第1章 手紙 6

もう少しで家に着くと言う時に、助手席に放り投げといたスマホが鳴った。着信の相手は姉からだった。やっちゃいけないって解っているが、ついついスマホを片手に応答のボタンを指で押し通話が始まった。

こんな場面を警察にでも見られたら大変だ。しかし、ついつい出てしまう。

「もしもし?今どこにいるの?」そう聞かれたから、家に帰ってる途中の芝塚の信号を越した辺りと伝えると、まさかの返答が返って来る。

「それじゃ、今から高崎駅の西口にあるコンビニへ向かって、酔っ払ってる旦那を拾って来て貰っていいかな?」

渋々「解ったよ…了解」と言って電話を切り、ユーターンをして先程通り越した芝塚の信号まで引き返し左折した。ここから駅まで真っすぐで、適当にどこか曲がって西口に出れば良いと思った。

この時間の高崎駅周辺は色んな人で溢れている。

それぞれが仕事を終えて自宅へ帰ろうとしている人、迎えを待っている人、酔っ払って大声で叫んでいる人、仲良く手を繋いで歩いているカップル、予備校だか塾だか知らないが、いかにも勉強帰りですって雰囲気の学生など…

そんな見知らぬ人達の流れを見ながら車をコンビニの前で停車させる。

しかし、姉に言われた通りのコンビニに来たが、ここには裕介さんの姿が見当たらなかった。

取り敢えず裕介さんの携帯に電話しても応答が無かったから、しばらく車の中で待つ事にした。その間に、今日の出来事を思い出し、覚えている限りをメモに残した。

メモを書き終わる頃には到着して15分が経とうとしている。その時、裕介さんから電話が鳴った。

「あ、京ちゃん?」

「裕介さん、どこに居るん?西口のコンビニって姉ちゃんに言われて待ってるんだけど」

「えっ!?西口?東口って言ったと思ったんだけどな…ごめん、呑み過ぎたせいか間違えてしまったみたいだね。今から急いで向かうよ」そう言って電話を切り、5分後に裕介さんの姿を発見した。

少し足元がフラフラした様子ではあったが、お酒が強い裕介さんは普段と変わらない口調で「お待たせ」と言って来た。

そのまま助手席に乗せ車を家まで走らせる。

俺は余り裕介さんの事を知らないし、裕介さんも俺の事を知らない。

ただ、姉の旦那であり、親の会社で働いている一人の人間にすぎない。親父や他の社員が言うには、真面目で几帳面な性格らしい。勿論、腕も良く色んな現場で責任者として活躍しているみたいだ。後、知っていると言えば、姉と結婚する前に聞かされたバツイチって話と、出身地が長野県で両親共に他界してると言う話。

流石に詳しく突っ込んで聞ける内容ではないから聞いてないし、そこまで興味すら無いのが本当の気持ちだ。

俺からしたら、姉の旦那であり、同じ家に暮らしている義理の兄って言うだけの存在。それ以上でも、それ以下でもない。

結婚が決まった時、当時乗っていたバイクを高校三年の俺にくれたのは、めちゃくちゃ嬉しかった記憶がある。今でも大切に乗っている。

このバイクは、旧車好きの間では有名で、とにかく旧車のバイク乗りには人気のある車種だった。

こいつに乗りたいが為に免許を取りに行ったし。

無免で暴走族時代にバイクには乗っていたが、高一の夏にある事件が切っ掛けで解散した。その事件とは、喧嘩の帰り道に仲間が事故で死んだからだ…

それで、暴走族も解散させる事に。

それ以降は一切バイクには乗っていなかった。

免許を取ってからは、よく後ろに杏奈を乗せて色々と行ったなと、ふと杏奈と付き合っていた当時の事を思い出した。

杏奈とは、高二の春から大学一年の夏まで付き合っていたが、ちょっとした喧嘩と言うか…色々あって別れてしまった。


気が付けば家の駐車場に到着していた。隣では裕介さんが眠っている。

「裕介さん、着いたよ」そう声を掛けると、裕介さんは目を覚ましてお礼を言った。

二人並んで階段を昇り、玄関に入ると姉がバタバタと玄関に向かって来た。

「また、こんなに呑んで…」少し呆れた絵美子は、水の入ったペットボトルを裕介さんに差し伸べる。それを受け取り、一気に口へ含むと俺に顔を向けて「怒られちゃった」と、子供の様な顔をして言った。

部屋に入りベッドに倒れ込む。

少し横になって風呂に入ろうと起き上がり、煙草に火を付ける。

フーと煙を吐きながらスマホを見る。店長からシフト修正のメールが届いていた。

お礼の返信をして風呂へ入って眠った。


2日後、大学が終わりバイトへ向かった。今日、真琴は休みだった。

少し暇な時間が訪れると、店長が話があると言って俺を事務所へ呼んだ。

「これ、見てごらん」そう言って今日の新聞を手渡して来た。

記事には

『高崎市並榎町で起きた連続空き巣事件の犯人逮捕』と書かれていた。

もしかして、俺が追い掛けたのはコイツだったのか?と思った。

「この犯人はお前が追い掛けた日の時間帯過ぎ頃に逮捕されてるから間違いないだろ?今朝、テレビでも少しやってたが佐々木さんの家の近所が映ってたし」

良かった…俺は安心してか、全身の力が一気に抜け落ちた様な気がした。しかし、店長が続けて言った。

「これが、今朝ポストに入ってたんだ…」

俺は、またか…との思いで店長から相変わらず無機質なパソコンで打ち込まれた一枚の手紙を受け取った。

目を閉じて深呼吸を一度して読むと


『DEAR 佐々木真琴ノ彼氏君へ… 君ハ、アイツノ過去ヲ知ッテイル?

必要ナラ教エテ上ゲルガ、聞ク心ノ準備ハ出来テイルカ?』


何が何だか解らなくなった。確かに、俺は真琴の彼氏ではあるが、真琴の事を殆ど知らない。店長が頭を掻きながら手紙を俺の指から抜き取って言った。

「なぁ、彼女って一人暮らしだろ?うちの女房に相談したら、ちょっと気になる点が見つかってさ。今まで、全く持って気にしてなかったんだけど調べてみたら…彼女の履歴書を見てくれるか?」

今と変わらない真琴の顔写真が貼ってある履歴書は、間違いなく真琴が書いた字で記載されていた。

よく見ると、俺が書いた履歴書よりもシンプルで殆どがスルーされている書き方になっていた。

本来、学生ならば○○中学校卒業・○○高校卒業って書く筈なのに、真琴の履歴書にはそれが記載されていなかったのだ。

高校名は記載されていたが、聞いた事も見た事もない『私立 栄星高校卒業』とだけが寂しく記載されている。

現在、大学に通っているのだから、在学中とも記載すべきなのに、それさえ記載が無かった…

段々と真琴の事が解らなくなって来た。

「うちみたいな自営の個人店だから、そこまで当時は何も思わなかったし、面接で関東経済大学に通ってるって言うから、気にもしてなかったけど…」

大学に行っていない可能性?いや、でも大学の話はたまには出る。授業中に友達が居眠りしてて怒られたとか、学食の天ぷらうどんが美味しかったとか、試験が終わった後に友達と朝までカラオケに行ったとか…

ちょっと待てよ?俺、今までに一度も真琴の友達に会った事が無いし、友達の名前すら知らない。しかも、誰一人として、この店にも来た事が無いぞ…

だいたい、友達なら一度や二度は来るんじゃないかな?俺の大学の友達は、場所を教えただけで勝手に来たりしたし。

何かがおかしい…そんな嫌な予感がした。

そう、思うと頭の中で疑問しか浮かばなくなる。

どうにかして、この疑いを晴らしたい…

ふと、その方法が脳裏を過った。

「店長、仕事が終わったら、店長と奥さんと三人で話せませんか?お願いしたい事があるんですが、駄目ですか?」店長は何も聞かず奥さんに電話を入れた。

「よし、じゃあ終わったら俺の家で夕飯とするか?家と言っても店の裏だけど」

俺は、店長にお礼を言って仕事へと戻った。

もし、俺の勝手な推理が正しければ、真琴は何か重大な事を俺達に内緒にして隠している。その、秘密が重荷になっている可能性だってある。

確信はない。だからこそ、確かめる必要はあるんじゃないか?と…

この時は、まだ知らなかった。

真琴が抱えている心の闇と、過去に何があったのかを…




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