第1章 手紙 4

「私、京の彼女の佐々木真琴って言います。京、そちらの方は?」

真琴は普段の優しい口調と笑顔で俺に問い掛けて来た。さっき見た鋭い視線は何かの間違いだったのか?と、思う様な表情だ。

「同じ福祉科の水沢杏奈だよ」と、簡単に説明をした。別にこれ以上の紹介はする必要が無いと、俺は思ったからだ。

紹介すると杏奈はペコっと頭を下げて「同じ大学で、いつもお世話になってます。噂通りすごく綺麗な彼女なので、友達が騒ぐのも納得です」

そう、笑顔で杏奈が言うと、真琴は俺に車に乗る様に指示を出した。

「それじゃ、杏奈さん、これからも京の事をよろしくね」真琴は車を発進させた。

杏奈は、真琴の運転する車が見えなくなるまでその場で立ち尽くして居た。

車内では、杏奈の事を聞かれるなと、身構えていたが、真琴は一切杏奈の話題は出して来なかった。むしろ、興味すら無さそうに感じた。

車は環状線沿いにある人気のカフェで駐車し、俺と真琴は店内へ入った。

「いらっしゃいませ」笑顔が爽やかな好青年が入店の挨拶をし、そのまま注文を聞いて来た。俺達はアイスコーヒーを二つ注文し、それぞれミルクや砂糖を入れて席に着いた。流石、人気店だけあって、席はほぼ満席に近かった。

大学生らしき男女が勉強をしたり、高校生がお喋りをしたり、サラリーマン風の男がパソコンをカタカタと打ち込んでいたり、ご近所の主婦だろうか?三人で来ていて、それぞれの旦那の悪口を言い合ってストレスを発散している様子だった。

窓際に座る男女だけは、他とは違って異様な雰囲気だった。盗み聞きなんて趣味ではないけど、気になってしまっては、勝手に耳がその二人の会話を拾ってしまう。どうやら、別れ話の様だったが、この二人は、恋人同士ではなく、愛人関係の様な会話に感じた。奥さんや旦那と言った、キーワードが聞こえて来たからだ。

しかし、本当にこの世界には色んな人間が居るんだなと、思える光景の店内だった。

その中に、俺と真琴も含まれるだろうけど。



「京、この前の手紙なんだけど…」席に着くなり真琴は本題を切り出した。

その表情は不安と恐怖によって覇気は薄まっていた様に感じた。

俺は店長から見せられた二通目の内容が先にフラッシュバックしたが、この内容は店長と二人だけの秘密だったから、頭の中から何とか消し去った。

「私、何だか怖くて…最近、眠れなくて…」

弱り切った声で真琴が言う。俺は、正直言って何て声を掛けたら良いのかさえ解らなかったが、今の俺が言えるたった一言だけを伝えた。

「俺が真琴を守るから!だから…だから、何かおかしな事とかあったらすぐに言えよ」こんな言葉しか俺は言えなかった。それはそうだ、こんな事件は一生に一度遭遇する方が稀なのだから、どうしたら良いのかなんて解らなくても仕方がない。

この言葉を聞いて少し安心したのか、真琴は笑顔でありがとうと言った。

それにしても、本当に誰が送り込んだ手紙なのか、謎だらけだった…

「それでね、さっき遅れちゃった事なんだけど、実は病院に行って睡眠薬を貰って来たんだよね、初めてだから弱いやつしか貰えなかったけど。もし、不安で寝れない日があったら、電話しても大丈夫?」俺は、頷きながら応えた。

「睡眠薬は、体に良くないって大学の先生が言ってたから、あんま頼らないで、本当に辛い時だけにするんだぞ?それに…俺も店長も真琴の味方だから、それだけは絶対に忘れないで頼る事」そう告げて、残り1/4になっていたコーヒーを一気に飲み干した。

この内容の会話は終了し、お互いの近況報告へとなった。

「そう言えば、京の現場研修っていつからいつまでだっけ?」

「確か、来月の4日から5日間だね」

「どこまで行くの?」

「まだ、正確には決まってないけど、高崎でも有名な施設のどこからしいよ」

「そうなんだね、その日は京バイト休みになっちゃうから寂しいな」

少し甘えた表情で真琴は言う。そして、

「さっき、一緒に居た子も同じ研修なの?」あ、このタイミングで杏奈の話か…そう思うと、さっきの真琴の鋭い目が脳裏に蘇って来た。

「あ…水沢は違うんじゃないかな?俺が決める訳じゃないから解らないけど」

「ふーん…やけに親しそうだったから気になっちゃった。変な事を聞いちゃってごめんね。それじゃ、私はこれからバイトだから家まで送って行くよ」

そう言って真琴は席を立ち辺りを見渡した。

いつ、どこで、誰が見てるか解らない恐怖からの行動だろう、そう思った。

俺も、辺りを見回して、怪しい奴が居ないかを確認する。

怪しそうな奴が居ないと思い、俺は真琴の手を繋いで、そのまま店内から出た。


真琴に送って貰い、部屋に着いてすぐにテレビゲームの電源を入れる。テレビ画面には、巨大なモンスターを倒しに行くと言う単純な物語かつ難解な操作で、とても人気の高いゲームだった。暫くするとスマホが鳴った。着信の相手は店長だった。

「お疲れ様です、西野です」そう電話に出ると、「西野、ちょっと悪いんだけど、佐々木さんが急に倒れちゃってさ。悪いけど、彼女は一人暮らしだろ?本人は一人で帰れるって言うんだけど、顔色も悪いから彼女を送って貰えないかな?こんな調子じゃ運転は危ないし、だからと言って俺も仕事で手が放せなくてさ…今は休憩室で休んで貰ってるから頼めないか?」忙しい中、電話を掛けて来たと解る様な、少し早口で慌て口調だった。

「解りました。すぐに行きます」そう言って電話を切り、支度をして外に出た。

外へ出ると、ポツポツと少し雨が降り始めて来た。

これじゃバイクじゃ行けないなと思い、事務所に居る母親から鍵を受け取り車に乗り込んだ。車と言っても、仕事とプライベート共有して使用している会社車の為、ちょっとした機材が積んである車になる。

この時間だと、お店まで混んでるから30分は掛かるだろう。

時刻は夕方18時を過ぎたところだった。


案の定、渋滞に捕まり、家を出て30分ちょっと過ぎた頃バイト先に着いた。本来は職員の出入り口から入るのだけど、今日は店内から入り、その場にいた副店長やバイト仲間に真琴の様子を先に聞いた。

どうやら、来店した客にメニューを聞きに行く途中、急に頭を押さえながらゆっくりと膝から倒れたらしい。真琴が言うには、突然眩暈がしたとの事だ。

そのままホールを後にし、厨房の店長へ挨拶をして、店内の奥にある真琴が居る休憩室へと向かう。

軽くノックをして休憩室へ入ると、テーブルに片肘を付いて、頭を押さえながら目を閉じている顔色の悪い真琴が座って居た…

その姿からは、普段の明るい真琴らしさは無く、ただ静かに俯いている真琴が座っていた。俺は、何て声を掛けたら良いのか解らず、一瞬その場で考えた。





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