第1章 手紙

「今日から、アルバイトとして勤務する事になった山崎学君と東千春さんだ。みんな、丁寧に優しく教える様に頼むよ。じゃあ、今日は初日と言う事もあるから、バイトリーダーの佐々木さんに教えて貰って下さい」

店長であり、オーナーの松原は、そのまま私に話を振って、休憩室から出て行き、自分の持ち場である厨房へと向かった。

「さっき紹介された、私が佐々木真琴で大学三年の21歳です。バイトリーダーって言っても、ただ単に長く働いているだけで雑用係みたいなもんだよ。そんな難しい仕事じゃないから、緊張しないで気楽にやって行こうね。よろしくお願いします」

真琴は簡単に自己紹介をすると、斜め向かいに居る俺の方に視線を向けて、次はあなたの番と、目で訴えて来た。

「俺は西野京一って言います。まだ働いて半年くらいだけど、解らない事あったら何でも聞いて下さい」

簡単に挨拶をすると、俺の隣に居る主婦の菊地晶子が続けて挨拶をした。

その挨拶には、さっきまで居た店長の見た目をいじる発言をし、休憩室に居るみんなが笑い、その場の雰囲気が和らいだのか、新人の二人も緊張が少し解けた様に見えた。こういう時、ムードメーカーの菊池さんは頼りになる存在だ。

「さて、白熊ちゃんが遅いって言う前に持ち場に行きますか」

菊地さんがそう言うと、全員で休憩室を後にして持ち場であるホールへ向かった。

白熊ちゃんとは、誰が名付けたのか知らないけど、このお店では何年もそう呼ばれている店長のあだ名らしい。

肌が白くて、熊の様な体型から付いたのだろう。詳しくは誰も知らない。この店では、代々語り継がれているあだ名らしいけど…


夜20時になると、お先に失礼しますと、テンションの高い声が聞こえて来た。

「晶子さん、お疲れ様でした」真琴が言う。真琴に付いていた今日、入ったばかりの新人二人も続けて挨拶を交わした。

「晶子さんの旦那さんが21時に帰宅するから、これから帰って食事の用意とかするみたいなの。だから、いつもこの時間に上がるんだよね。私なんか、家に帰っても誰も居ないから、食事なんて滅多に作らないけどね」苦笑しながら真琴が言う。

「でも、佐々木さん綺麗だから彼氏が居るんじゃないですか?私なんて、誰と付き合っても長続きしなくて…」千春が笑いながら言う。

「東さん彼氏いないんだ?」隣に居た山崎がニコニコしながら会話に混ざって来る。

「まぁ、私は彼氏居るよ、ほらそこに」真琴は指をさした。

指をさしたその方角には、身長170cmくらいで細身の西野京一、つまり俺が先程まで30代くらいのカップルが食事をしていたテーブルの清掃を行っていた。

清掃をしながら、俺は三人に向かって軽く頭を下げる。

どちらかと言うと、人見知りな為、初対面で話をするのは苦手だった。


22時になると閉店作業が始まる。

山崎学は高校生と言う事もあり、一足先に上がる。分担して、俺達三人はホール、トイレの掃除を始めた。この日、俺はトイレ掃除をし、真琴と東千春は一緒にホールの清掃を行った。そして、厨房スタッフは厨房をしっかりと掃除をし、ゴミを捨てに行く。閉店後は、副店長が売上金の確認を行い、店長の松原は事務所へ行き日報の作成と翌日の発注作業を行う。

22時30分を過ぎる頃、先に女子が更衣室で着替えを済ましてから退勤する。この店では、先に女子から着替えると言う暗黙のルールが存在する。

そして、女子が着替え終わると、誰よりも早く俺が着替えを済まし、急いで駐車場へ行く。そこには、いつも決まって真琴が待っていてくれるからだ。

ただ、今日はいつもと違って真琴の隣には、東千春がそこに居る。俺が二人に近付くと真琴が菊池さんくらいテンション高い声で言った。

「千春ちゃん、京と同じ年みたいだよ」そうなんだと、軽く返事をする。

「家が私の住むアパートの近くみたいだし、これも何かの縁って事で、今から観音山にでもドライブ行かない?」明日、朝から大学なんだけどな…と、心の中で思いながら、真琴が運転する車の助手席へ乗った。続けて東千春も真琴に誘導されるがまま後部座席へ乗り込む。二人が乗った事を確認すると、真琴は小学生みたいな笑顔で「しゅっぱーつ!」と言って運転を始めた。

観音山へ向かう車中では、バイトの話や、他愛もない芸能人の会話をした。バイト先を出て20分ほどで頂上に到着し、路上駐車して自動販売機でジュースを買って飲んだ。車中と同様に他愛もない会話を交わして、出発してから一時間後くらいにはバイト先へ戻り今日はこのまま解散となった。



二人の新人が入って数日が経った土曜日。

今日は、久し振りに真琴が俺の家に遊びに来る日。

俺の父親は建築会社を営んでおり、母親と姉はその会社で事務仕事を行っている。自宅と会社が同じ敷地内にあり、一階が会社で二階と三階が自宅となっている作りの建物が自宅となる。

今日は、天気が良いから外で煙草を吸いながら真琴を待つ事にした。

自宅への階段と、駐車場の中間辺りで煙草を吸いながらスマホを覗いていると、ニヤニヤした顔でうちの社員でもあり、俺の姉の旦那でもある岡崎裕介が近寄って来た。裕介さんは、建設業の男って感じで、重い材料や機材を運ぶからか、凄い筋肉で、外仕事のせいもあって日焼けしている。

「京ちゃん、彼女が来るんだって?姉ちゃんが言ってたぞ、すごく可愛い子なんだってね」裕介さんの言う通り、真琴は俺より一歳年上の凄く綺麗な彼女だった。たまに大学まで迎えに来てくれると、友達にもとにかく褒められるし、バイト先にも真琴目当てで通っている客もいるくらい綺麗だった。俺の自慢の彼女。

見た目だけではなく、性格も明るく優しい。その見た目からは想像が出来ないくらい少しお茶目で可愛らし少女の様な一面に惚れたのがきっかけで、3か月前、バイト後に駐車場で告白して付き合いだしたのだ。

裕介さんと会話をしていると、敷地内に真琴の運転する白いタントが入って来た。

真琴は車から降りると、俺の隣に居る裕介さんに簡単な自己紹介をした。

「初めまして。京一君と仲良くさせて頂いている佐々木真琴と言います。よろしくお願いします」丁寧な挨拶を交わすと、「俺は京ちゃんの義理の兄の岡崎裕介です。こちらこそ、よろしくお願いします」裕介さんが挨拶を返して、俺と真琴は会社の二階にある自宅へと向かった。


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