第3章 二面性 7

佐々木姉妹


「真琴、今度のデート久し振りに入れ替わらない?」私が提案すると、真琴は快く笑顔で「良いよ」と承諾してくれた。

この入れ替わりとは、私達姉妹が時々やっている事だった。姉の真琴が私に成りすまして、妹の私が姉に成りすますだけの事。

今まで、何度も入れ替わったけど、誰一人気付いた人はいない。

それだけ、私達姉妹は顔も声も仕草も姿も何一つ異なる事無く同じだった。

私達姉妹は、一卵性双生児と言うらしいけど、そう言う名称なんて良く解らない。ただ、入れ替わる事に対してのメリットはあったし、その分デメリットもあったが、入れ替わる行為自体を、悪戯心や好奇心から楽しんでいた事が多い。

高校の卒業式を控えた二カ月前、私達は最後の入れ替わりを行った。


「真尋、先に行くからね」そう言って、私に成りすました真琴が先に出掛けた。

私が生きている真琴を見たのは、これが最後となった。

ただ、正確に言えば、入れ替わりをしていなければ運命は変わっていただろう…

1時間後、私も出掛ける時間になり、玄関へ向かう。

今から会うのは、同じ学校の同級生『南雲聡介』で、真琴は彼の事を『聡介君』と呼んでいる。

逆に、真琴が今会っているのは私の彼氏だった。

二人の彼氏は、帰るまでに入れ替わっている事に気付かなければ、帰るタイミングで本当の事を言おうって決めていた。

それさえ、叶わずに私達は入れ替わったままずっと過ごす事になるなんて、この時は思ってもいなかったし、想像すらしていなかった。

私と聡介君が普通にデートをしている。

この『普通』と言うのは、私には新鮮であり、彼にはいつも通りなんだろうけど、私は純粋に心の中で楽しんでいた。

何故なら、私は彼の事が好きだったからだ。しかし、彼は私と何も変わらない真琴を選んだのだった。だからと言って、真琴に対しての嫉妬や対抗心など無い。

たかが男で私達姉妹の絆は壊れたりしないから。

ショッピングモールで買い物をしている時だった。

母親からスマホが鳴った。

私達は、私物までも全て入れ替えていたので、この時に持っていたスマホは真琴の物だったが、気にせず私は電話に出る。

母親の声は、震えている様に、そして涙声の様に聞こえた。

「今ね…真尋が交通事故に遭ったって電話が来たの…それで…」

頭が真っ白になった。驚くと母親が続けて言った。

「今から総合病院に来れる?」

私は返事をした。そして、聡介君に事情を説明して、急いで総合業院へ向かおうとすると、聡介君がバイクで送ってくれると言うから、甘えて乗せて貰った。

病院までバイクで20分掛からない距離。

入口で降ろして貰って、また電話するとだけ伝えて走って受け付けへ行くと、すでに両親が私を待っていた。

「真尋は?」

声にならないか細い声で両親に問う。

「…今、ICUにいる…みたいなの…」

暫くすると、看護師に案内され、私達はICU近くのロビーに腰を下ろした。

何か説明をしてくれたが、頭になんか入らなかった。そして、何だか嫌な予感だけがしてならない。その時、私はふと思った。

『このまま真琴が目覚めなければ、聡介君は私の彼氏になる。その為に、佐々木真尋として、真琴はこの世を去って欲しい』と…


30分程ICU近くのロビーで待つと、真琴と一緒にいた男の家族が走って来た。つまり、私の彼氏の家族が。

看護師の指示により、私達が居るからと配慮してか別室へ案内された。

後で医師に聞いた話だと、彼の方は即死だったらしい。

何度か蘇生を試みたが、結果は変わる事が無く、そのままICUの中で息を引き取ったみたいだ。

その話を聞いても、何一つとして悲しいとか思わなかった。彼の事を別に好きじゃなかったし、たまたま告白されたから付き合って上げただけの暇潰しの相手だから。

彼は駄目だったが、真琴は?

それから数時間。

ICUから出て来た50代位の医師が私達の前に現れ足を止めた。

私は、息を飲み込んだ。

「佐々木真尋さんのご家族でしょうか?」丁寧な挨拶を添えて説明を始めた。

母親は大きな声で泣き、普段は感情なんて表さない父親ですら泣いている。

その理由は、医師が「お気の毒ですが、佐々木真尋さんは…20時27分に…」そう言ったからだった。私は、泣きながら心の中では喜んでいた。

『不謹慎な人間だ、残酷な人間だ』と、思われるかも知れないけど、これでやっと佐々木姉妹から解放され、一人だけの人間として見られる事が出来るかも知れない。

常に双子として育って来た私達は、人や場面によっては、二人で一人と言う風に見られたりもしていた。

名前を呼ばれても間違えられたりして、そう言う時に私は自分を否定されてる存在と認識する事も多々あった。

真琴も口には出さないけど、同じ気持ちだったかも知れない。

本当の気持ちなんて解らないけど、双子だからこそ言わなくても解る事もあった。おそらく、お互いがお互いの存在を疎ましく思っていた事もあるだろう…

時折、そんな気持ちになる事が私にはあったのだから。

私達姉妹は本当に仲が良かった。それは、自他共に認める程に。しかし、それは表面上だけの上辺の関係。心の中は、きっとお互い疎ましく思っていただろう。

それは、小学生になった頃から思う様になった。

特にきっかけなんて無い。ただ、私は一人の存在として見て欲しかっただけ…


入れ替わりをしなければ、死んでいたのは私だったかも知れない。

もし、逆に私が死んでいたら、真琴は同じ気持ちになったりしたのかな?

どうだろう…?

あの日、私達はショッピングモールで買い物をしていたけど、真琴は駅前で買い物をしていたらしい。

信号を渡った時に、居眠り運転のトラックが信号を無視して突っ込んで来て、二人を跳ねたらしい。

他にも数人が巻き込まれたらしいけど、その内の数人が亡くなったと聞いた。

かなり大きなニュースとなり、暫くの間は世間を賑わせた。

「つい数時間前まで元気にしていた人間も、一瞬で死んでしまう儚い生き物なんだよ…」そう、思わざるを得ない出来事だ。


数日後、真尋としての真琴の葬儀が行われた。

両親や友達が泣いている。

同級生と言う事もあるし、私の妹の葬儀と言う事で聡介君も参列している。

そして、私を気遣って慰めてくれている。

私が本当は真尋だと知らずに優しくしてくれている聡介君を、今度は私が真琴の代わりに独占が出来ると思うと、心の中で笑いが止まらなかった。

その気持ちを抑えて、私は泣いている振りをしたのだ。

正直、悲しいって気持ちもあるけど、それ以上に聡介君との今後を考えると、嬉しくて仕方がなかった。

とにかく、これで私は『佐々木真尋』から『佐々木真琴』としての第二の人生が始まるのだから、誰にも真相がバレない様に演じなければならなかった。

その覚悟を決める。

卒業後、私達は高崎の大学へ進学が決まっていたし、二人で住む家もすでに決めていた。大学から割と近くにある二階建てのアパート『soleil』の二階の部屋。



葬儀が終わって暫く経つと、真琴としての新しい生活が本格的に始まった。

残り僅かな高校生活や教習場など、とにかくスケジュールはギッシリと詰まっている。引っ越しの準備も終わっていなかったし。

その中に、聡介君とのデートの予定も何回か入っている。

特に仕草や話し方など気を付ける事は無かったけど、それでもどこでミスをするのか解らないから気を張って真琴としての生活を送る。

クラスメイトも何人かは知っているが、全てを知っている訳ではない。

よく知らない人とは関わらない様にして、私は目に見えない壁を作る事にした。

真尋の死を引き摺って、まだ心の整理が出来ずに放心状態になっている様に演じれば、誰も近寄りがたくなる。

そんな風に過ごしている中で、唯一の楽しみが聡介君とのデート。

私を気遣ってか、近所で食事だけして帰るってパターンだったけど、それだけでも私は幸せだった。

高校の卒業式まで後2週間と言う時に、私の幸せな日々は前触れもなく、突然それは壊れるのだった…








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