メガネの日


 ~ 十月一日(金祝?) メガネの日 ~




 なにやら、クラスの連中の動きが怪しい。


 そして、何をしようとしているのか。

 想像に難くない。


「あいつら、俺と秋乃をくっ付けようとしてやがる……」


 まったくもって。

 迷惑でしかない。


 恋はタイミングが大事だと。

 お袋が、凜々花に教えていたのを思い出す。


 確かにそうだ。

 これが数か月前ならいざ知らず。


 今の俺は、あいつのことが好きなのか嫌いなのか。

 分からなくなっているからな。



 ……勢いとか。

 雰囲気とか。

 その場のノリとか。


 いい加減な気持ちで告白できるほど。

 今はあいつにべたぼれじゃないし。

 そんなに俺は軽くはないし。

 あと、男らしくもないし。



 屋上から望む野外ステージ。

 執事喫茶は盛況だ。


 ほんとは担当時間なんだけど。

 ちょっとサボって、脳内会議。



 ……でも。

 そんな会議に強制介入。


 秋乃たちのステージが始まると。

 法案は強引に可決されたのだ。


「やっぱり好きなんだろうな……」


 悪いところ、面倒な所、常識知らずな所。

 好きになれないところばっかりなあいつなんだけど。


「すご! あれ、舞浜ちゃん!?」


 そう、凄いんだよ一言で言えば。

 あいつは俺には眩しくて。

 いつも隣にいてくれるのが嬉しくて。

 そしてお前はなぜここにいる。


「愛さん、今日は来ないって言ってたじゃない」

「あは! なんかふらっと来てみたんだけどさ、凄いわね、大人気じゃない! 彼氏としても、鼻高々?」

「…………彼氏じゃねえよ」


 一拍遅れた返事に。

 含みのある笑顔で返した愛さんは。


 どういう訳か。

 俺の心境をぴたりと言い当てた。


「好きか嫌いか、分からなくなっちゃってるの?」

「なぜ分かる」

「そりゃ経験者だもん! まあ、当事者じゃなかったけど」


 なんのこっちゃ。

 当事者じゃないのに経験者?


 眉根を寄せる俺の前。

 愛さんは、それなり込み合う屋上をきょろきょろと見渡して。


 あれはどのあたりだったかなと。

 思い出の場所探しをしているようだが。


「なあ、一つ聞いていいか? 一年間、どうだった?」


 主語を濁したせいで。

 しばらくきょとんとしていた愛さんは。


「ああ、彼とのこと? どうだったんだろうね」

「分からない?」

「分からないけど、でも、一つだけ言える」


 そう言いながら、俺の左側。

 金網に手をかけて、秋乃のステージを見つめた愛さんは。


「彼と一緒だった今までの一年は。別れる時にぼろ泣きするほど大切なものだった」


 かつて、河原で見た時の表情で。

 秋乃たちのステージを、じっと見つめ続けていた。


 ……そう言えば。

 愛さんが最初に書いた物語。


 そこかしこに。

 彼女らしい冗談がちりばめられていたけれど。


 全体を通して暗くて。

 そして悲愴で。


 決して、明るい気持ちで書いた作品ではないと。

 そんなことが伝わって来たものだ。



 大切な人との別れ。

 それは誰にでも訪れるもので。

 どこにでも転がっているもの。


 ならば、今。

 隣にいる奇跡を大切にしよう。


 一分でも、一秒でも。

 二人で笑っていよう。


 だって、月に帰ったら。


 再びこの地で出会えたとしても。

 記憶が失われているわけだから。



 ――よし。

 決めた。



 俺は、改めて大歓声を浴びる秋乃を見下ろしながら。


「一歩を踏み出す気持ちになれたかも」


 そう、愛さんへ呟いた。



「グッドグッド! 三年前とは違う言葉が聞けたねえ!」

「三年前?」

「こっちの話よ。それじゃ明日、楽しみにしてるわね?」

「ああ」


 やたら元気に。

 でも、どこか寂しそうに手を振って離れていく愛さん。


 彼女の姿を目で追っていたら。

 まるで仕込んだようなタイミングで夢野さんが通りかかる。


「……まさか愛さんまでグルじゃねえだろうな」

「あー、保坂ー。買うー?」

「ああ、買う。任せるから、とびっきりのヤツ選んでくれ」

「おまかせあれー」

「…………ん? お任せって、サイズとか良いの?」

「本人に聞いとくから平気ー」


 それは。

 平気なのだろうか。


「一人で見てたのー?」

「おお。ここ、ステージ見るには最高の穴場だからな」

「あたし、視力悪いからー。良く見えなくて帰ろうかなって感じー」


 なるほど、言われてみれば。

 珍しくメガネなんかしてるな。


「じゃあ、この後出るバンド、見ないの?」

「ステージ有料だから、ここから見れるのラッキーだよねー。やっぱり、見てこっかなー」


 そう言いながら。

 さっきまで愛さんがいた、俺の左側に立つ夢野さん。


 そうか。

 みんな。


 俺の右側には気を使っているってわけか。



 なにか大事なことをしなければいけない気持ち。

 その正体に気が付いて。


 改めてステージを見下ろす。


 最後の曲を歌い終え。

 大歓声の中、光り輝く秋乃に。


 俺は、きっとこの文化祭の間に。

 プレゼントを添えて、大事な話を…………。


「あ、始まった感じー」

「ん? ああ、ほんとだ」


 考え込んでる間にも。

 秋乃たちは既にはけて。

 代わりに、今日の主役たちがステージに立っていた。


『よく来たな! あたいのフリークスども! それじゃライブ始めるぜ!』

『イイェエエエエエエイ!!!』

『今日のライブのチケット代は、可愛い後輩たちのためだから、気合入ってるぜあたいは!』

『イイェエエエエエエイ!!!』




 あ。



 なにか大事なことって。



 告白じゃなくて。



「おもいだしたああああああああああああああああああああああ!!!」



 もういらなくなったのに。

 キャンセルするの忘れてた。


 どうしよう。

 百万円。


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