第1章 手紙 3

ランチタイムが終わると同時に俺のバイトは始まった。この時間から出勤の場合、ランチメニューを下げて一通り簡単な清掃から始る。

「いらっしゃいませ」と、入り口の方から声が聞こえた。その声に合わせる様にやまびこ方式で挨拶をするのが俺のバイト先だけではなく、どこのお店でも共通の暗黙のルールなんだろう…誰が考えたのか知らないが、これがなかなか理に適っていて、来客者への感謝の挨拶なのは理解が出来る。

「菊地さん、お疲れ様です。あ、今日は修君も一緒なんですね」

あんな意味不明な気持ち悪い手紙がポストに入っていたにも関わらず、真琴が元気良く話す声が俺の居る場所まで聞こえて来た。

「今日はお互いバイト休みだから、たまにはって思って来たんだよね。修もあと少しで高校卒業だし、卒業したら家から出ちゃうからね」

菊地さんが真琴に告げると、隣に居た修が俺に気付いて近寄って来た。

「西野さん、お久し振りです」

修とは、菊地さんとバイトで出会う前から知り合いだった。

同じ高校出身で、俺が三年の時に修が一年。文化祭でバンドをやった時にベースだった奴が事故って出れなくなった時に、一年でベースが上手い奴が居ると噂を聞いて頼んだのが修だった。俺はその時ギターをやった。

高校生の下手くそバンドだったが、とにかく修のベースは上手くて、将来は東京に出てバンドで食って行くと何度も言っていた。

その時に演奏したのは、メンバー全員が好きで、地元の永遠のヒーローであるバンドの曲で、激しいのを選んで三曲コピーをした。文化祭の為に一時期はスタジオで顔を合わせたが、特にその後は関わる事もなく、会えば今日みたいに挨拶をする程度だった。

そんな高校時代を懐かし気に思い出しながら仕事をしていると、あっという間に夕飯時になり、忙しくなって来た。忙しいから頭の片隅から例の手紙の事は、自然と頭から離れた。

慌ただしい時間は過ぎ、閉店の時間になった。

閉店後の静けさの中で清掃をしていると、例の手紙を思い出して考えてしまう。

ふと、真琴の方に視線を送ると、いつもはキビキビとテーブルを拭いたり清掃をしているのに、やはり今日はいつもと違う様に見えた。

あの手紙が原因だろう。

「お疲れ様でした」着替えを済ますと、誰よりも早くバイト先を出た。

駐車場には真琴が居た。

「待った?」と聞くと、ううんと小刻みに首を横に振った。

例の件に関して、お互いに口にしずらい雰囲気だった。その日は駐車場で数分だけ話して真琴が今日は疲れたから帰って寝ると言ったので、バイト先を後にした…


家に着くなり、カバンからスマホを取り出す。そこには、一件の不在着信が残っていた。相手はバイト先の店長の携帯番号だった。

何だろうと思い掛け直すと、今から近所のコンビニまで行くから出て来れる?と言う内容だった。行けると、返事をして待ち合わせのコンビニまで高校時代に使っていた自転車に乗って向かった。9月中旬って事もあるし、何だか嫌な予感がしていつもより寒く感じる中、自転車を走らせると待ち合わせのコンビニへ到着した。

店長の車が無い事を確認し、ホットコーヒーを二本購入して、喫煙スペースで煙草を吸い始めた。

煙草を吸い終えて5分経った頃、コンビニの駐車場に店長が運転する白いプリウスが入って来た。

「こんな時間に悪いね。ちょっと乗ってくれないか?」店長のプリウスに乗ると、先程購入したコーヒーを手渡しながら問い掛けた。

「一体どうしたんですか?」

店長は、着ているジャケットの胸ポケットから一枚の手紙を差し出した。

そこには、


『佐々木真琴ヲ雇ウ者へ… 貴方ハアイツノ過去ノ罪ヲ知ッテイルノカ?

コレダケハ約束スル 店舗ト店員ニハ危害ハ与エナイ…』


今日バイト先で見せて貰った一通目と同じ様にパソコンで打ち込んだ無機質で冷たい文字が書かれていた…

「何だよ、これ!」俺は怒りと恐怖に震えた。ただ、よくよく考えると、俺は真琴の事を何も知らなかった…普通、恋人同士であれば多少の過去や出身地も知っていてもおかしくない筈だが、真琴は頑なに話そうとしなかった。

一度、そんな会話になり聞いた事あったが、大学の為に高崎に来ただけで、どこから来たのかさえ教えてくれなかった。この会話になると、いつも決まって「いつかね」と、答えるのが真琴の返答だった。それ以来、しつこく聞くのは止めようと思い聞いていない。

「なぁ、西野?お前は佐々木さんの彼氏なんだろ?彼女が何かを悩んでるとか困っているとか知らないか?」

思い当たる節が無いから俺は横に首を振った。

ただ、一つだけ気になる点が頭に過った。

「そう言えば…初めて俺の家に来た時、京には仲の良い家族が居て良いね」と言われたと思い出し店長へ言った。それがどんな意味や理由で言ったのかは深くは追求していないし、出来る雰囲気の会話ではなかったから、適当に返事をしただけだった。

「この事は佐々木さんには黙っていてくれないか?もう少し様子を見て考えよう」

店長の提案に納得した。

その時、俺のスマホが鳴った。真琴からのメールだった。

内容は、明日、大学まで迎えに行くから相談聞いて貰っていい?だった。

明日は月曜日。バイトの休みだった。

15時半に駐車場の喫煙スペースに居る旨を返信した。

明日は、姉ちゃんに頼んで大学まで送って貰おうと決めた。


翌日、大学の授業が終わると真琴から連絡が来た。ちょっと遅くなると言う内容だった。俺と真琴は別々の大学に通っていて、車で30分くらい掛かる距離だった。

真琴に返信をして、喫煙所で友達と他愛もない話をしていると、同級生の女子が近寄って来た。彼女の名前は『水沢杏奈』と言う。俺が真琴と付き合う以前の彼女だった。高校時代から付き合っていて、大学一年の夏に喧嘩して別れた彼女。

こうやって話せる様になったのは、ここ最近の話だ。それまでは廊下や教室で会ってもお互い目も合わせず話もしなかった。

「この前さ、京ちゃんのお姉ちゃんと旦那さんに駅前の電気屋で偶然会ったけど、すごく可愛い彼女なんだってね。良かったね、新しい彼女が出来てさ。ま、学校で噂は聞いてたし、嫌でも耳には入って来てたけど…京ちゃん、女心なんて何も解ってないから振られない様にするんだよ」

杏奈と話をしていると、友達がこれからデートだから帰ると言って喫煙所には俺と杏奈の二人だけになった。

その時、駐車場に真琴が運転する車が入って来て、俺達の真横に車を停車させ窓を開けると「京、お待たせ」と、笑顔の真琴が顔を出し手を振る。

「わぁぁぁぁぁ!すっごく美人だねぇ!!!!」杏奈が目を大きくして俺を押し出す様に言った。

そんな杏奈を真琴は鋭い目で一瞬睨み付けた後、そんな事ないですよと、作り笑いで応えた。その一瞬の目を俺は見逃さなかった。

その目を見た瞬間、背筋にゾゾっと寒気と、何とも言えない嫌なモノを感じた…

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