第1章 手紙 7
バイトが終わり、すぐに店長の家へ向かった。店長の家はお店の裏にあり、奥さんと中学二年生の娘と小学三年生の息子の四人で住んでいる。この時間だから、息子は既に眠っている。娘はリビングでお笑いのテレビを観ている様だった。
「いらっしゃい、西野君お疲れ様。今、夕飯の準備をしているから、そこのソファーに座っててね」
店長に着いて行きリビングに入ると、そう奥さんが声を掛けてくれた。
「夜分遅くにすみません。ちょっと相談したい事がありまして…」そう言うと、店長が冷蔵庫から缶ビールを取り出し飲みながら向かいのソファーに座った。
軽く娘に挨拶をすると、会釈だけして二階にあるのだろう、階段を昇って自分の部屋に向かって行った。折角、のんびりとテレビを観ているのに、邪魔をしてしまった気がして、申し訳なく感じた。
店長宅のリビングは、白を基調とした作りで、木製の大きなテーブルを挟んで三人掛けのソファーが向かい合って並べられており、壁にはたくさんの家族写真が飾られている。色んな場所へ旅行へ行っている事が、それらの写真を見ると解る。
対面式のシステムキッチンでは、奥さんが料理の盛り付けを行っていた。
「それで、さっきの話だけど、どうした?」店長がビールを飲みながら聞いて来た。
「履歴書の事ですが、気になって一服休憩の時にスマホで卒業した高校を調べてみたんですが、どうやら長野県の松本市にあるみたいなんですけど、そう言う話も特にした事ってないですよね?」
「無いな…実際、アルバイトの面接と言っても、自営業の店だから時間の融通とやる気さえあれば合格にしちゃうからな。深く込み入った内容の話なんてしてなくてね」
そんな会話をしていると、奥さんが手料理を運んで来てくれた。
「冷めない内にどうぞ」と、笑顔で目の前に料理を置いてくれた。
今日の献立は、ご飯に味噌汁、ハンバーグとサラダ。
「すみません、頂きます」奥さんを見て声を掛けると、何かを思い出すかの仕草で奥さんが考えている。
「ねぇ、あなた。あの子がバイトに入った頃に一度みんなを家に呼んで歓迎会したよね?あの時にあの子がこんな事を言ってたんだけど…」
箸を置き、真琴が何て言っていたのか聞いてみた。
「壁の写真を一通り見てて、気になったから声を掛けたの。そうしたら、こんな暖かい家庭って羨ましいし憧れますって言ってたの」
店長が重たい口を開いた。
「羨ましい?憧れるって言うのは、自分がいつか家庭を持ったらこう言う家庭を築きたいって言う様な願望からの憧れなら解るが、羨ましいって言うのは、彼女の家庭環境に何か不満や問題があったって事か?」
暫く沈黙が続いたが、店長が「話をする前に、まずは飯を食べちゃおう、腹が減っては考えだって思い付かないし」そう言ってバクバクと豪快に食べ始めた。
そんな姿を見ると、あだ名通り白熊ちゃんって思えてしまった。
食事を終えると、店長の隣に奥さんが座った。
「それで、西野、お願いって何だ?」
真琴の事は好きだし、何一つ疑いたいなんて思わないけど、それでも違和感が余りに大きすぎて不安になってしまったのは間違いない。
だからこそ、真実を知る為に相談して協力して貰いたいと思い、お願いしてここへ来たのだ。深呼吸して二人を見つめて言った。
「これは賭けなんですが…いや、賭けと言うか、真琴が嘘を付いていないって信じているけど、どうしても違和感だけが残ってて…俺、何度か大学まで迎えに来て貰った事があるんですが、俺が行くって言うと頑なに嫌な顔をして拒んだ事があって…だから、明日真琴の通う大学に親なり親族の振りをして電話して貰えませんか?」
こんな事をしたら駄目だって解ってはいるけど、どうしても確認しないといけない気がして頼んでしまった。
「私は良いわよ」そう、奥さんが即答で応えてくれた。
その横で店長は天井を見上げて何かを考えている様子だった。
「仮に、あくまでも仮にだぞ?電話をして彼女に繋がった時と、万が一そんな生徒は居ないと言われたら、お前はどうするんだ?」
後先など考えていなかった。ただ、目の前の違和感と問題を解決したいが為に暴走してしまっただけだった。
「俺は…そんな生徒は居ないと言われても、今まで通り変わらず接します。そして、ゆっくり時間を掛けてでも本人の口から教えて貰える様にします」
店長は「解った」と一言だけ言い、明日の段取りを考えようと提案してきた。
30分程話し合いをし、俺は家に帰った。
決行は明日の昼。真琴は明日は朝から夕方まで大学だと言っていたから。俺の昼休みに合わせて奥さんが大学へ来てくれる事になった。俺と一緒に居る時に電話をする事で作戦は決まった。本人に電話が繋がった場合、真琴の声を確認出来次第電話を切る。そんな生徒は居ないと言われた場合は、丁寧に謝罪をして切る事になった。果たして、こんな事をして良いのか?と言う自問自答の葛藤の中、なかなか眠りに就けなかったが、いつのまに眠ってしまい朝が来た…
午前の授業が終わり、俺は急いで駐車場へ向かった。
急いでいるから?緊張からか?とにかく駐車場に着くまでの間、心臓の鼓動がハッキリと全身に伝わって来るのが解った。
駐車場に着き、辺りを見渡すと、店長の白いプリウスが目に入った。
運転席には、仕事の筈の店長の姿があり、助手席に奥さんが乗っていた。
「お疲れ様です。店長、仕事は?」と聞くと、少しの間だけ副店長に全て任せて来たから大丈夫と言ってくれた。本当に頼りになる人だなと心底思い、俺は安心した。
後部座席に座る様に指示されたので車内へ入る。。
真剣な口調で、後ろを振り返らずに店長がゆっくりと言った。
「最終確認だけど、どんな結果になるか解らないが、それなりの覚悟は出来たか?」
「はい、大丈夫です」
そう言うと、奥さんはスマホを出して非通知設定で真琴の通うであろう関東経済大学の総合案内へと電話を掛け始めた。
もう、引き返せないところまで来てしまったのだ。
自分で頼んどいて、こう思うのは少しおかしいけど、ほんの少しだけ後悔もあった。彼女を疑っている自分に対しての罪悪感と、真琴への裏切りが交錯している。このまま大学に通っている、俺の勝手な考えは嘘であって欲しいと。
一瞬、真琴の顔が脳裏に浮かんだ。
それは、無邪気に笑う真琴の表情だったけど、でも何か苦しんでいる様にも思えた。
何故、そんな表情なのかは解らない。
俺は、無理を言ってお願いをしてまで引き返せない事をしているのだから、例えどんな現実だろうと、どんな答えだろうと、この電話での答えを受け入れると決めた。そして、真琴の事もだ。全ては、時間を掛けて話してくれるのを待つか、俺から疑問に思う事を聞くかを決めれば良いだけ。
スピーカーにしている奥さんのスマホから、呼び出し音が車内に響いている…
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