第3章 二面性 5

水沢杏奈


いつも通り身支度を済ませて大学へ向かう。

いつもと同じ通学路、いつもと同じ駐車位置へと車を止める。

そして、いつもと違う事を目の当たりにした。

私は、そのいつもと違う事に何か嫌な予感がして、思い出したくない過去がフラッシュバックして来た。

京ちゃんと出会って、付き合って別れる切っ掛けの出来事を。

お互い、頑なに意地を張った結果、お互いの話を聞こうとせずに、最初で最後の喧嘩をして、別れたあの日…


西野京一と出会ったのは高校に入学してすぐだった。そして、ただの同級生から恋人に変わったのは高校二年のゴールデンウィーク明けから。

久し振りに学校へ行くと、京ちゃんに変化が見られたから、私は「どうしたんだろう?」と思った。仲が良かった都丸英二君達も同じ様に変化が見られた。

その日、友達の噂話で京ちゃんが入っていた暴走族が解散したと聞いた。理由は知らないけど、何かがあったとしか耳には入らなかったし、そう言う世界には全く興味が無かったのが私の本音。

その日の放課後、私は友達に誘われて帰ろうとしていた。一度、自宅へ帰って、バイトへ行かなければならなかったから、少し急いでいた時、背後から声を掛けられた。

「水沢、ちょっと良いかな?」

振り返ると、京ちゃんがクラスメイトの目を気にするかの様に立っていた。

私は、京ちゃんに言われるがまま一緒に廊下へ出た。廊下には何人かのクラスメイトや、他のクラスの人が居た。それを気にするかの様に、京ちゃんは照れながらもう少し移動して良い?って聞いて来た。

人気のない階段の踊り場に着くと、京ちゃんはポケットに入れていた手を出して「ずっと入学した時から好きでした」と、照れながら言った。

嬉しかった。ただ、嬉しかった。何故なら、前に一度京ちゃんが誰も居ない教室で先生に相談しているのを聞いてから気になっていたから。

「先生、これ誰にも言わないで欲しいんだけど…俺、大学に行きたい。大学に行って介護士ってやつになりたいんだけど…」

そんな会話が忘れ物を取りに戻って来て、教室のドアの前に居た私に聞こえて来てびっくりした。

当時の京ちゃんは男子も女子も近寄りがたい雰囲気を出していて、そんな京ちゃんが介護士になりたいだなんて誰が聞いても驚くに決まっている。

先生が何で?と、質問すると「この前、知らないおばあちゃんに助けてもらって、その人が通っている施設に運ばれてさ…だから、俺もあの人達みたいに優しくなって、誰かの役に立ちたいって思ったんだ。でも、俺、頭も悪いしどうしたら良いか解らなくて。だから、先生にしかこんな事は相談なんか出来ないし…」

そんな事を思い出しながら私は縦に首を振り、その日から付き合う事に。

最初は、水沢、西野君って呼び合っていたけど、夏休み前には呼び方が変わった。

そのまま喧嘩もなく交際は続く。

そして、高校三年の夏からは、時間が許す限りファミレスやお互いの家で勉強をし、同じ大学へ進学する事が出来た。


大学一年の夏休みが終わってすぐ。

その日の放課後、全く知らない男子生徒に声を掛けられたのが始まりだった。

その彼が言うには、京ちゃんが別のクラスの子と仲良く帰って行ったと。私は、そんな事は無いと思い、すぐに電話を掛けたが京ちゃんは出なかった。

その時、夏美の「あっ!」って声が聞こえた。

夏美は、窓から外を見ていたので近付くと、京ちゃんとさっき聞いた別のクラスの子が仲良く歩いている姿が目に入った。

私は、その場で泣き崩れてしまい、夏美が心配して慰めてくれた。

何度、京ちゃんのスマホに電話を掛けても出ない。1分2分3分…何分が経ったのか解らないけど、私は泣きながら立ち上がって「もう、帰ろう」と夏美に言った。

夏美は頷くだけだった。さっき、私に報告に来た彼の姿はもうなかった。

「さっきのは、三年生の山下さんだよ。あんま良い噂は聞かないけど…」夏美が言った言葉さえ、耳には入らなかった。

私は、車に乗ってすぐに京ちゃんへ最後の電話を掛けた。

呼び出し音は鳴るが、全く応答が無かった。そのまま私は別れ話をメールで送った。

『私、もう京ちゃんとは無理みたいね。今までありがとう』と…

一体、どうして他の子と帰ったのか、電話に出なかったのか、その理由を知ったのは少し先になってからだった。

その日以来、京ちゃんからも私からも必要最低限の会話しかしなくなった。


あの日、何があったのか…

山下さんって言う、三年生が友達の子を京ちゃんに接近させた。その理由は、山下さんは過去に京ちゃんが入っていた暴走族に潰された恨みらしい。じゃあ、何故電話にも出なかったのか?

京ちゃんは、その女に気付かれない様にスマホをカバンから抜かれていたからだった。

その日、私は教室に残る様に先生が言っていたよと、クラスメイトに言われていたから、京ちゃんは先に帰っていると言う流れになっていたのだけど、その状況を逆手に取って山下さんが動いたのだった。そもそも、そのクラスメイトも山下さんの手下の一人に過ぎなかったのは、後々知る事になる。

まんまと私と京ちゃんは山下さんに騙されていたのだ。

京ちゃんはその女に「あなたの彼女が変な奴等に絡まれている」と、嘘の情報を聞かされて、案内されている場面をたまたま夏美が発見しただけ。

京ちゃんが向かわされたのは、大学の近くにある空き地だったらしい。たまに、キャッチボールしている人や、サッカーなんかをしている人が居る空き地。

そこで待っていたのは山下さんが昔所属していたギャングチームの後輩が数人。

「女を返して欲しければ言う事を聞け」と言われ、京ちゃんは無抵抗に殴られ続けたらしい。この、らしいって言うのは、本人から聞いた訳では無いから。

あくまで、人から聞いた噂話に過ぎない。

最後、山下さんがボロボロになった京ちゃんの目の前に来て「むかついてたお前を殴れたし、もう良いか。折角だから、またあの女と付き合ったりしたら、今度はお前も女もこれじゃ済まないからな」と言い放って居なくなったらしい。

それから少しして、京ちゃんから電話が来たが、私は聞き入れなかった。

私は浮気をされたと思っていたし、京ちゃんは京ちゃんで、私に被害が来ない様にと、わざと喧嘩する様に話を持って行き、終わりを迎えたのだった…

この話は、つい最近京ちゃんと細井君で飲んだ帰りに、酔っ払っていた京ちゃんから聞き出した話。お互い、済んだ事だしって笑って話したけど、私は別れてからもずっと京ちゃんが好きで、何人かに告白はされたが、京ちゃん以外と付き合う事はしなかった。

だから、あの時、京ちゃんは、私を守る為に頑なに真実を自分の中で隠して、本当の事を何も言わず、私の話も聞こうとはしないで、喧嘩を装って別れたのだった。


そんな事を思い出していると、髪色を金髪に近い茶色に染めて、オールバックにしている京ちゃんが私の車の窓をノックした。

「何?どうしたの?」そう聞くと「これは決意表明。遅刻するから早く行くぞ」と言って、私を車から出して一緒に教室へ向かった。

この大学では、髪色とか自由だけど、急に京ちゃんが染めて来たからみんなが驚いていた。しかも、髪型も変わったし、服装も何だか高校時代に戻ったかの様に。

京ちゃんが昔、暴走族をやっていたのはだいたいの人が知っている。それは、自分から言ったのではなく、あくまで噂の範囲だったが、去年の山下さんとの事で、その噂も本当じゃないかと言われる様にもなった。

だからと言って、ここは大学であり、誰でも入れる場所ではない。

過去に暴走族だろうが何だろうが、同じ夢を、志しを持つ者が集った大学。

そんな噂に誰も惑わされなかった。

余談だけど、これもこの前酔っ払ってる京ちゃんが言ってたが、あの後山下さんを呼び出して倒したらしい。そのまま山下さんは大学に居ずらくなって自主退学。

今は、どこで何をしているのか解らないけど、私はあの人がどうしても許せなかった。

あの人が居なければ、きっと今でも京ちゃんとは…






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