クレーンの日
~ 九月三十日(木) クレーンの日 ~
※
中華料理のひとつ。挽肉、唐辛子、花椒
などを炒め、鶏がらスープと豆腐を入れた料理
あれから一週間が過ぎ、内通者の存在が明るみになった国連軍では、大規模な粛清と人事異動が行われた。戦争を金儲けや地位の為に使うなんて酷い話しだ。それに巻き込まれて尊い命まで失うことになったんだ、絶対に許せない。
被害にあったドームの修繕費用、労働力、資材、また、工事のあいだ他のドームへ転居しなければならなくなった全市民への補償。それら莫大な費用の半分は国連が負担することになったんだが、残る半分を月面都市が負担することが決定した。今も腕につけた携帯端末から浮かぶウインドウで報じられているが、この影響で
……あの日の翌日、俺はタッキーと揃って部長に辞表を提出した。捕まえた羅弥兎人の処遇が分からない以上、今までのような任務に就く事はできないと思ったからだ。
すると部長は、亮ちゃんと俺たちを秘密の部屋に招き入れて、今まで捕獲してきた羅弥兎人達に会わせてくれた。その子達に抱きついて、嬉しさのあまり大声をあげて泣く俺とタッキーの前で辞表を破り捨てた柚歌さんは、あたしは和平を目指していると言ってるでしょと、だから安心してイタズラっ子達を捕まえてきなさいと話してくれた。
だけどこうして軍に残ったものの、ぽっかりと空いてしまった胸の空白を埋めきれず、ボーッとするばかり。タッキーと共に「マーライオン」の異名で呼ばれるまでになっていた。
非番の日に学校に行っても集中できず、二人して廊下に立たされた。とは言え、今時廊下に立たされるとか、逆に楽しくなって二人でずっと喋って、いい気分転換になったけど。
――俺は、あの経験を経て。
一つ大人になった。
まっとうな社会人と呼ばれる皆から見ると逆に退行と言われるかもしれないけど、俺の中では、綺麗な方に一つ足を進めた気持ちになっている。花を見ても、野菜やお肉を見ても、犬や猫や、赤ん坊を見ても、必ず心の中で『ありがとう』と言うようになったのだ。
みんな彼女のような気がして。
いつどこですれ違っても笑顔でいられるように。
もちろん食事を摂るし花も摘む。羅弥兎人を追い掛け回して、ミスチスタフのことも何体か切った。ボーっとしてたタッキーが地面に落ちそうになった時はラスト・ノーションを使った。
沢山の魂と出会って、別れて。その中で、いつ彼女とすれ違っても良いように、いつもありがとうと思えるようになった。
でも、やはりあの日は戻って来ないんだなあなんて気持ちに周期的に襲われて、未だにこうしてマーライオン。俺は、あれ以来毎日一緒に食事を摂るようになったいつものお客さんを待ちながら、ダイニングテーブルに突っ伏した。
朝食らしく、パンと牛乳。生野菜のサラダとベーコンエッグ。爪楊枝を刺したウインナー。それが大人二人分、おままごとセットで三人分。さらに、俺だけ必ず付け合せるようになった麻婆豆腐。普通に考えればかなり賑やかなご家庭の様相を呈しているせいで、逆に心の空白が際立って辛くなる。
……携帯端末から流れる付けっぱなしのニュースの音。今日は年に一度の『開花祭』だから、さっきからコーナーとコーナーの合間に必ず、月の遥か上空から撮影された九十九の様子が映し出されていた。
これは本来、年に一度行われる発光パネル装置のメンテナンスの日なのだが、数キロメートルに及ぶパーツが一斉に開き、太陽光が直接ドーム内に降り注ぐ特別な日でもある。ドームという形状のため、発光パネルを大量に貼り付けた各パーツは上の方が尖った形になっていて、上空からこれが開くところを見ると、半球体のドームの表面に、まるでダリアの無数の花びらが開くように見えるのだ。被害に遭ったドームも発光パネルに影響はないため、今年も月面都市、三十四機全てのドームが同時に開く様子を見ることができるだろう。
今は太陽に照らされた三十四個の真っ黒なつぼみが白い月面に張り付き、五分後に迫った開花の時刻を今や遅しと待ちわびていた。
「うーーうーーうーー」
「んぱ~」
「きゅきゅーー! きゅーー!」
どうやら、大人より先に子供たちの方が先に起きて来たようだ。俺の部屋に開けられたこいつらの通用口のうち、今日はクローゼットの引き出しからの登場だ。このまま机に突っ伏していると、机に登るための体のいいスロープにされてしまうため、俺はよっこらせと姿勢を正してみた。
するとあんちゃんを先頭に、んぱ子、りすぼんと俺の横を通り過ぎ、三匹はテーブルの右手前の足をよちよちと登り始めた。なんでこいつらは普段こんなに機動性がないんだろ? すわとなったら全速力で走る俺から軽々と逃げることができるのに。
とは言え、そのよちよち行動を咎める気などあるはずも無いのだが。テーブルの足から天板へのオーバーハングへ手をかけたあんちゃんの顔面に手をかけて登るんぱ子。その足にボーっとした顔でぶら下がるりすぼん。さあそこからどう動くんだい? こいつら見ているだけで半端無い癒し効果だ。
タッキーもこいつらがいてくれるお陰で、それなり回復した。俺も少しは笑顔を取り戻しながら、テーブルの縁でにっちもさっちもいかなくなっているこいつらに改めて感謝した。
が。
次の瞬間には。
その笑顔がひきつる。
「勘弁してくれ……」
俺の視界で繰り広げられる面白映像。そこに、新たな出演者が次々と参加してきたのだ。
まず、んぱ子の足にぶら下がるりすぼんに、四匹目と五匹目がぶら下がった。さすがに耐え切れなくなって落ちそうになるあんちゃんのお尻を、六匹目と七匹目がぎゅうぎゅうと押し上げる。さらに八……、九……、はあ、もうどうでもいい。
見る間にテーブルの足へ群がる十数匹のミスチスタフ。これはこいつらなりの配慮らしく、元気のない俺とタッキーを見て友達を連れて来るようになったんだと、俺は思ってる。最初は面白がっていたんだが、その数は日を追うごとに増えて行く。こんなの十匹を超えたらただの嫌がらせだ。
そしてこうやって全員が登頂に成功すると、テーブルの四分の一が占拠されるようになって狭苦しい。さらに。
「あ、おい」
こうやってころんころん落っこちるやつが現れるから落ち着いて食事がとれやしない。
「まったく、後ろには注意しろといつも言ってるだろ……? って! お前ちっさいなあ!」
俺は机から落っこちた、十センチくらいしかない、首輪に宝石をつけた新入りをちょっと優遇してテーブルの真ん中に置いてやったんだが、立った姿勢でもマーキーズの方が長くて思わず笑ってしまった。
そして、そのちっこいのは何かきょろきょろ探し始め、宝石を引きずりながらテーブルを走ると、俺のウインナーから楊枝を抜いてしまった。
「それ、ガリガリ引きずってんの見てると、どっきどきする」
歩きながら割れるんじゃねえの、そのマーキーズ。俺は苦笑いしながら新入りを見つめていると、爪楊枝を振り回しながらよちよちと歩いたこいつは俺の方を向いてぽてっと座り、右手に持った爪楊枝で麻婆豆腐をぺちぺち叩いて、鳴き声をあげた。
「にー! にー、にー! にー!」
頭だけオレンジ色に塗られた顔に。
見覚えのあるピンクのお出かけワンピース。
甲高い鳴き声をあげながら。
新入りは、俺をずっと見上げていた。
「入るわよー! わあ! 凄い増えたねえ! みんなおはよー! うわっ!? ……なに泣いてんのよあんた」
タッキーの腕の携帯端末も、お祭りの映像を流しっぱなしにしていた。そんな彼女は俺の顔を、気持ちの悪い生き物を見るような目で見つめながらテーブルに手をかけてゆっくりと椅子に腰掛ける。
バカにしてられるのも今のうちだ。まあ見てろ、すぐに俺と同じ顔にしてやる。
――携帯から流れる中継の声。いよいよ、開花までのカウントダウンが始まった。
さあ、ご飯を食べながらお祭りの様子を皆で見よう。
「ご飯がまずくなるわよ、とっとと泣き止みなさい。じゃあみんな、手を合わせてー! いただ……」
「おかえり!」
「……あんた、ほんと大丈夫?」
「おかえり!」
カウントがゼロを数えたその瞬間、空から降り注ぐ光が、全て消えた。
そして、本物の太陽が作り出す光のカーテンが幾重にも折り重なりながら空に現れたかと思うと、見る間に大きな奔流となって月面都市を眩く輝かせた。
俺達の世界に、三十四個の月の花が咲いた。
月に咲く花のように 完
~´∀`~´∀`~´∀`~
なにか大事なことをしなければいけない様な。
そんな気がしていたんだが。
思い出せない、と、言うか。
思い出す暇がまるでない。
もう時間がない。
ひとまず、台本より先に必要な小道具と大道具、衣装の指示を飛ばしまくる。
「小道具班! こてこて中世風な剣と盾を五セット! 大道具! 階段が滑り台になる仕掛けを二つ! 衣装! メイド服を五着! 大至急!」
「きゃー! 監督、かっこいい!」
「きゃー! 監督がドS!!」
「うるせえ、キリキリうごけ! あと脚本!」
「あっは! セリフ書き起こしたよ! キャストは全員すぐに読み込みしてね!」
よし、ひとまず手が空いた。
あとはストーリーにラーメン屋台と空中ブランコをどうねじ込むか。
…………いや。
どうねじ込めってんだこんなの。
「立哉、メイドだけじゃなくてバニーガールも出してくれ」
「立哉~。ポロリだらけの水着大会も入れて~?」
無視だ無視。
だって今は……。
「知ってるか、お前ら。あと十二時間で文化祭始まるんだぞ?」
「楽しみだな!」
「楽しみ~!」
もうバカは放っておこう。
じゃないと文化祭初日を台本書きして過ごさなきゃならなくなる。
そう、明日は祝日。
三日間にわたる文化祭の初日。
どうして今年は秋分の日が十月一日になったのか。
そんな謎も気になるけれど。
今はとにかく、バニーとポロリをどうストーリーに盛り込むか……。
「ちげえ! ラーメンとブランコだ!」
「バニー」
「ポロリ~」
「うるせえなあ! 俺だってそっち見たいわ!」
聞く人が聞いたら眉根を寄せるようなカミングアウト。
でも、そんな大声をあげても誰も気にせず黙々と、あるいはギャーギャーと作業を続ける夜の教室。
すでに文化祭マジック。
さっきから、ナチュラルに好きな異性の名前とか。
下ネタも飛び交ってるほどだ。
すべてをさらけ出す文化祭準備。
壊れてなんぼの文化祭準備。
「みんな! 寝袋借りて来たわよ!」
「来た来たー!」
「これが無いと文化祭は始まらない!」
「俺、鈴村と一緒に寝袋に入る!」
「じゃあ俺は佐倉だ!」
「しね!」
「こいつら、校庭に転がしとけ!」
どうして文化祭前日には。
みんな、学校に泊まりたがるんだろう。
そしてみんな。
どうしてここまでぎりぎりにならないと。
俺を手伝おうって気にならないんだろう。
そんな応援団の団長が。
いびつなおにぎりを皿に乗せて。
俺の前に差し出した。
「うはははははははははははは!!! 今日も赤いなおい!」
「ま、麻婆豆腐と一緒に握ってみた……」
「皿に崩れて、手じゃ食えねえけど。ありがとな」
「そして爪楊枝……」
「おれはちびらびか」
ちょっと休憩とばかりに。
紙皿を折って、マーボおにぎりを口に流し込む。
これはレトルトの奴だな。
下手に手作りされるよりはましだが、ちょっと寂しい。
「ブランコならお手伝いできるかも……」
そして秋乃は。
手伝いを買って出てくれたんだが。
ミニカーのクレーン車を二台出して。
そこに紐でブランコ作られても。
「ストーリーにどう入れるかって話してるんだ」
「それは立哉君の仕事……」
「それに、ワイヤーアクションがあるからクレーン車使う訳に行かねえだろ」
「ワイヤーアクション、無いよ?」
無いよ? じゃねえ。
なぜおまえが決める。
「クレーン車は、モノリスのフタを開くのに使うだけだから、前半なら巨大ブランコ可能」
「待て待て。俺はワイヤー無しで、どうやって飛べと?」
「飛行実験はうまくいった」
「…………どうやって、飛ぶ気だ、貴様」
「MFAは、ロケットエンジン……」
ああ、見える。
客席に落下して、明日のニュースで全国デビューするマッドサイエンティストの顔写真。
いかにその目を黒線で塗りつぶそうと。
それみたことかとお前の親父がバズーカ砲持って俺の家に乗り込んで来るだろう。
「危険だから却下」
「安全……」
「なわけあるか。せめて命綱があるなら話は別だが」
「命綱を付けたら、危険……、だよ?」
「どういうことよ」
「命綱が燃える……」
ああ、そうか。
エンジンの炎で燃えちまうんか。
「それならやっぱり却下」
「ステンレス繊維でも?」
なにそれ、燃えない素材なのか?
なんだか分からんが。
こと、科学については信頼しよう。
「じゃあ、今から作れるか?」
「まずはミニチュアで実験……」
そして工作を始めた秋乃は。
いつものように、あっという間に模型を作り上げる。
そんな白銀のMFAに。
ワイヤーが引っ掛けられて。
その端が、クレーンに括りつけられてる。
「……まあ、それなら落っこちる心配ねえな」
「では、着火」
そして秋乃は。
俺の模型についたミニエンジンのスイッチを押すと。
クレーン車ごと飛び上がって天井に激突して。
俺の脳天に落下した。
…………なるほど。
俺は明後日、そんな感じになるんだな。
俺は、却下の指示も出せずに。
みんなより一足早く眠りについた。
もう、台本は諦めよう。
勝手に明日からの文化祭を堪能しよう。
そもそもみんな。
台本通りに芝居するわけねえんだからな。
「立哉が寝た~」
「よっしゃ! それじゃ書き直そうぜ台本!」
「バニーバニー!」
「ポロリポロリ!」
「出せるかそんなもん! 俺の血と汗と涙の結晶を何だと思ってやがる!」
…………気絶してる暇もない。
こんなクラスに、誰がした?
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