デザインの日
作中特別編
月だけが知っている
~ 十月一日(金祝?) デザインの日 ~
なにか大事なことをしなければいけない。
しかも、それが単純に。
一つや二つじゃないような気がして。
かつてのように。
一人で考えて一人で過ごしていた頃は。
やらなきゃいけないことを忘れるなんてことは無かったのに。
でも、自分が望んだこととは言え。
こうして関りのある人が増えると。
自分のことを顧みる。
そんな時間が失われて……。
「なんだったかな、俺がやらなきゃいけない事って……」
「グダグダ言ってないで台本書きなさいよあんたは!!!」
こうして。
委員長に耳を引っ張られるわけである。
徹夜明けの教室の窓越し。
俺がぼけっと眺めていたのは。
校庭にそびえ立つ二つのモノリス。
今もお客さんが指を差して、あれは何だと首をひねっているが。
まさかあの中にMFAが格納されているとは夢にも思うまい。
文化祭。
恋と告白だっけ。
世界はそんな華やかなもので染め上げられているというのに。
あの漆黒のモノリスと。
寝起きの俺たちは。
明るい景色の中の異物みたいだなって。
そんなことを感じていたんだ。
でも、今はようやく。
ちょっと華やかな側面を見せて。
みんなに、愛だの恋だの。
そんな気分を思い出させていたのだった。
「おおーーーー!!!」
「あたし初めて見たんだけど、凄いね!」
「可愛いなあ二人とも!」
「分かる! 目が離せなかった!」
アイドル衣装に身を包み。
通しのダンスチェックをしていた佐倉さん。
その隣で、にっこり微笑むのは。
「お前、よく練習する時間あったな」
「頑張れば、明日の劇も見に来てくれる……」
自分の人気をクラスのために。
そんな思いで努力できる女。
でも、優しさの裏に。
ちょっと先を見る事が出来ない近視眼的要素が見え隠れ。
「お前を気に入って見に来てくれたお客さん、相手役の俺に物を投げつけるのでは?」
「そ、そんなハプニングも面白そう……」
「俺以外の全生物はな」
いつもの俺と秋乃のやり取りを。
どこか生あたたく見つめるクラスのみんな。
でも、今日はなにかが違う。
ひそひそと話したり。
携帯でメッセージのやり取りしたり。
「さっきからさ、何をこそこそやってんだよお前ら」
「気にしない気にしない!」
「おお、そうだ! お前、野外ステージの方手伝ってこいよ!」
「盛況らしいぜ?」
「そりゃよかった。でも、今はちょっとでも台本直したい」
……トラ男が言った、野外ステージの方。
これは、俺たちの芝居の一環。
屋外執事喫茶のことだ。
野外ステージの出し物を楽しみに来るお客さん。
その客席へ。
執事とメイドによるドリンク提供。
クラスの三分の一ほどは。
そっちの営業に回ってるわけで。
残るメンバーは。
必死に明日の劇の準備を…………。
「頼むから仕事しろ」
すでにやる気が失せた所に来て。
秋乃たちの通しリハを楽しむと。
誰もが仕事もせずに。
遊び始めちまっていた。
そんな中。
夢野さんの周りに人だかり。
俺もなんとなく輪に混ざると。
この前、目にしたカタログを囲んで。
男子一同が真剣に吟味していた。
「うーん…………。よし決めた! 夢ーみん! これを買うぞ!」
「俺はこれを! ラッピング、可愛くしてくれよ?」
おお、買うんだ。
告白するのに手ぶらじゃ恥ずかしいってのは分かるけど。
でも、夢野さんとこって。
結構高級な宝石を扱う店じゃねえのか?
「お買い上げありがとー。でもー。ほんとに手数料までくれるかんじー?」
「むしろそれは口止め料!」
「ぜってえ誰にも言わないでくれよ!?」
誰にも言うなって。
すげえ人数に聞かれるほどの大声で言ってもさ。
それに、拓海君が好きな子って。
目の前の夢野さんじゃねえか。
「商売熱心だな」
「うんー。パパの会社で新しく始めた事業なんだけどー。保坂くんも買ってみる感じー?」
そう言いながら、手渡してきたカタログ。
バラバラ捲ってみれば、全てのページが。
「指輪?」
「『マイ・ファーストリング』っていうのー。薬指と違って人差し指用で、もっと気軽にアクセサリーとして指輪を楽しみましょうってコンセプトな感じー?」
俺が手にしたカタログに。
正面から手を添えた夢野さん。
ページを戻して。
冒頭のコンセプトを、まるでこちらを見ずに読み上げた。
「手慣れてやがる」
「そうー?」
「でも、人差し指と初めて、かけことばになってるのが気に入った」
どちらもファースト。
じつにセンスがいい。
それに最初のページを捲って改めて眺めてみれば。
なかなか可愛らしいデザインで。
高級感もそれなりにある。
なのに四千円前後という手軽さに。
思わず目を見張ることになった。
「まじか。安いな」
「あら、いいお客様ー」
俺の反応に、お客がさらに増えていく。
気付けばサクラになってしまったが。
これは確かにいいなと。
ページを捲っていくと。
少しずつデザインが凝っていって。
小さな宝石がつき始め。
素材が高級になるにつれ。
お値段も右肩上がり。
よくある手法に苦笑いしながらも。
ちょっと気になったことを聞いてみた。
「指輪なんて、プレゼントとして重くね?」
「うん、重いよー? でも、重く告白してくれるからOKする確率が上がる感じー?」
なるほど一理ある。
「買うー?」
「いや、いらない」
そうとしか返事が出来ん。
だって、誰かにあげるって言っても。
その相手に筒抜けなんだよ、今。
俺は、なんとなく、ステージの最終チェックを終えて休憩する秋乃のことをちらっと見ると。
幾人かがそれを見咎めたらしく。
また、ひそひそ話とメッセージのやり取りが始まった。
「おいこら。やっぱり何か企んでるだろお前ら」
口を尖らせたところで。
みんなは誤魔化すばかり。
でも、秋乃までわたわたしながらメッセージを書いてるから。
俺だけに内緒のサプライズ?
確か去年は。
監督お疲れと、みんなから言われて。
思わず涙を流したんだけど。
今年はパーティーでも開いてくれるのかな。
だったら、気付かないふりしてた方がいいのかな。
やばい、もう感動して涙が出そうになってる。
……そんな俺のポケットが鈍く震える。
あれ? サプライズじゃねえの?
メッセージの差出人は。
秋乃だ。
あいつ、空気も読めずに。
俺にばらしたんじゃあるまいな?
見るべきか、見ないべきか。
俺は考えに考えた挙句。
携帯を開いてみると…………。
< あたしに内緒でサプライズ企画?
気付かないふりしてた方がいいのかな。
「うはははははははははははは!!!」
なんでお前が祝われるんだよ!
まあ、俺も大概自意識過剰だったかもしれないが。
でも。
と、いうことは。
やっぱり、このこそこそのターゲットは俺と秋乃?
「…………不穏」
一体何を考えているのやら。
想像に難くないけども。
ここは早めに。
対策を練っておこうか。
そう思った所へ。
「……保坂ー。買ってみないー? きっとすぐ使うことになると思うよー?」
まさか。
数日前から仕込まれていたこれも作戦の一環だっとは。
俺は体よく断りを入れると。
台本は放置して逃げ出した。
いやはや。
なんて恐ろしい事企んでるんだお前らは。
後半へ続く♪
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます