センサの日


 作中特別編


 月だけが知っている 第五話



 ~ 十月三日(日) センサの日 ~




 なんとか大成功となった昨日の劇。

 だが俺は、最後のオチに使われて、二つの思いにとらわれている。


「お! 監督! カエル風呂どうだった?」

「監督、昨日は肩まで浸かってあったかそうだったな!」


 一つは、クラスの連中全員に対して恨みゲージが最大まで高まっている事。

 そしてもう一つは。


 せっかく決めたのに。

 告白するって決めたのに。


 嬉々として、カエル風呂に俺を叩きこんだこいつ。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 さすがに、告白は。

 考え直すことに決めた。


「……どっちなのかわからん」


 揺れるシーソー。

 日替わりどころか。

 分替わり。


 ぎったん。

 ばったん。


 今は好きで。

 今は嫌い。


 俺は、こいつのことが好きなのか嫌いなのか。

 考えるだけでぐったりだ。



 もういっそ。

 考えること自体やめようか。



「昨日の怪我、まだ痛い? 大丈夫?」

「…………2:8」

「え?」

「今のシーソーの位置」


 なんと言うか。

 俺、ちょろい。


 まあ、告白はともかく。

 楽しい文化祭だ。


 最終日くらい。

 こいつと一緒に、笑って過ごそう。



 そう思いながらも。

 やはり気になる今日という日の異常性。


「お? 監督、今日も舞浜と一緒か?」

「お似合いだなお前らいつもいつも!」

「向こうの占い研ブースで恋占いやってたぜ?」

「料理部がカップル限定ペアストロー・トロピカルジュース出してるぜ?」


 やたらみんなとすれ違うし。

 やたら同じようなことを言われるし。


 これ。

 やっぱり。


 俺と秋乃をくっ付けようとしてる?


「対人センサ、フル稼働!」

「…………立哉君、ロボ?」


 あっちにはトラ男。

 あっちにはバサロ。


 こっそり隠れて。

 こっそり見張って。

 こっそり携帯を操作してる。


 一体、何人の刺客が俺たちを狙っているのか。

 ああ、それは愚問だった。

 三十人全員なんだろうな。


 しかし、がさつに見えてなかなかどうして。

 気配をずーっと感じるきけ子の姿がまったく見つけられない。


 なんというスニーキング巧者。

 そしてそれに反して。



 俺の隣を歩く。

 クマのぬいぐるみ。



「バカなのか?」

「あ、あたし?」

「違う。……秋乃。俺を気絶させたアイテムのうち一つを貸してくれ」

「超合金でいい?」


 秋乃から受け取ったMFAの超合金。

 そのロケットパンチを構えて。


 クマに向けて発射してみたんだが……。



 かんっ!



「…………硬いな」

「ルナマテリア製~。おっと、しゃべっちゃいけないんだった」


 この身長。

 バカなカモフラージュ。


 くぐもっていながらも、今の声。

 パラガスであることは間違いないんだが。


 でも万が一。

 別人だったらという懸念もある。


 よし。

 最終確認だ。


 俺は携帯の画面を出して。

 水着のグラビア写真を表示すると。


「これ、何点?」

「はちじゅうきゅぐは~! 目が~!」


 愚か者め。

 そのメッシュ部分がお前のマーキーズ。

 ロケットパンチは二発あるんだぜ?


 でも、クマを撃退したことで。

 にわかにざわつく、くっつけ隊の面々。


 追い払いようも無いからな。

 もう、好きにさせとこう。


「こ、これやってみたい……」


 大体、まくことすらできない。

 こいつとの文化祭見学は。


 十歩進んで。

 十分停止。


「全ての屋台に反応するな」

「で、でも、あれ……」


 そんな秋乃が指を差すのは。

 射的場の棚、一番上。


 そこにちょこんと座るのは。

 頭がオレンジ色に塗られたウサギのぬいぐるみ。



 確かに。

 あれは欲しい。



「あれ取って、どこかで赤い宝石見つけてくっ付けるか」

「うん」

「いいな」

「じゃあ、お願いします」

「必然的にそうなるよな」


 秋乃にやらせたら。

 財布全部空にしても取れねえに決まってる。


 俺は、わざわざテキ屋のおっちゃん風の装いをした。

 三年生にお金を払いながら聞いてみた。


「台から乗り出すの、有り?」

「男子はNG。反対に女子はライフルごと投げようがボール投げようが何でもあり」

「男女平等って言葉が自然とレディーファーストに書き換えられてる日本社会に警鐘を鳴らすべきだ」


 でも、何でもありと聞いた秋乃が。

 鼻息荒く袖を引く。


「ろ、ロケットパンチもアリかな……?」

「でも、腕二本とも使っちまったろ」

「予備弾、沢山……」


 そう言いながら見せてくれた手の平に。

 じゃらじゃらとまあ、いくつもの右腕がずらり。


「…………これは、子供の夢のひとつだ」

「夢?」

「悲しいのに、自分のせいでしょと叱られて流す涙が一つ減る」

「これなら取れると思う……、よね?」

「店員さん。これ使っていいか?」

「これってなんだ? …………うはははははははは!!!」


 腹を抱えながら、何発でもどうぞと笑う先輩の目が。

 次の一瞬で、これでもかとひん剥かれる。


 秋乃の放ったロケットパンチは。

 ウサギからかなり離れて、台座に当たってしまったんだが。


 目的は一つ。

 ここに書いてある通り。


 台から落とせば景品ゲット。


「うわああああ!!! 台が倒れた!」

「な……!? 火い噴いてたぞ腕から!」

「全部落ちたけど、そのウサギだけでいい」

「めちゃくちゃ言うな!」

「なんて事すんだよ!」


 大慌てで台座の修理に取り組む皆さんを尻目に。

 先輩から、オレンジ頭のウサギを受け取った秋乃は。


 満面の笑顔で。

 胸に、ぎゅっと抱きしめた。


 さすがに、そんな姿を見させられては。

 腹を立てていた先輩たちも、溜息と共に苦笑い。


 とは言え申し訳ないことをした。

 頭を下げて詫びる俺。


 そんな俺の袖を引いた秋乃が。

 ぬいぐるみを鼻先に突き出しながら、高々と宣言した。


「ちびらびちゃんと名付けます!」

「もちろん」

「あとは赤い宝石をくっつけてあげれば動き出す……」

「動き出さねえよ」

「でも、ちびらびは立哉君の家に住むんだよね?」

「ストーリー上ではな」

「あ……。それ、いいアイデアかも」

「いいアイデア? 何の話だ?」


 何かを思い付いたようで。

 考えこんじまった秋乃だったが。


 秒で、俺にちびらびを押しつけると。


「これ面白そう……!」

「ほんとご丁寧に一軒ずつかよ!!」


 お隣りの、相撲部の屋台。

 腕相撲ゲームに飛びついた。


「……やんの?」

「あ、あたし、力持ち……!」


 細腕に、ぎゅっと力こぶを浮かせた秋乃が。

 ただ力を込めたりとかの単純競技が得意なのは知ってるけど。


 だからって。

 それに挑むかな。


 『腕相撲バトル☆ 握って倒してハッケヨイ!!』


 勘亭流の文字で書かれた看板から。

 ひらりと下がった料金表。


 前頭 百円

 小結 百五十円

 関脇 二百円

 大関 二百五十円

 横綱 三百円

 八百長 五百円


 行司の格好をした先輩に。

 秋乃が意気込んで三百円渡した後。


 俺は、こっそり。

 二百円握らせた。


「では、ハッケヨイ!」

「はい!」

「ぷっ! ……返事すんな!」

「のーった! のーったのーった!」


 そして始まった腕相撲。

 八百長だってのに、かなりギリギリまで押し込んで来る。


 でもその後。

 攻めあぐねるような表情を浮かべた先輩が。


 苦悶の声を絞り出しつつ。

 逆転させるという見事な演出。


 額に汗をにじませて。

 はしゃぐ秋乃に、周囲からは大喝采。


 でも、景品の関取キーホルダーを受け取るなり。


「赤い宝石じゃない……」

「そんなピンポイントで手に入るとでも?」


 しょんぼりと肩を落としたかと思うと。

 隣の屋台へまっしぐら。


「いざ勝負!」

「チョコバナナと何の勝負する気だ! おちつけ、まずは宝石を探そう!」

「そ、そうね……。赤い宝石、必ず見つけてあげないと……」

「ほ、宝石が欲しいんですか?」


 おや?

 誰だ?


 急に聞こえて来た女の子の声に振り向くと。

 中学生くらいだろうか。

 おしゃれなショッパーを胸に、困った顔をして秋乃を見上げてる。


「えっと……。あ、あたしに御用?」

「あ、あの、宝石じゃなくてごめんなさいですけど……」

「え?」

「こ、これ、受け取って下さい!」


 切羽詰まった声で。

 ショッパーを秋乃に突き出してきた。


 反射的にそれを手にした秋乃が。

 俺と女の子を交互に見つめて、あたふたしていると。


 女の子は、俯かせた顔も上げずに。

 秋乃に頭を下げたまま。


「私……、ファンなんです! つ、次のステージも頑張って下さい!」


 そう言って、逃げるように駆け出して。


 そして人混みの中、走りながら大声で。


「大好きです!」


 アイドル・舞浜秋乃への想いを。

 高い高い秋空に向けて吐き出した。




 後半へ続く!

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