第3章 二面性 3

岡崎裕介


長野の自家から帰った翌日の夜、夫婦の部屋にある鍵の掛かった自身の机から一冊のノートを取り出した。

そのノートは、亡くなった弟『南雲聡介』が生前に書き残した疑問などが書かれた日記を最初のページをめくって行く。

もう、何度読み返したのか解らないノートを、一文字一文字を目で追いながら読み進めると、妻の絵美子が部屋のドアをノックした。

その瞬間、ノートを机の引き出しにしまってパソコンの画面を見た。

「何か、京一が話があるっていうんだけど、明日って時間は空いてる?」ドア越しに絵美子が言う。

「明日なら現場の後は時間があるよ」

「解った。じゃあ、明日の夕飯は二人で食べてきなよ。長野でだいぶ関りが持てて仲良くなったみたいだし、何か相談したい事があるって言うからさ。良い兄貴になってね」絵美子はそう言い残すと、その場から離れた。

まさか、この時は京ちゃんが俺の一連の行動を疑っているなんて、全く思っていなかった。ただ、学校や友達、彼女の相談だと勘違いしていたな…

翌日、仕事が終わると同時に京ちゃんに電話をした。

指定されたファミレスへ向かう事に。

ファミレスへ向かう道中、初めて京ちゃんに会った日の事を、ふと思い出しながら。


俺が高崎に来て西野建設に就職して1週間後くらいだったかな。

朝、いつもより遅い時間に駐車場で荷物の積み下ろしをしていると、学生服を着た京ちゃんが煙草を吸いながら玄関から出て来た。

その後を追う様に絵美子が京ちゃんを呼んでたな。

「弁当を忘れてる」って。

で、俺とすれ違う時に初めて挨拶をしたんだよな。あの時、京ちゃんは高校三年になってすぐだった。この時、雰囲気が『聡介』に何となく似てるって言うのが第一印象だった。その後、何回か顔を合わせる機会が増えて行くと同時に、絵美子と付き合いが始まって。時折、絵美子から京ちゃんの話を聞くにつれ、ますます聡介に似てるなと思った点があった。ちょっとヤンチャだったり、バイクが好きとか。

京ちゃんの通う高校が夏休みに入ろうって頃に、絵美子とは真剣に将来を考えて話していた時期でもあった。それならばと思い、聡介が乗っていたバイクを京ちゃんにプレゼントしたんだったな。

まさか、あんなに喜んでくれるなんて思ってもいなかった。

両親にも従業員ではなく、娘の婚約者として挨拶をし、一緒に住む事になったけど、京ちゃんとは話はするが、特別仲が良い関係にはなれなかった。

婚約者の弟であり、京ちゃんから見たらただの姉の婚約者に過ぎなかっただろう。

そんな事を懐かしむ様に思い出していると、待ち合わせのファミレスへ着いた。


店内に入ると、京ちゃんの隣には見知らぬ男性と、何故か武井が座っていた。

「裕介さん、ごめん。こちら、俺のバイト先の店長で松原さんです」見知らぬ男が、バイト先の店長であり、名前が松原と紹介された。何度かバイト先には行った事があるが、店長は普段ホールに居なかったからか、全く顔を知らなかった。この時、もしかして…と、手紙の事が脳裏に浮かんだ。

そして、この前会ったばかりで、長野に住んでいる武井も居る…

「裕介、驚かせて悪いな」

「あぁ…どうしたんだよ?高崎に来るなら前もって連絡をくれれば…」驚きながら武井に質問すると、武井は俺の言葉を遮って、隣に座る様に言った。

俺の隣には武井、テーブルを挟んで目の前に京ちゃん、隣に松原さんが座っている。

最初に口を開いたのは武井だった。

「まず初めに、何故ここに俺と松原さんがいるかを教えようと思う。このメンバーなら、大体の察しは付いてるかと思うけど…単刀直入に聞くが、松原さんにこの手紙を送ったのはお前なんだろ?」

武井の手によって、テーブルの上に手紙が置かれた。

俺は、三人の顔が見れず頷きながら返事だけをした。

「俺、この手紙が送られて来た時から店長と話し合っていて、それで色んな点と点が繋がって来た頃に運良く長野に行く事になってさ。そこで裕介さんが買い物に行ってる時とかに武井さんに相談したりして。色んな過去を聞く事で疑いが確信になったんだ。ただ、俺一人じゃどうにも出来ないから二人に同席して貰って…別に、裕介さんのやった事の理由を暴こうとかじゃなくて、俺は…俺達は止めたいんだよ!」

少し、目を潤わせながら京ちゃんが言葉を選びながら話し、京ちゃんが話し終えると松原さんが初めて口を開いた。

「岡崎さん、だいたいの事情はお察ししますが、ここで私達が止めなければ西野も武井さんも一生悔いを残す事になります。私達もあなたの力になりますから、今ここで事の真相を話してくれませんか?」

優しい口調だった。京ちゃんを思いやるだけの言葉や口調ではなく、ここにいる全員を思いやる様な優しさが溢れている様に感じた。

顔を上げ、京ちゃんと武井の目を見ると、目が潤んでいて、少し赤く充血していた。


俺は何一つ包み隠さずに語った。


「佐々木真琴…いや、佐々木真尋だろう人物のバイト先に手紙を送ったのは、ただ聡介が死んだ真相を知りたかったのと、アイツが聡介の死に関与しているかの確認がしたかった。あの女が聡介を殺したって証拠がないけど、アイツの日記から『佐々木真琴?真尋?に殺されるかも知れない』そう書かれてたんだよ。アイツが死ぬ二日前の日付で。そのたった二日後に事故で亡くなって…しかも、意図的に誰かがアイツのバイクのブレーキホースを切って。警察も犯人の特定が出来ないって言うし、俺もたまたま聡介のバイクが悪戯の的になったんだろうって思ってた。そう思うしかなかった…だけど、アイツが亡くなってすぐに聡介が暮らしていた部屋の片付けに行った時、一冊のノートを見つけて。そこには、アイツが生前残した日記と『佐々木姉妹』への疑いが記されていたんだよ。俺は、ただ聡介の死の真相を知り、アイツが関与しているなら罪を償って欲しいだけなんだよ。だから、高校を卒業したらあの女が高崎に出るって書いてあったから俺も写真を頼りに高崎に出て来て…」

店長が裕介さんの会話に言葉を入れる。

「探して見つかったのが偶然にも私のお店だった訳ですか?あなたから西野にバイト募集してると紹介したと聞きましたが、それは、少しでも佐々木さんの情報を得る為だったんですね?」

「はい…ご迷惑をお掛けしました。申し訳御座いませんでした」

俺は謝罪しながら京ちゃんと店長に頭を下げた。その時、少し泣いているか、鼻声の京ちゃんが言った。

「解った。もう、解ったから顔を上げてよ」

顔をゆっくり上げると、涙を拭きながら京ちゃんが俺を見ていた。

武井が俺の肩に腕を回して「馬鹿野郎!何でもかんでも一人で抱え込むなよ。俺達、友達じゃねーのか?たまたま京ちゃんから相談を聞いて、今日松原さんとも話をして、お前からも話を聞けて…もう、真相なんて良いだろ?俺は、お前が心配だから止めたいんだよ。京ちゃんも松原さんも同じ気持ちなんだよ…」

武井の腕を振り戻して水を一口飲んだ。

「京ちゃん、武井、それに松原さん。だからと言って、まだ俺は終わってません。終わらせる事なんか出来ません。復讐をしようなんて思っていません。ただ、聡介の死に関与してるなら、その罪を償って欲しいだけなんです」

「俺だって、真琴は一応彼女だから真実が知りたいし、俺だってアイツに対しての疑いが色々とあるんだよ。だからさ、今日からは一緒に真相に近付こうよ。裕介さんは真相を知り償わせたい。俺は、アイツの抱える悩みや苦しみをどうにか消して上げたい。目的は少し違うけど、共通の問題だし、俺にとって裕介さんは姉ちゃんの旦那であり家族なんだから、弟として協力し合いたいんだよ」

「そうです。私にとっても佐々木さんは大切な従業員です。誤った方向に進む前に、彼女を何とかして止めたいんですよ。きっと彼女も苦しい筈です。理由は解りませんが、彼女には彼女にしか解らない心の闇がある筈です」

二人の言葉を聞いていた武井が言った。

「これで俺達は仲間だな。取り敢えず腹も減ったし飯でも頼まないか?」

武井は注文するのに必要なタブレットを京ちゃんに渡して言った。

「あ、今日の支払いは裕介が全部するから好きな物食べちゃってよ。松原さんも遠慮なさらずに」

今までの空気を壊す様、武井が笑顔で言った。

この時ボソっと松原さんが言った。

「うちの店もタブレット導入しようかな」って…

それを聞いて、泣いていた京ちゃんが笑顔を取り戻した。

京ちゃんが相談したり信頼するこの松原さんは、とにかく人柄の良さは、優しそうな表情や言葉から滲み出ていると思った。

たった数分の関わりで、俺はこの松原さんって人に惹かれたのだ。




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