女性ドライバーの日


 ~ 九月二十七日(月)

    女性ドライバーの日 ~

 ※対牀夜雨たいしょうやう

  兄弟仲良し。



 炎と黒煙と、動かなくなった数体のタートルタイプ。そんな中心部を囲むように、無数のタートルタイプがお互いを殴り合って暴れていた。途中、空から見下ろしたタートルタイプの軍勢も当初の報告以上、かなりの数だったのだが、せめてここにいる連中が戦列に加わらなくて良かったと心から思う。


 そんな同士討ちの舞台の中央。満身創痍の羅弥兎人が、理性を失った同胞を見据えて対峙していた。


「いた! ちょうちょとテツ!」


 ――ちびらびを、空から落とした『先生』。その正体は知らないけど、すべてのセンサーに引っかからないとか、一体何に乗ってここまで来たのか。さらに、どうしてわざわざこいつを俺たちの元に届けたのか。


「ちびらび、にーとお姉ちゃんとこに来たいって言って良かった! おやくにたつからね!」


 置いていくと言ってはみたが、泣きべそをかかれては仕方ない。どこで手に入れたのやら、ルナマテリアで出来たぶかぶかの胴鎧を着こんだちびらびが、胸の中から二人を指差した。

 サキと似た症状。明らかに普通じゃない様子の羅弥兎人については、さっきの勇敢な二人から聞いていた。ルナマテリアを盗み出し、月面ドームの外、監視の目が光らない場所で回収するために使っていた労働力は、このタートルタイプの大群と、それを操る……。


「くそっ。捕えた羅弥兎人に酷いことしやがる」


 軍の人間だから、手が回せたのだろう。人間より強い羅弥兎人を、非道な手段で操って、悪事に加担させていたようだ。だが、恐らくサキの時と同じように、テツと呼ばれた少年の暴走によってこんな事態が巻き起こったようなのだが、彼と戦っている

少女は一体誰なんだ?


「ちょうちょ! ちびらび、てつだうね!」

「おいこら飛び降りるなバカ!」


 するっと腕から零れ落ちて、地上へ向けて落下していくちびらびを見て、悲鳴を上げたタッキーが慌てて急加速。でもその黒い機械の手が届く前に、ちびらびはテツ君の上にぴったり着地。空からのボディープレスが見事に決まったその瞬間、タートルタイプ達による同士討ちはぴたっと止んだ。


「だ、大丈夫なのか二人とも!?」


 慌てて降下してみれば、寂しそうにしながらも平気な顔をしたちびらびが立っていたんだが、こいつが見つめるその先では、伸びたテツ君を、ちょうちょと呼ばれていた少女が肩に担いでいたのだった。


「ちょうちょ! テツ、おかあさんとこに連れてくの?」

「…………お前に話すことは何もない」

「うん……。テツ、なんか病気みたいだから、早く治ると良いね!」


 テツ、ちょうちょ。サキ共々、ちびらびよりいくつか年上に見えるようだが、知り合いなのだろうか。よっぽど激しい戦闘だったのだろう。ちょうちょちゃんは疲れた表情でちびらびのことを見つめていたんだが、その表情が一瞬だけ緩んだように見えた。


「ああ、そうだな。早く治そうな」

「うん! ご飯一杯食べると良いんだよ? ……そうだ! ぼーどーふーってのがいいと思う! あれ、楽しい!」

「楽しいってなんだよお前。……なあ、後ろにいるの、お前の新しい親か?」

「まだわかんね! でも、今日から一緒にお家に住むの!」

「そうか。…………こんなやつだが、幸せにしてやってくれ」


 ちょうちょちゃんは、八歳くらいの風貌に見合わぬ慇懃な態度で俺にお辞儀をすると、そばにいた全てのタートルタイプを率いて穴の中へ降りて行ってしまった。そんな彼女を追うように、各地に展開していたタートルタイプがこぞって引き上げて来る様子が映像付きで送られてくる。

 ……ん? この映像、誰が撮ってるんだ?

 なにか引っかかるものを感じた俺が、黒煙で覆われた空を見上げると、ぽこぽこと頭を叩かれて邪魔された。


「なんだよ」

「あれ……? 大変!!! テツ、いなくなったのに! あれが動く!」

「お前はもっとゆっくり話せ。あれって何か説明を? ……うおっ!?」


 ドームはその構造上内部に月震を伝えない。つまり、今俺が感じている揺れはドーム内で何かが振動しているに他ならない。


「あれ! せんせーが言ってたやつ! 軍が作ったばけもの!」


 叫ぶちびらびが指を差した先。地表をめくり上げながら、巨人が起き上がった。

 虹色の光を走らせるルナマテリアでできた体に筋肉も骨も無いわけなのだが、その体躯を表現するのに筋骨隆々という言葉が最も相応しい。そんな屈強な肉体にのる牛の頭、この異形は。


「ミノタウロス?」


 思わず口をついて出てしまった単語に、タッキーも同意を示す。その、視覚的にも凶悪を感じさせる敵が中腰から直立へ移行していくと。


「でかい……」


 高層ビルを優にしのぐ圧倒的な巨体が、俺たちの視界を真っ白に染め上げて行った。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 おいお前。

 ちょっとは手伝う。

 そう言ったはずだよな?


「なにそれ」

「免許……」


 これ見よがしに。

 原付免許を掲げるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 勝手に台本作成を請け負って。

 土日の間、ちょっとしか手伝いに来ないと思ったら。


「俺の堪忍袋、エコバッグ並みの耐久性しかないって知ってるよな?」

「も、持ち運びの利便性を取ると、どうしても生地が薄くなる……」

「エコバッグの話をしてるんじゃねえ」

「エコバッグの話してたくせに……」


 堪忍袋の話をしてるんだ。

 おまえはどうしてそうなんだ?


 人に面倒ごと押しつけて。

 免許なんか取りに行ってたの?


 ……しかも、なんだか。

 先に大人になられた気がして。

 すげえ腹立つ。


 そんな俺の気持ちも知らず。

 おにいさんに、喜び勇んで報告に行く後姿。


 なんだろう。

 俺は、こいつのことが好きなのか嫌いなのか。


「……だんだんわからなくなってきた」

「なにを?」


 うわびっくり。

 そばにいたのか、愛さん。


「ねえ、なにを?」

「あ、いや、えっとですね……」


 半ば愚痴。

 誰かに同意を得たいという当たり前の心理。


 同級生とかならともかく、愛さんならよかろうと。

 俺は、なんとなく胸の内を語ってみたんだが……。


「そっっっっっくり!」

「は?」

「もうとっとと何とかしないと! そのうち、もうどうでもいいやーって考えなくなるわよ!?」


 なんでだろう。

 凄い剣幕で叱られたんだが。


 これ以上話してると面倒なことになりそうだ。

 とっとと話題を変えるが吉だろう。


「それにしても、なんであいつ、免許なんか取ったんだろ」

「ああ! それはあれのせいよ!」

「あれ? …………うおっ!?」


 愛さん作の台本を読んでいたせいだろう。

 俺は、そばに転がっていた木の棒を剣に見立てて思わず構える。


 そんな俺の目の前には。

 白い、艶やかなボディーのタートルタイプがマーキーズをきらりと輝かせていた。


「これ…………、作ったの?」

「そ、操縦可能……」


 そんな乗り物の上に座っていた秋乃が何やら操作すると。


 足についた車輪で後退。

 前進。

 その場で旋回。


「すげえな。電動?」

「ううん? 50ccエンジン」

「あ……。なるほど」


 秋乃が免許を取った意味。

 ようやく理解した俺が手招きすると。


 こいつは、タートルタイプの上からひょこっと顔を出す。


「なあに?」

「お前……。これに乗りたいから、取った?」

「そ、そうだけど……」

「私有地で運転する場合、免許いらないって知ってた?」


 運転免許証。

 公道を走るのに必要な免許。


 いや、詳細は知らないけど。

 でも私有地なら、免許が無くても。

 もっと排気量が大きいカートにだって乗れるんだ。

 多分間違いない。


 そんな俺の言葉を聞いて。

 がーんと、ショックを受けると思っていた俺だったが。


 秋乃は。

 予想外の反応を見せた。


 つまり。

 逆に捉えたんだ。


「じゃ、じゃあ、免許があるから公道走っていいんだ……!」

「うはははははははははははは!!! 違う違う、そうじゃなくて」

「ちょ、ちょっと駅まで行って宣伝して来る……」

「人の話聞けよ! まてまてまてまて!!!」


 慌てて止めに入る俺たちを振り切って。

 校門から滑り出したタートルタイプ。


 もちろん、ナンバープレートも無い乗り物が公道に出て良いはずもなく。


 俺は、お巡りさんに叱られてるこいつになんとか追いついて。

 ただの巨大ラジコンだと苦しい言い訳をさせられることになった。



 ……そして、なぜか解放された秋乃の代わりに。

 俺がお巡りさんから説教を聞かされ続けているんだが。


 どうしてだろう。

 最近、めちゃくちゃな秋乃の罪を。

 俺が代わりに全部被ってる気がしてならねえ。


「…………君の苗字、本当に保坂?」

「そうだよ。何度も言ってるじゃねえか」


 そしてお巡りさんたちは。

 俺が、誰かの弟に違いないと。


 しきりに疑い続けていた。


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