第3章 二面性 8

卒業式2週間前、私は聡介君と会う約束をしていた。

待ち合わせは場所はいつもと同じ駅前にあるデパート。時間は14時だった。

私は待ち合わせ場所までバスで向かう。

お互い時間前に到着して、そのままデパートで買い物をした。

好きなブランドショップで、可愛いデザインのバッグが売っていて、私がそれを見ていると、聡介君が「高崎に行く前にプレゼントするよ」と言って買ってくれた。

そのバッグを、私は今でも大事に持っている。

これが入れ替わってから、聡介君からの最初で最後のプレゼントになった。

卒業後、私は高崎に進学。聡介君はバイクが好きだから長野市のバイク屋に就職が決まっていた。ここで腕を磨いたら、自分のショップを出す事が夢だと語っていた。

そんな夢も叶わずにこの世を去ったけど。

その夢を奪ったのは私。だけど、仕方が無かったの…


夕飯を駅前のイタリアンレストランで済まして、聡介君のバイクで送って貰う途中に公園へ立ち寄った。

ここが、最後に顔を見て会話をした場所。

まさか、聡介君の口から聞きたくもない話をされるなんて、思ってもいなかった。

「真琴、お前は本当には真琴なん?」

突然だった。

私は、余りに唐突すぎる質問に呆気に取られてしまった。

「何で?」と聞くと、聡介君は真剣な目で私を見て「何か違うんだよ。上手く説明も出来ないし、これって確信が明確にある訳じゃ無いんだけど、何かが違うんだよ」

そう言った。

気付かれてる?何か、私はミスをしてしまった?頭が混乱した。

「私は真琴だよ?」

それしか言えなかった。いや、正確には、それ以外に言葉を並べた所で嘘を誤魔化している様にしか思われなくなりそうだから。

とにかく、思考を巡らせる。

「そっか、解った。じゃあ、送って行くよ」腑に落ちない表情をして、聡介君がバイクを置いた場所へ向かう後姿を見つめながら、私の中で何かが弾け飛んだ。

こんな感覚は初めてだった。


ウタガワレテイル…コンナニモダイスキナソウスケクンニ…コレガバレテシマッタラケイカクハオワッテシマウ…ダイスキダケド、コロシテシマウイガイセンタクシハノコッテイナイ…


その夜、私はインターネットで調べた。

この時調べたのは、バイク事故と見せ掛けて人を殺す方法だった。

すぐに答えは出る。

ブレーキホースを切れば、ブレーキが利かなくなり事故に繋がると書いてあった。

これを実行しようと、作戦を練る事にしたが、果たして上手く行くのだろうか?と、疑問すら浮かんだ。

もし、運転する前に気付いたら?

いや、運転している時に気付いて事故を起こす前にバイクから降りて修理をしたら?

でも、私に出来そうな事は、これくらいしか無かった。

やらなければいけない。そうしないと、私の計画と、あの日真琴が死んで入れ替わった意味さえ無くなってしまう…


翌々日、聡介君は早朝から引っ越し屋のバイト予定だった。卒業間近と言う事で、学校へ行く事が無かったから、早朝からバイトを入れていたのだ。

狙うのはここが良いかも知れない。

そう計画し、前日の深夜に私は家をこっそり抜け出して聡介君の住む場所へ向かった。歩いて30分の距離だったが、そんな事は苦じゃなかった。

駐輪所にバイクは止まっている。誰も居ない事を何度も確認して、私はネットで確認したブレーキホースを全て切断した。その作業はすぐに終わり、少し離れた場所でタクシーに乗って自宅の近くまで戻る。時間にして1時間も掛かっていない。

疑われている以上、死んで貰うしか無い…

後は運任せになるけど、急いでバイト先へ向かう様に私は仕組んだ。

朝、聡介君から『おはよう』と、メールが来たから、すぐに私は電話を掛けた。

電話の内容は、少しでも準備をする手を止めて話を聞いて貰える様な内容を考えて、「真尋が亡くなった事で、高崎に進学するのを辞めようかな」と相談する事に。それに付け加えて、ずっと考えていたら頭が痛くなって眠れなくなったと。

聡介君は、ちゃんと話を聞いてくれた。バイトへ向かう時間が迫っていたが、それでも話を聞いてくれた。

「やばい、もう出ないとギリギリだから、終わったら電話する」と言って電話を切った。これが、聡介君との最後の会話。

私の思惑通り、聡介君は急いで慌てる様に家を出た。そして、バイクへ乗ってバイト先へと向かう。

いつも以上にスピードを出していたと言う事もあって、ブレーキが利かないから、カーブで減速が上手く出来ずにガードレールへ突っ込む形で即死となった。

これで、私に疑いを持つ大好きな聡介君は一瞬で死んだのだった。

お葬式には行かなかった。何故なら、余りにもショックで家から出れない、出たくないと演じる事を計画の一部として計算していたから。

大切な妹を亡くし、更に数日後には大好きな彼氏を失った悲劇のヒロイン。

友達や親からしたら、かわいそうな『真琴』と思われているだろう。

だけど、全ては私の計画通り。


その後、卒業式は無事に終わり、進学の為に松本を離れて高崎へ出た。

進学した大学は半年で辞めた。理由なんてこれと言って無かった。そもそも、私は大学に行く気は本当は無かったからだ。何故、進学したかと言うと、真琴が一緒に行こうと言ったからだ。だから、仕方なく受験をして受かったから進学を決めただけ。

大学へは、殆ど行かなかった。だから、大学の友達なんて誰も居ない。

高崎のアーケード内にあるキャバクラで働いて生計を立てた。

親からの仕送りだけじゃ生活は苦しかったのと、何かをしていないと色々と考えてしまって嫌だったから。

そんなある日、同じキャバクラでバイトをしていた山下と言う元ギャングの男が新しい事業を仲間内で始めるから手伝ってくれないか?と、誘って来た。

私は、暇な時間だけで良いならと、軽く返事をした。

山下が始めた事業と言うのは、ただの詐欺グループだったが、私は手伝う事にした。

仕事内容は、売春を斡旋して、その現場を押さえて相手を脅すと言う事だった。

立派な犯罪。

そんな事は解っている。だけど、この退屈な日常から抜け出すには良い暇潰しになるし、割と簡単に大金だって入手可能だった。

私の役割は、売春の斡旋を促している女の子の友達役だった。

まず、本名も知らない山下が連れて来たAちゃんが街に立つ。

そこに話し掛けて来た男に売春の斡旋を行い、その場で前金を受け取り近くにあるホテルへ向かう。

その写真を撮っている仲間数人が男に近付いて脅すと言う流れになるのだから、Aちゃんは何も被害がなく、ただ手伝っているだけの存在に過ぎない。

時には私と彼氏役の男が、たまたま通りかかった友達の役としてAちゃんが「この人が無理矢理…」など泣きながら私に抱き着き、慰めている振りをする役をする事も。

後日、カラオケボックスに男を呼び出す。

前もって免許証や身分証をスマホで撮影しておいて、相手の素性や身元が判明している状況を作っておく事が必須条件。それを逆手にして脅す。そうなると、誰一人として従うしか道はないのだから。

カラオケボックスでは、その相手によってやり方を変えていた。

私はAちゃんの友達の振りをして「嫌がるAちゃんを無理矢理ホテルに連れ込んだ」と怒り、それを彼氏役の誰かが「こんな奴は絶対に許せないから今すぐ警察に連れて行く」と脅す。相手からしたら意味不明な出来事になるが、結局こう言う場合は相手が全て悪くなる。騙されていると解っても、結局その証拠すらなく、実際Aちゃんにお金を渡して、ホテルに連れ込む証拠写真だけが残っているのだから。

何パターンかやり方があり、その日と相手によって変えるが、こんな感じだった。

月に2~3回だけ行う。やり過ぎてもリスクが高くなるだけ。一回の報酬はだいたい私は20万円くらい。

罪悪感はある。だけど、それ以上に生活費と刺激が欲しかった。

証拠を見せて脅した後、山下の先輩が運営している金融会社で、口止め料と、被害女性への慰謝料としてお金を借りさせる。その金額にして500万くらいだと聞いた事があった。その金融会社は、聞いてはいないけどヤクザだろう…

カラオケボックスも息のかかった店だったから、私達が入店して退店する前後の防犯カメラは録画されていない。

相手に妻子がいるとか、独身なのかとかで、相手によってやり方は変わるが、だいたいこれが一連の流れ。

キャバクラを辞めてから、この詐欺の仕事を手伝いをする事で生活は楽になったが、その分暇になってしまった。暇潰しに、近所にあるレストランでは真面目に働く事にしたのだ。

レストランの名前は『ムーンライト』ここのオーナーであり店長は松原と言う。

色白で小太りの優しい男で、料理も美味しく、働きやすい環境だった。

ここで、今付き合っている西野京一とも出会った。


私は、ずっと『佐々木真琴』として生活をしている。

そんな生活が続いて行く中で、

私は、私が解らなくなっていった…




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