清掃の日


 ~ 九月二十四日(金) 清掃の日 ~

 ※慧可断臂えかだんぴ

  強い決意の宣言




 タートルタイプとの戦闘は、一言で言えば、フェンシング。切っ先をすべてかわしてこちらの剣を先に叩き込む。ただ、敵は俺たちのどこを掴んでも有効打になるのに対して、こちらはマーキーズだけが当たり判定というハンディキャップマッチ。


「あぶなっ!?」


 地上を滑るように進む事が出来るタートルタイプの四肢は、触れただけで何でもくっ付けることもできる。薙ぎ払うように俺の足を狙った左前脚からの攻撃を、間にフローティングポイントを挟んでぎりぎり回避。捕まれたら最後、何があってもその手を離すことが無いからな、こいつら。

 軍の制式MFAだと、掴まれた瞬間、その部分の装甲板をパージして逃げる。それに対して俺たちのMFAは腕や足に直接装着するような構造をしていて、余分な装甲板が無い代わりにフローティングポイントで防御する。

 そして戦闘に剣を使う理由は、壁面が全てルナマテリアで覆われた洞窟内では跳弾が大変なことになるし、ドーム内では構造体に致命的なダメージを与えかねないからというわけだ。


「こなくそっ!!!」

「…………撃つねえ」


 まあ、こういう例外もいるけど。


 左手装備の射撃武器。減衰弾での攻撃が、地表に雨あられ。いくらすぐに消えて無くなるって言っても、万が一とか考えないよね、君。


『呑気なこと言ってないで! そっちの二体は任せたわよ!』

「一匹だけでも精いっぱいだよ」


 口では文句を言いながらも、俺の周りに二十三枚浮遊する盾型のフローティングポイントのうち五枚を操って一匹を抑え込みつつ、慣れない剣でもう一体と対峙する。


 ……危なかった。間一髪だった。

 逃げる人々の列へあと一歩と迫ったタートルタイプに強引に体当たりして止めたタッキーは、そのままマーキーズを破壊して次の獲物へ飛び掛かる。そして遅れて到着してみんなを護りながら周囲を警戒していた俺に、悲痛な叫び声が届いた。

 急いでほしい。そう彼らが口々に叫んだのには理由があって、おとりになって敵をひきつけている二人組がいるという事だったんだが……。


『とりゃ!』


 タッキーの気迫のこもった一閃。右手に握った黒刀が、移動中のタートルタイプを下から打ち上げる。浮かせてしまえばこっちのもの。空中で二転三転するタートルタイプのマーキーズ目掛け、タッキーが左腕に装備したガトリングを乱射すると、見事に赤い宝石が砕け散った。

 それと同時に、腰回りに浮かぶ黒刀のうち一本を俺が押さえ付けていたタートルタイプに振り下ろして連続撃破。なんというマルチタスク。そんな彼女に対して、俺の体たらくと言ったら。


「ごはっ!」


 タートルタイプにフローティングポイントの一枚を掴まれたと思ったら、そのまますごい勢いで射出されて見事に俺に命中。こいつ、フローティングポイントの上で後ろに走りやがったな? 頭のいい個体もいたもんだ。

 自分の武器で吹き飛ばされた俺にのしかかろうとする巨体。でも、二対一の時点で雌雄は決していたんだ。手の空いたタッキーが、タートルタイプの頭上からヤツの背中に飛び乗って、そのままマーキーズを破壊した。


 ひとまず、近辺の敵対勢力は無し。まずはこいつらを引き付けておとりになっていた二人を探さなきゃ。俺はウィンドウを展開してフローティングポイントに搭載したカメラからの映像を確認すると、目と鼻の先から声をかけられて驚かされることになった。


「た、助かりました! もう限界だったんで……」

「二人がかりでこの子たちの制御を奪おうとしていたんですが、私達より相手の思念が強いのか、まるで歯が立たなくて」


 そう口にした二人が、赤い目で俺のことを見上げる。彼らがタートルタイプを引き付けてくれていたんだ。羅弥兎人は、全部が全部同じじゃない。

 まだ幼さの残るこの二人がどうしてドーム内で暮らしているのか、それは分からない。でも、今回彼らに助けられた皆さんは、羅弥兎人への認識を改めることだろう。


「後は任せて! 皆さんを安全なところまで護衛するから!」


 タッキーの言葉に、疲労困憊だったんだろう、二人はその場に崩れ落ちる。そんな子供を抱きかかえるのは俺の仕事。亮ちゃんをいつも抱っこしてるわけだからな、慣れたもんだ。俺はゆっくりとMFAの大きな両手を地面に付けて、二人がおっかなびっくりそこへ上ったところで……。


「どこから出てきたの!?」


 タッキーが大声を上げて俺の機体を飛び越え。背後から襲い掛かろうとしてきたタートルタイプに剣を振り下ろす。そしてつかず離れずの混戦の中、じりじりと押されて迫って来る。


「地下に隠し通路があるんです!」

「この子たちに貴重な品を運ばせて、私腹を肥やしてるやつがいるんです!」


 二人の羅弥兎人は慌てて説明するが、今はそれどころじゃない。しゃべるなと短く命じながら、俺はMFAを急いで起き上がらせた。だが、判断が遅かった。隠し通路で働かされていたらしいタートルタイプが、地表を食い破ってもう一体。不意を突かれた俺は慌てて後ずさったんだが間に合わず、左腕のパーツをがっちり掴まれてしまった。


 万事休す。このまま振り回され、地面に叩きつけられるのは必至だ。二人の羅弥兎人たちも、なけなしの力を振り絞ってこいつを制御しようとするが、どうやら効果が無いようだ。

 せめて二人は助けてあげたい。乱暴にはなったが、手の平から地面へ放り捨てたと同時に、俺の機体は無理やり持ち上げられた。



「おんぷちゃん! ストップストップ!」



 ……覚悟を決めた俺の耳に飛び込んできたのは、聞き覚えのある舌っ足らずな声。

そんな声が、タートルタイプの上に落ちてぐへっと呻きながら大きくバウンドする。


「ちびらび!?」

「うへえ! 結構いたかった! せんせー、なかなか無茶する!」


 そして、腕を放された俺も、ぐへっと呻くとちびらびはお揃いだと大笑い。


「いや……、え? お前、どうしてここに?」

「おやくにたとうとおもって!」

「そりゃ、役に立ったけど……」


 気付けば、タッキーが相手をしていたタートルタイプも大人しくなっている。俺は、羅弥兎人それぞれに差があるとさっき感じたばかりだが、その能力についてもこれほどの差があるのかと目を見張った。


「にー! この子たち、お家に帰ってもらっていい?」

「大丈夫なのか? 途中で制御奪われたりしないか?」

「そんな余裕、無いんじゃないかな……。あんだけたくさんの人たち相手に戦う気みたいだし」


 何の話かとレーダーを見てみれば。俺たちの後方から進んで来る、やっと動き始めた軍勢に対してタートルタイプが戦列を整えている様子がうかがえる。向こうで何があったのかと、ペアで固定していた無線を開いてみれば……。


「亮ちゃんが指揮執っとる」

「おお! それなら安心ね!」

「じゃあ、俺たちはこの三人連れて撤退するか?」

「だめ! 急がないと!」


 一件落着と思った所へ、ちびらびの甲高い声が響き渡る。タートルタイプの背に座りながら彼女が指差す先は、敵陣ど正面。


「急がないと、たいへん! テツ、凄いの動かそうとしてる!」

「てつ?」

「にー! ちょうちょといっしょに、テツを止めて欲しいの!」

「なんのこっちゃ」


 俺は、命を救ってくれた娘を胸に寄せて、その話を聞くことにした。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 ロボの製作ばかりか。

 資材なんかも提供してもらって。


「一番高かったの、ペンキ代くらいか?」

「必要そうなものは全部、OGの方が差し入れしてくれた……」


 そう返事をしながら。

 ステージ横に建設途中の巨大なモノリスを眺めるこいつは。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 お金の心配もなくなって。

 文化祭も開催されることになって。

 なにやら、秋乃が思い悩んでいた感じも消え失せて。


 ようやく他のことを心配できるようになったところで。

 はたと気付く。


「なにもできてねえじゃねえか!」

「グッドグッド! 伝統よ、これも!」


 愛さんは、カラカラ笑っているけども。

 さすがにこれはまずかろう。


 現在の台本を見せろと要求してみれば。

 手渡された紙切れ一枚のポンチ絵じゃ何もわからん。


 だというのに、あっちでは執事服が大量に作られ。

 こっちではバスケ部によるトランポリン練習。


「どうすんだよこれ!」

「みっともないものは見せるなよ?」


 現場をまかせて、クラスまで来ていたお兄さんはそういうが。

 手遅れだと思うぞ、俺。


「そもそも、なにを演じる気なんだ?」

「……今の状況をそのまま伝えていいか?」

「不安でしかないが断る選択肢がない」

「月面を舞台にした義理と人情のカーチェイスは女子バレー部の愛憎の末に今宵のコテツは血に塗れて ~黎明編~ 麗しき執事の珈琲と共に。同時上映、陶芸にかける青春はダンクシュートパフォーマンス。コスプレもあるよ」

「……あと十文字か」

「だから何が?」


 いやまあ、言葉の意味は分からんけど。

 突っ込みだということは理解できる。


 一旦、全員を落ち着かせて。

 意見集約する必要があるだろう。


 ……でも。

 そんな議題をテーブルに乗せたら。

 お鉢が回ってくるのは明白だ。


 藪はつつきたくない。

 でも、なんとかしないといけない。


「ああ、監督! 手が空いてるなら、頼みたい事が……」

「さあ秋乃! ばんばん設計図書け! 俺が屍を拾ってやる!」

「よ、よし来た……」


 こいつの家に行った時。

 何度か見かけたことのある光景。


 秋乃がアイデアを書くと。

 大体、ノート一冊分が死滅する。


 書き書き。

 びりっ。

 ぐしゃっ。

 ぽい。


 あっという間に古典的な作家の部屋みたいになった秋乃の周囲を。

 ほうきとチリ取りを持ってあくせく働くふりをする。


 こうでもしてないと。

 絶対、台本作成を押しつけられる。


 でも、秋乃はポンチ絵を手に取ると。

 所狭しと書き込まれた、みんなのやりたいことを眺め始めて。


「……がんばらなきゃ」


 なにやら。

 不穏なことをつぶやいた。


 俺には分かる。

 一年半もの付き合いだ。


 こいつは、みんなの気持ちに敏感で。

 そしてなんでもやりたがる。


「お前は、十分頑張った。そして今は、ロボのことだけ考えてればそれでいい」

「シナリオ、書きたい」


 やっぱり。

 おいでなすった。


「…………いいか? お前は、十分頑張った」

「シナリオ、書きたい」

「しょうがねえヤツだな。そこまで言うなら応援はしてやる」

「手伝っ」

「応援はしてやる」


 何を言われても上書きだ。

 早押しクイズはお手の物。


「あたしがほとんど書」

「応援はしてやる」

「立哉君は指摘してく」

「応援はしてやる」

「全部ひとりで書く立哉君を」

「応援はし……、うはははははははははははは!!!」


 トラップ仕掛けるなバカ野郎。

 俺を俺が応援してどうする。


 軽くチョップをしたものの。

 こいつは、依然真剣そのもの。


「ちゃんと、あたしが書くから」

「はあ……。半々ぐらいなら、手を打とう」

「九分九厘、あたし」

「…………九割一厘は、俺って意味か?」

「ど、どうしてわかったの!?」

「うはははははははははははは!!!」


 呆れた秋乃に改めてチョップ。


 するとこいつは。

 笑顔で、ぽつりと宣言するのだった。



「お、応援はするから」



 ……ぜったいこいつ。

 応援しかしねえと思う。

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