フィットネスの日


 ~ 九月二十二日(水)

  フィットネスの日 ~

 ※空前絶後くうぜんぜつご

  これからも、今後も。二度と現れない

  であろう非常に珍しい事。




 空前絶後。って程の物じゃないけど。

 空調故障という珍しい現象のせいで、薄着になったお隣さんの方を向けなくなった俺。天宮あまみやけん

 そんな俺が座っていることが、なかなかレアなこの場所は、学校だったりするわけだ。


 衝撃的な事件。自分の一生を決定づけたのかもしれない決断。怒涛の一日を終えて、まるで寝つけぬまま一晩明かした朝。たまの登校でも、こうしてみんなは親しげに俺をいじって来る。


「よ! ヒーロー! 久しぶりじゃねえの!」

「うるせ。その名で呼ぶなっての」


 もちろん、このあだ名に敬意は無い。おちょくる気百パーセント、悪意の塊だ。

 みんなは、俺たちがミスチスタフ相手に暴れるお遊び部隊だと信じて疑わない。でも、昨日みたいなこともあるから軍人なんだぜ?


「ちびらびが言ってたの、ほんとかな」


 人気者のタッキーの周りにはちょっとした人だかりができていたんだが、俺がお構いなしに声をかけると、仕事の話だからとみんなを遠ざけてくれた。そして真っ赤な長髪を軽く掻き上げながらこっちを向いて、真剣な表情でひそひそと話し出す。


「……だとしたら、あんたのとんでも兵器、秘密兵器でもなんでもないじゃん」


 いやまあ、不思議兵器なことは疑いようも無いんだが、それを細かく説明したところでタッキーは不機嫌になるばかりだろう。俺は適当に相づちを打って、彼女の感情的な理論に耳を傾けつつ、自分自身でも改めて考えた。


 この月面では、命はどこにでも浮かんでて、誰かを応援したくなったら結晶化する。ちびらびは、結晶化した魂をどうやって器に入れるのか、その仕組みについては知らないと言っていたが。何かにくっ付くと、意志を持って動き出すらしい。


「普通は、羅弥兎人に寄っていくって言ってたわよね? それも応援したい相手?」

「さあ……。でも、一つだけ確かなことがあるとしたら」

「うん。なに?」

「俺の『最後の発明品ラスト・ノーション』は、その命を散らせたエネルギー使って物理法則を無視した加速を生み出してるってことだよな」

「そうなの? 結晶化したのが砕けたって、魂が消えるわけじゃないんでしょ?」


 まあそうなんだけどと返事はしたものの、それが納得とはかけ離れた言葉だということはこいつにはっきりと伝わっている。なにが気に入らないのよと、昨日の晩は何度も怒鳴り散らされたけど、随分遅くまで平行線のやり取りをすることになって、理解はできないけど俺の気持ちをようやく尊重し始めてくれていた。

 その時、不意に天井から涼しい風がそよぎ出す。まる一時間かけて、AIを積んだ修理ロボットが作業し続けてくれたおかげだろう。……魂のない、自分で考える機械であるAIロボット。生前の記憶がどんどん消え失せていくという、浮遊するだけの魂。そんな魂で動くミスチスタフ。


「いやはや。生き物の定義ってもんが俺の中で大きな謎になった」

「魂が宿ってたら生き物なんじゃない?」

「じゃあやっぱり、俺、あんな兵器使う訳に行かないぜ」

「ふうん。……まあ、そう思うならそうすればいいんじゃない? 柚歌さんには叱られることになると思うけど」


 予鈴に紛れたせいでタッキーの言葉は途切れ途切れに耳へ届くことになったが、はっきりと聞こえた単語を拾って、話を続ける。


「柚歌さん、はやく戦争終わらせたいって言ってるよな、いつも」

「羅弥兎人と一緒に暮らす世界はもうすぐそこだーってね。……ほんとに、早く実現してくれないかしら」


 タッキーはそう呟くと、胸の前に両手で柔らかく球体を作る。昨日、その空間にずっと丸く収まっていた少女。彼女と胸を張って一緒に出掛ける日が本当に来るのだろうか。


「そのためにもさ。あんた、柚歌さんの研究を真面目に手伝いなさいよ」

「手の平、一瞬でひっくり返しやがった! どっちなんだよ!」

「いいじゃない。別に殺す訳じゃあるまいし」

「一度砕けても、また宝石になるって分かってるけどさ」

「そうしたいって思ってくれるから、力を貸してくれるって話じゃない?」

「あんちゃんも、んぱ子も、りすぼんも。そのために会えなくなったら、俺は生きていけない」


 はっと、息を呑む声。そう、お前のきつい目がそうして垂れると思ってたから言いたくなかったんだ。俺は慌てて話題を変えようとしたんだが、そんな時、胸ポケットに挿した通信機が淡く光った。

 非番とは言え、状況確認は軍人としての義務。俺たちは浮遊ウィンドウを目の前に三枚浮かべて情報を頭に叩き込んだんだが、普段よりも精細に、普段より素早く目を通し終えることになる。


「おいおい。また菊理媛くくりひめドームにタートルタイプ?」

「前回の五倍。三十体って言ったら、大隊規模……」

「いや、それより! 最も近くにいる兵力って言ったら!」

「グスタフ・カーン!」


 蘇る昨日の悪夢。俺たちはそんな悲劇を止めるべく、平和な『非常』から、血なまぐさい『日常』を目指して駆け出したのだった。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 空前絶後。って程の物じゃないけど。

 異常気象というそれほど珍しくない現象のせいで。

 薄着になったお隣さんの方を向けなくなった俺。

 保坂立哉。


 そんな俺が座っていることが。

 なかなかレアなこの場所は。


 学校だったりするわけだ。


「立っとれ」

「そうだよな。座ってるなんておかしいと思ってた」


 久しぶりに聞いた気がするこのだみ声に。


 あろうことか。

 久しぶりに立てることに高揚している俺がいる。


 でも、ウキウキしながら扉を開いたところで。


『あー、二年、保坂立哉。舞浜秋乃。至急校長室まで来るように』


 自分のクラスはおろか。

 廊下を渡って全てのクラスからどよめきが聞こえるほど衝撃的な呼び出しがスピーカーから響いてきた。


 これはもちろん。

 文化祭についての結果報告。


 果たして開催か。

 あるいは作者の多忙による中止なのか。


「……作者ってなんの話だ?」

「ざ、ざんねんでした……」


 気付けばすぐ後ろに立っていたこいつ。

 舞浜まいはま秋乃あきのが言い放つ。


「残念って!? お前、すでに結果知ってるのか! やはり作者なのか!?」

「た、立てなくて残念だったね……」

「ああなんだ! びっくりしたよそっちかうはははははははははははは!!! 立てなくて残念ってどういう意味だ!!!」


 ほっとして納得してからのふざけんなでチョップ。


 なんで叩かれたか納得いかない様子の秋乃を引き連れて。

 俺は校長室を目指して歩き出す。


 果たして開催か。

 あるいは…………。


「そうだ忘れてた。ほんと何の話だ? 作者って」


 頭に浮かんだ意味不明な単語のせいで。

 最大限の不安に駆られながら、重厚な扉を三度叩くと。


 中から響く、重々しい校長の声。


「グッドグッド! 入ってよ保坂ちゃん! 舞浜ちゃん!」

「お前の部屋なんかい!」


 まだ閉まってる扉にツッコミという名のノックをもう一つ入れると。

 咳払いの後、神経質な教頭が扉を開けてくれた。


 そんな校長室の中には。

 教頭先生と校長先生。

 他にも、なんだか偉そうな人たちが居並ぶ中で、愛さんがへらへら笑っているんだが。


 堅苦しそうな大人は苦手。

 そんな秋乃がビクビクしてる。

 

「署名の話なのだがね」

「しょ、処刑?」

「うははっ! ……こ、こら。やめねえか」


 なんでそう思ったの?

 たまにお前の脳みそ、信じられない方に向かって回転するよね?


 思わず噴き出した俺は、お偉いさんの冷たい視線を浴びてあわてて口を押さえたんだが。


 愛さんの立っているそば。

 応接テーブルに積まれた紙の束を見つけると。


 途端に頬が際限なく緩みだす。


「それが署名……、だよな? え? こんなに!?」

「グッドグッド! なんと、一万人分!!!」

「はあ!? なんでそんなに集まるの!?」

「今は携帯でぽちっとだからね! そいつをプリントアウトすると、ド迫力!」

「いやいや! そんな事でいいのか!? ちゃんと自署じゃねえとダメなんじゃねえのか?」

「問題ないと思うわよ? 法的な効力を求めるものでは無いのですから」


 そう教えてくれたのは。

 ニコニコと、優しそうに微笑むお婆様。


 口の悪い俺ですら、そう形容せざるを得ねえ。

 品のよさ、人のよさ、包容力と寛容さ。

 そんなものが見ただけでひしひしと伝わって来る。


「では、校長先生? 早速、彼らにも結果を伝えてあげてください」

「そうですな、理事長。……文化祭は、無事に開催されることになったよ」

「やった……っ!」


 場所が場所だから、これが限界。

 俺は小さくガッツポーズを作った後、秋乃と握手を……?


 あれ?

 あいつ、どこ行った?


「コホン! 理事長へしっかりお礼を言っておきたまえよ?」

「そりゃ構いませんけど、なんでですか、教頭先生」

「君たちがきっかけでこのような騒ぎになったというのに、そこを決して追及しないようにと最初に言ってくださったのだよ」

「あら教頭先生? 彼らがきっかけになったと未だに思っていらっしゃるのですか?」


 ニコニコ顔の理事長に。

 慌てて頭を下げる教頭先生。


 なんと言うか。

 人間の格が違う。


「グッドグッド! まあ、とにかくそういう訳だから! あとは全力でふざけて、一生忘れられない文化祭にすると良いわ!」

「愛さん、御礼遅れたぜ。ありがとうございます」

「あはは! なんで保坂ちゃんが御礼言うの? あたしがやりたいから署名集めただけだってのに!」

「……じゃあ、なんでそこまで?」


 当事者ならともかく。

 自分の書いた劇が行われるならともかく。


 そのどちらでもないのに。

 どうしてそこまでしてくれたんだ。


 俺が訊ねると、愛さんはそうねえと呟いた後。


「人から人へ。……繋がっていくから、伝統が生まれるのなんじゃないかな。灯籠流しの時に、保坂ちゃんだってそう思ったでしょ?」

「人から人へ……」


 気付けば、視線を上に向けていた愛さんは。

 先人から受け取ったバトンを意識しているんだろう。


 それに対して、俺の視線は下へ。


 後輩へ伝えていかなければと。

 繋いでいかなければと、心からそう思う。


 そして。

 秋乃はというと。


「お前は、今を必死に生きてるな」


 先日お披露目したバニーのかっこで子供用ビールをそそいで回ってたかと思えば、今は教頭の前で正座中。

 でも、教頭の叱る理由が。


「大人びた顔と胸を考えろってどういうことだ、腹立つな」

「でも、一理あるわね」

「まあ、一理あるけど」


 そして秋乃が。

 罰として、署名を職員室へ運び出すよう命令されたが。


 さすがにこれは手伝おう。


「おいおい、段ボールいくつも持ち上げようとするな。無理に決まってるだろ」

「で、でも、罰だから……」


 いつまでも、自分のせいだと思い悩み続けた秋乃にとって。

 ちょっとでも自責の念が晴れるのならば。

 確かに罰も悪くないとは思うんだが。


「多すぎるって。よく三つも持ち上げたな」

「い、一歩も動けない……」

「当たり前だ。こっちは俺が持つから、お前は残った一つ持ってついてこい」

「じゃあ、パス……」


 俺が、段ボールをしっかり胸に抱え込んだところで。

 秋乃が手を放す。


 すると驚きの超重量にあっという間にバランスを崩して。


「ごひん!!!」


 仰向けに倒れて。

 段ボールに押しつぶされることになった。



「このミニロケットエンジンごと貸せばよかった……」

「か、完成していたの!? じゃなく、バッドバッド! 大丈夫? 保坂ちゃん!」


 大丈夫じゃない。

 一万人もの皆さんの想い。


 想いだけに。

 重い。


 どたばたと騒ぐみんなの声が薄れゆく中で。

 でも、どうしてだろう。


 おれには、秋乃が。


 もう一つ何か。

 大きな問題を抱えているように感じていたんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る