第1章 手紙 2
駐車場の奥に自宅兼会社の建物があり、建物の脇にある外階段を昇ると、それは自宅の玄関へ繋がっている。玄関を開けて入ると、目に前は廊下になっている。廊下を突き進むと中間辺りに階段があり、俺の部屋は三階にある。階段を昇り始めてすぐ、背後から姉の声が聞こえた。
「真琴ちゃん、こんにちは」声の主は、ついさっき外で挨拶を交わした岡崎裕介の妻であり、俺の姉の絵美子だった。真琴は笑顔で「こんにちは。お邪魔させて頂きます」と、丁寧に挨拶を返す。
そのまま挨拶だけを交わして部屋に入ると、相変わらず汚いなって目で部屋の中をキョロキョロと真琴が見始める。
俺の部屋は8畳で、部屋にはTVやゲームがあり、漫画や衣服、大学の教科書やノートはその辺に置きっぱなしになっている。
「適当にソファーにでも座んなよ」と促し、漫画や服を横にずらして、真琴は二人掛けのソファーに腰を落とす。
俺は無駄に大きいセミダブルのベッドに腰かけて煙草に火を付けた。
真琴もカバンから煙草を出し、ライターで火を付ける。
お互いが吸い終わると同時にどちらからではなく他愛もない会話が始まった。
昨日、バイト先で喧嘩していたカップルの話や、大学の友達の面白い話をしていると、コンコンとノックの音がした。
絵美子がジュースとお菓子をお盆に乗せて持って来た。
「ごめんね、真琴ちゃん。京一の部屋汚くて嫌になっちゃうでしょ?」
いちいちうるさいなって思いながら、俺は姉に向かってあっちへ行けと手首を縦に振り合図を送った。それを見て「はいはい」と言い残し絵美子は部屋から出て行く。
大学や、バイトの会話をしていると、気が付けば18時半になろうとしていた。
「何か食べに行かない?お腹が空いちゃったよ。ねぇ、この前行った問屋町のラーメン屋さんにしない?味噌ラーメンと餃子が美味しかったとこ」と、真琴が満面の笑みを浮かべて無邪気な表情で言う。
俺達は、真琴が行きたいと言った問屋町にあるラーメン屋へと向かい、少しドライブをして自宅へと帰った。
翌日、15時からバイトへ行くと、店長の松原と真琴が事務所で話をしている。
「おはようございます」と挨拶を交わし事務所を出て持ち場であるホールへ行こうとすると、店長は困った表情を浮かべて、俺にこっちへ来いと手招きをした。
「西野、これなんだけど…」と、困惑の表情で一通の手紙を俺に見せて来た。その手紙には、パソコンで打ち込んだ文字が記載されていた。
『Sへ オ前ヲ許サナイ…』
それだけが、無機質なパソコンの文字で打ち込まれていた。
気持ちが悪い…それがこれを読んだ時に一番に思った感想だった。
「うちのお店でイニシャルSの店員って、佐々木さんだけだし、こんなのが今朝ポストに入っててね…」首を傾げながら店長は続ける。
「佐々木さん目当てのお客さんも居るから、そう言う人の悪戯なのかな?」
俺も真琴も、ただ店長の発する言葉に耳を傾けるだけしか出来なかった。
真琴の表情を見ると、少し不安そうに怯えている様にも見えた。
「店長…」と、俺が切り出そうとした瞬間、真琴の声と重なって俺は声を止めた。
真琴は店長を真剣に見詰めて「ご迷惑をお掛けしました。心当たりが私にも無いので、もしまた何かあったら教えてくれますか?」と告げた。
店長は、頷いて手紙を机に閉まい鍵を掛けた。
「この手紙に関しては、三人の胸にしまっておこう。ただ、何かあったらすぐに報告・相談する事。西野も彼氏なんだからしっかり彼女を守るんだぞ?あ、腕っぷしは自信あるから大丈夫か。とにかく、何かあったらすぐに言う事!」
店長の言う通り、俺は自分で言うのは何だけど喧嘩には少し自信があった。中学卒業まで空手をやっていたし、今じゃなかなか見かけない暴走族にも当時所属していたから、気合と根性だけは誰にも負けない自信がある。
そんな事、この年になってからじゃ、何一つ自慢にはならないけど。
ただ、それはあくまでも対人間の喧嘩であって、今回は見えない敵が相手となっている。いくら喧嘩に自信があるからと言って、見えない相手には攻撃は当たら無いし、どこの誰かが解らない以上、俺からは何も出来やしない。唯一出来るのは真琴から離れないで守る事。しかし、24時間ずっと一緒に居るなんて事は現実的に不可能だ…
様々な思考が頭の中で混乱する。
そんな中、真琴が小さな声で呟いた。やっと聞き取れるくらいの声で。
「許さない?」
この時、俺は手紙の中で、一つの疑問が浮かんだ。
しかし、それを口にするのは止めた。
店長が椅子から立ち上がると、俺と真琴を見て言った。
「とにかく、何度も言うけど、何かあったからじゃ遅い。些細な事でも報告する様に!」松原は事務所を出て行くと同時に、その背中を追う様に俺と真琴も続いて事務所を後にして、自分達の持ち場へ向かった。
『Sへ オ前ヲ許サナイ…』
この手紙の送り主は、許セナイ…って書いてると言う事は、真琴と過去やここ数日の間に何かがあった相手なのか?それを、許せない程に憎んでいるのか?
解らない…いくら考えても解らない。
この手紙の差出人は一体【誰】なんだ…
俺はこの時、何か見えない恐怖を感じていた。その恐怖は、きっと俺以上に真琴は感じている筈だ。
この一通の手紙が届いた事で、全てが始まり、何が真実で、何が嘘なのか、俺は何もかもが解らなくなって行くのだった。
まさか、この時は数カ月後にあんな事件が始まり、あんな結末を迎えるなんて、誰一人として思っていなかっただろう…
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