飲み会の話をして電話を切った。


翌週以降、俺と杏奈と夏美と細井の四人で何度か飯や飲みに行く様になり、真琴には杏奈の事は秘密にして、細井や英二と飯に行くと言っていた。

時には、裕介さんや武井さんとも飲みに行く事もあって、次第に真琴との距離が自然と空いて行った。

バイト以外で真琴と会う事が無くなって2週間以上が経った。

明日、12/4は修のライブ。久し振りに俺と真琴は一緒に出掛ける事となっていた。

ライブまでは、一緒に駅前で買い物をしたが、俺は真琴を警戒しているからか、杏奈を想っているからか…そんな葛藤の中で、何一つ楽しいとは思えない。

時折見せる真琴の笑顔ですら、その裏の顔を考えると、まともに見る事さえ出来ず、ただ一緒に過ごしているだけの時間は長く感じ辛かった。

ライブハウス開場時間になったから、俺達はライブハウスへ向かう。

会場前で修を見付けて話をすると、修から少し待っててと言われ、暫く外で待つ事に。5分程すると、見覚えのある奴が修と一緒に外へ出て来た。

「京一、久し振りだな!」同じ暴走族に入っていた藤原渉だった。通称、ハラワタと俺達は呼んでいた。

高二の時に高校を中退して以来会っていなかった。いや、正確に言うと、こいつが何も言わず勝手に東京へ行ったから会えてなかったのだ。

「俺が『幽蝶』のボーカルなんだよな。修だけ高崎だけど、来年からは修も上京して本格的にバンド活動をやるんだ」嬉しそうな表情でハラワタは語り始める。

いつ、修と仲良くなったんだろう?と思ったが、聞かないままにした。

おそらく、イベントとかで顔を合わせて誘ったのだろう。

そのまま時間が許す限り俺達は今までの事や、現在の事を交互に話した。真琴は、隣でただ話を聞いている。

気が付くとハラワタと修のライブ時間が近くなり、二人は準備をしないといけないらしく、急いで階段を下りて楽屋へ向かった。俺と真琴も会場へ入る。

30分過ぎた頃、幽蝶のライブは始まった。

あの大人しく真面目な修が髪を立てているのに驚いた。真琴も同じ様に驚いた様子。

このバンドは、一言で言い表すと不思議なバンドだった。

パンクでも無ければメタルでも無く、ただ最初から最後まで激しいシャウトの連発でメンバー全員が暴れ回っていた。あの大人しい修も。

幽蝶のライブは、お世辞抜きでとにかくカッコ良かった。ジャンルは何?と聞かれたら答えられない。それが幽蝶の魅力だと思った。奇抜な衣装で派手な化粧をしていたが、ビジュアル系とも違うし…

四曲畳み掛ける様に歌い終えると、メンバー紹介が始まった。

ボーカル、ハラワタ ギター、贄 ベース OSAMU ドラム、696 

これが、このバンド『幽蝶』のメンバーの名前。

何故か、ベースの修がMCをやっていた。普通のバンドは、ボーカルがやるのだけど、ハラワタはステージ端で呑気に酒を飲んでいた。

そして、そのまま最後の曲が始まった。

最後の曲は、今日一番の過激さと盛り上がりを見せたのだ。

ライブが終わり、その余韻に浸りながら、俺と真琴は近くにある居酒屋へ向かった。バイトの話をしたり、大学の話をしたりと、久し振りにゆっくり真琴と話をした様な気がする。

この時、これが真琴との最後のデートになるなんて、思ってもいなかった。


三日後、大学から帰ると俺宛に一通の手紙が届いていた。

送り主は不明。俺は、不信に思いながら「一体、誰からだろう」と考えながら部屋に向かう。手紙、少し前に裕介さんがバイト先へ送っていたのとは違うのだけは明らかだった。色々と考えても意味が無い。俺は封筒を開ける事にした。

便箋には、『12/10 PM 18:00 高崎市上並榎町 神木探偵事務所』とだけ記載されていて、写真が三枚同封されている。

一枚目の写真を見て驚愕した。

そこに映っているのは、見た事も無い駅の前を歩いている真琴。よく見ると、松本駅と書いてあるのが解った。

二枚目は、全く知らないアパートの一室の玄関前に立つ真琴らしき人物。変装をしている様に感じる姿だけど、何となく真琴の様に思える一枚。

そして、最後の一枚は山下らしき奴等と一緒にカラオケボックスへ入る真琴。

「何なんだ、これは…」俺は、写真を見ながら恐怖を感じた。

すぐに裕介さんに電話をした。まだ、現場だと言うので、帰ったら大事な話があるとだけ伝えて、次は店長へ電話をした。

今日は、午後から副店長に店を任せているから、一時間後に会おうと言ってくれたから、俺は身支度を済ませて時間に間に合う様に家を出た。

家を出ると、裕介さんからちょうど電話が来たので、店長と待ち合わせしているファミレスを伝える。

数分後、待ち合わせのファミレスに三人が揃い、二人の前にさっき届いた手紙と写真を並べて置いて見せた。

「上並榎の神木探偵事務所か。詳しくは知らないけど、うちから近所だし、その日は夜の営業をやめて私も行こう」と、店長は言ってくれた。確かにバイト先・店長の家からは近いけど、探偵事務所なんかに用もなければ関りだってない。誰が経営者で、どんな仕事内容をしているのかさえ謎。たまたま店長は近所だから看板を見た事があるから知っているだけだった。裕介さんも同じで、その日は現場を早く切り上げて一緒に行ってくれると言う。いくら、写真を見ても、送り主の意図が全く解らないから、敢えて何も考えずに約束の日を各々が待つ事にした。

「その日まで、この神木探偵事務所に関しては近付いたり探らない様に。罠の可能性だってあるから…」裕介さんが最後に言うと、俺も店長も頷いた。


そして、不安のまま過ごして約束の日を迎える。

この時俺は、ここで意外な人物に再会するとは思ってもいなかった。

全ては今日この瞬間から俺達三人の運命は大きく変貌を遂げて『佐々木真琴』いや、『佐々木真尋』の真実と対峙する事になるなんて、誰も予想もしていなかった。

ただ一人を除いては…



 

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