第1章 手紙 9
自宅へ着くと、駐車場で裕介さんが積み荷を降ろしたり、新たに積んだりいしている。エンジンを切ると同時に「京ちゃん、お帰り」と、裕介さんが言った。
そう言えば、裕介さんも長野出身だって聞いたなと思い出して、ちょっと聞いてみようと思い声を掛けてみた。
「裕介さん、長野出身だよね?」作業をしている背後から声を掛けると「そうだよ」と、一言だけが返って来た。
「栄星高校って知ってる?」
「あぁ、あそこはお嬢様、お坊ちゃんの通う学校だよ。俺の住んでた長野市からだと離れてるから詳しくはないけど、県内でも評判も高く有名な進学校だよ」
作業を中断して俺の方を振り向いて続けて言う。
「ま、幾ら金があったとしても俺みたいな頭じゃ絶対に行ける様な学校じゃないけどな」と、苦笑しながら言った。
そうなんだ、ありがとうと言い残して部屋へ向かった。
部屋に入ると真琴の事ばかり考えてしまう…このままじゃ頭がどうにかなってしまうと思い、中学時代から仲が良い幼馴染に電話をして、今から飯でも行かないか?と誘ってみた。返事はOKだった。今度は、待ち合わせの店まで車で向かう。
運転中でも考える事は真琴の事ばかりだった…
待ち合わせのファミレスに着くと、入り口の横に備えられている灰皿の前で幼馴染の都丸英二が煙草を吸いながら「よっ!」と声を掛けて来た。
「久し振り!」そのまま店内へ入る。
店員に何名様ですか?と聞かれ、英二が指をピースして二人と応えた。
案内された席は、大通り沿いの窓際の席。
お互いメニューを決め、タッチパネルを操作して注文をする。
「どーよ?大学は?」最初に言葉を発したのは英二だった。
「まぁ、ぼちぼちかな、やっとこ勉強にも着いて行けてるし、明後日から研修も始まるし何とかやってるよ。英二こそ仕事はどうだ?」
「俺もぼちぼちだな…ま、高校までは自由にやってたから、今じゃ真面目に更生して文句を言われながらも耐えてるよ」
英二は高校卒業と同時にペットショップで働いていた。
昔から犬や猫が好きで、たまたま親の知り合いが経営しているペットショップがあり、そこに就職したのだった。
「それにしても、暴走族の元総長がペットショップって似合わないな」笑いながら言うと、英二も「お前には言われたくないな。あんなに勉強なんか駄目だったお前が大学に進学して、しかも介護士って言うの?目指すなんてさ。ま、目指した理由が理由だけど、ある意味それは尊敬するわ」
―――俺が介護職を目指したのは高校時代に介護施設に通っている知らないおばあちゃんに命を救われたからだった。その、おばあちゃんが通っている施設に電話をして動けずに倒れたままの俺をみんなで助けてくれたからだった。
その時に、こんな何もない俺に対して優しく、厳しい言葉を掛けてくれたのが、おばあちゃんだった。
「喧嘩したのか知らないけど、あんたが怪我をしたら悲しむ人が居るって事を忘れないで。私だって、好きで足が不自由になった訳じゃないけど、こんな私を娘夫婦は支えてくれてるんだよ?今、あんたは五体満足健康で元気なんだから、誰かに心配かけちゃ駄目!それに、ここの施設の人も優しくしてくれるし、リハビリだって応援してくれるし、私はこんな足になって一人じゃ歩けないけど幸せよ」
名前も知らないおばあちゃんが俺に言ってくれた。俺は、泣いてしまった…
ベッドで横になっている俺の怪我の処置をしてくれた看護師さん、ここまで俺を車で運んでくれた施設で働く40歳くらいのおじちゃんと、50歳くらいの施設長。
懐かしい記憶を思い出した。
こんな俺でも、誰かに必要とされたい、誰かの役に立ちたいと思い、この仕事に対して興味が沸き、全く考えた事が無かった進学に付いて真剣に考え、大学を目指す事に決めたのだった。
「京一、何か顔が疲れてるけど、何かあったんか?」
俺は、相談しようとしていた本題でもある真琴の事や手紙の事を英二に何一つ隠さずに話した。
英二は、ただ頷いて聞いてくれている。
窓にふと目を送り、行き交う車を見ながら英二がボソっと呟いた。
「そっか…」
重い空気が一瞬流れたが、すぐに英二が口を開いた。
「そりゃキツイけど、見てみろよ?」
英二が指さした方を見る。
その指は店員の高校生の男を指さした。
「あいつの事なんか何も知らないだろ?それは、他人だからか?違うだろ?あいつは俺等からしたらファミレスの店員にしか過ぎないんだよ。ドリンクバーでジュースを注いでる奴もそうだけど、所詮は他人であって、相手を知ろうとしないから興味がないんだよ。でも、彼女なんだろ?だったらちゃんと向き合って少しづつでも知って行けよ?俺と京一だって、今じゃ友達だけど、最初は違ったろ?喧嘩して、話をして、相手を知る事で段々と仲良くなったろ?」
確かにそうだなと思った。英二とは、中学に入ってすぐに出会ったが、初めて話した日に理由もよく解らないまま喧嘩になった。俺は、英二に負けたのだ。
それ以来、何度か喧嘩したけど、結局俺が勝てたのは一回しかない。
英二は、それだけ喧嘩が強かった。最後に喧嘩をしたのは、中学二年の春だった。
それ以来、一度も喧嘩をしていない。むしろ、最後の喧嘩をした次の日、たまたま親に頼まれ買い物に行ったら、英二がそこに居たのがきっかけで話をし、仲良くなったのだった。
「英二、ありがとな…俺、もっと彼女と向き合って話してみるよ。明日、飯に行くから、少しでも良いから聞いてみるよ。いきなり本題は厳しいけどさ」
英二は笑顔でうんうんと、頷いてくれた。
「ん?ちょっと待てよ?今更だけど、お前…杏奈とは別れたんか?」
「あぁ、杏奈とは大学に入って一年の夏に別れたんだよ。言わなかったっけ?」
「んー、聞いたかもな…でも、俺も仕事がいっぱいいっぱいで忘れてた。やっと慣れて来たのが今年入ってからだからさ。でも、仕事って良いな。親から小遣い貰ってた時なんか、働きたくないって思ってたけど、自分で稼いだ金で何かを買うって良いぞ?初めてのボーナスで親に旅行券上げたら泣いて喜んだし。ま、心配ばっか掛けたからな。お前も大学卒業して就職して親孝行だな」
「お前の口から親孝行って言葉が聞けるなんて、貴重だな。高校時代のお前が聞いたらびっくりして腰抜かすぜ?でも、そうやって人って成長して変わって行くんだよな。良い方向へ行く奴も居れば、悪い方向へ行く奴も居るし。俺もお前も親には迷惑を掛けたし、学生時代はあんま居場所が無かったけど、こうやって当時の仲間と会うのもたまには良いな。今度、みんなで集まろうぜ!」
「お、良いな。じゃあ、俺からも声を掛けとくから、京一からも頼むな」
あの時あいつが…とか、中学・高校時代の話を一時間程して英二と別れた。
自宅へ着くと店長から画像付きのメールが届いていた。
確認すると、新しい手紙が届いたらしく、今まではポストに入れられていただけだったが、今回はどこからか送られて来た様だ。店長の名前宛で、送り主の名前は勿論無かった。相変わらず正体不明で不気味だ。
その手紙には
『佐々木ハ私ヲ見テモ解ラナカッタ様ダ…私ハスグニ解ッタト言ウノニ許セナイ…
コノ怨ミハ海ヨリモ深イ…全テハ長野県デノ事件ガ私ヲ狂ワセタ…許セナイ…』
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