ファッションショーの日
~ 九月二十一日(火)
ファッションショーの日 ~
※
魚も鳥も恥ずかしがって
隠れるほどの美人
MFAの基地も兼ねる、巨大な新兵器開発部のビル内に作られた、部長専用ラボ。建物の図面上には存在するこの施設だが、その図面のどこを見ても出入口が無い。実際には下水道へ続く三か所の扉と部長執務室に出入口が存在するのだが、その存在と開け方を知っているのはこの施設を利用する者達だけだった。
「じゃあ、せんせー! 赤い宝石って、器に入れるまでの順番待ちのあいだでも、人形にくっ付ければ動くことができるの?」
「てめえはこっちの話聞いてないで算数のドリル早く終わらせなさいな。それに、前にも説明したわよ? それが出来なきゃミスチスタフはどうやって動いてんのよ」
国際連合月面軍新兵器開発部部長、
夜のこの時間。彼らとの貴重なふれあいの時間。柚歌は、戦災孤児のみんながいつか外に出ることができるようになるその日のために、こうして先生として過ごすのである。
「それとその銃と何の関係があるの?」
「だからこっちの話の腰折るなっての。この強烈な磁力を放射する銃をうまく使えば、戦争が早く終わるって話よ」
教卓の上に置かれた十センチ角の銃口を持った兵器は、科学者としてもトップクラスの実力を持つ彼女による発明品。今は十メートル程度の射程距離しかもたないが、これを大出力化させることが出来れば強力なカードになる。
「せんせー。続きー」
「ああ、そうね。もっかい言うけど、これは誰にも話しちゃいけない事だからね?」
「分かったー」
「魂は、頑張ってる人を見て応援したくなると結晶化する。結晶化すると、神様が拾って順番に器に入れてくれる。器に入れる前に何かにくっ付くとね、勝手に神様のとこに転がって行くのよ」
「だからあいつら、神様と同じ目をした俺たちに寄って来るってわけか!」
「……お前もう、ドリルはいいから廊下に立ってろ」
少年が涙目になって、教室に再び笑いが起きたその時、ドアが開いた。一斉に赤い瞳が見つめる中、堂々と遅刻してきたオレンジ髪の少女は、ぱっつんに切り揃えた髪をゆらして自分の席に着く。
「ちびらび! どこ行ってたんだよ!」
「おせえぞおまえ! 御飯の時は早いくせに!」
「ああ、いいのよいいのよ。ちびらびは任務に行ってたんだから」
「またちびらびが行ったの!? 連続じゃん!」
「いいなあ……。あたしも、人気者になりたい……」
だが、巨大な夢に善だけで挑めるはずはない。元来イタズラ好きな彼女らしく、羅弥兎人達をつかったマッチポンプが柚歌にとっての悪人の顔であった。
「巨大液晶画面にモザイクとか! あんた、爆笑だったわよ? でもそのあとどこ行ったのよ? うちの部隊に追い払われなきゃ宣伝にならねーでしょーが」
「あのね? せんせー。ほんとにイタズラすると人気者になれるの? お外で生活できるようになるの?」
「そう教えてやってるでしょうが」
「でも、イタズラしちゃダメって。桜子お姉ちゃんが」
「桜子にそんなこと言われたの?」
「それでね? ちびらび、にーと桜子お姉ちゃんと一緒に暮らそうって言われたんだけど、せんせーに聞いてこなきゃわかんねって言ってわぷっ!?」
『暮らそう』という言葉の直後、猛烈な勢いで教室を駆け抜けた柚歌は、少女におもいきり強く抱き着いた。
「でかしたっ!!! お嫁に出すの、あんたでようやっと三人目!」
「それ、ちびらび分からないよ? 一緒に暮らすってなに?」
「その前に一つ聞かせなさい! にーって誰?」
「なんだっけ。桜子お姉ちゃんと一緒にちびらびのこと捕まえようとする、うだつのあがらなそうな男の人」
「剣か! なんだあの二人そんな関係だったの!?」
「ねえ、一緒に暮らすって、なに?」
「あんたにパパとママが出来たって事よ!」
途端に羨望と祝福の声で大騒ぎになる教室内で、事態をようやく把握した少女は柚歌の顔を見上げながら奇声を発して喜んだ。
「かーーっ!! そしたら、あの二人を寮から出さなきゃバレるわね! 基地の近くに一軒家作ってやるかー!」
「ねえ、ちびらび、今日からパパとママんとこ行ってもいい?」
「また電子セキュリティーゴリゴリにした豪邸建ててやれば庭で遊ぶくらいはできるかも。でも三件目ともなるとさすがに経費で落としたら怪しまれるわね……」
「ねえ」
「ああ、はいはい。さすがに明日からにしなさい。いい? 引っ越すまで絶対静かにしてるのよ? 桜子にも言われるだろうけど、バレたら大事になるんだから」
「わかった! ほんじゃ、荷物取って来る!」
そう言い残すと、ちびらびは教室から飛び出して、そしてあっという間に戻ってきて机の上に唯一の私物を乗せた。乳白色の表面に虹色の光が走るルナマテリアルで出来たぶかぶかの鎧。それは、月面の無重力領域で行き倒れになっていた彼女を拾った時、唯一身に付けていたものだった。
「……そういや、こんなの着てたっけね、あんた。これ、なに?」
「お母さんが、おうち追い出した時にくれたの!」
そして少女が鎧に頬をすりすりさせるが、彼女の表情とは対照的に、何かに気付いた柚歌は顔色を変えてルナマテリアの表面へ手を這わせる。
「なにこれ……。どこまで巨大に変形するのよ。それに、背中側……」
光の走り方から、どう変形するのかルナマテリア研究に明るい科学者なら推測が可能だ。この鎧は磁力を加えると薄く長く、花弁のような物をいくつも生み出し、数十メートルに及ぶ巨大な花に変形する。だがその花弁は、背中側からも前に向かって伸びるはず。
なにを思って、この子の母親はこれを着せたのだろう。磁力の無い月面なら、彼女の身を守ってくれると思ったのか。それとも、彼女の身をズタズタに切り裂くことが望みなのだろうか。
「ねえ! そしたら、ちびらびの名前はさくらこちびらびになるの?」
呆然としていた柚歌は、甲高い声を聞いて我に返る。そしていつも通りとぼけたことを言い出す子にため息まじりにこう言った。
「そうね。英雄と同じ苗字なんだから、『
「うん! わかった! そんじゃれんしゅうすんね!」
「それよりあんた、この鎧は……」
「ちびらびの名前は、うるしまちびらび! 六歳!」
間違ってるぞと、笑いで満たされる教室内で、ただ一人。鎧を見た時以上の衝撃を受けて、顔面を蒼白にさせた女性が、震える口から言葉を絞り出す。
「…………あんた」
「なに? せんせー!」
「漆間だったの…………、ね?」
「うん! ちびらびは、うるしまちびらび! 六歳!」
「…………八歳よ、あなたは」
最後にそう呟いた柚歌の口元には。
その善悪をはかることなど叶わない笑みが浮かんでいたのだった。
~´∀`~´∀`~´∀`~
校庭に、ほぼ完成した特設ステージ。
ライブやゲームなんかが行われるこのステージで、俺たちも芝居をすることになるらしい。
「まあ。それ以前に文化祭が出来れば、な」
「そ、それ……。先生が心配するなって言ってくれるけど……」
「気になるのは分かるけどさ、休み時間ごとに先生んとこ行くなよお前」
「面倒だからって、メアド渡された……」
見つかったら、別件で問題になりそうなことになってるこいつは。
そんなこいつと、どうしてステージ前なんかにいるのかと言えば。
「で? 脚本はどうなったんだ?」
「グッドグッド! 結論だけで言うとね?」
「おう」
「…………この二台は、出るわ」
「そっちに俺はいねえぞ?」
仕草だけで愛さんがニュアンスを伝えると。
お兄さんは、すべての状況を察した上で。
「気合入れるぞお前ら! 工務店の宣伝とか考えるな! 自分の手で、月面戦争を終結に導いた主人公の機体を作るつもりで取り掛かれ!」
「それはいいっすけど、主任! 早く続き渡してくださいよ!」
「気になって眠れねえっすよ、俺!」
「モノづくりは、愛情! お前らのありったけの愛を込めて作業しろよ!」
「誤魔化すな!」
「くそう! なんで毎日五ページずつなんだよ!」
なんだか、酷い方法で後輩を煽るお兄さんなんだが。
ちょっと参考になるな。
俺が頭のメモ帳に、モノづくりの根幹と人遣いの極意について書きこんでいると。
お兄さんは、溜息まじりに俺の方へ向き直る。
「……で? ほんとは?」
「出ることは出る。それはマストってみんなに話してあるから」
「前みてえな使われ方か……。ちょっとは派手に使ってくれよ?」
「任しといて欲しい。なんだか、それを目当てに来る人がたくさんいるって聞いたからな」
「今は、どんな感じの台本なんだ?」
「月面を舞台にした義理と人情のカーチェイスは女子バレー部の愛憎の末に今宵のコテツは血に塗れて ~黎明編~ 麗しき執事の珈琲と共に」
「…………三行までにとどめておけよ?」
「それ、なんの呪文なんだ?」
愛さんと同じことを言うお兄さんが。
頭を掻きながら離れていく。
そんな俺のそばに残された二人のマッドサイエンティストが、試作品談議に夢中になってるから。
俺は仕方なく。
完成したステージでリハーサルやってるファッションショーを眺めてみた。
三年生有志と被服部。
さらにショービズ愛好会と音響同好会、ライティング友の会による共同イベント。
まるで本物と見まごうばかりのショーは佳境を迎え。
どうやら、トリを飾る綺麗な先輩が姿を現したんだが。
……トリはトリでも。
ありゃあ、雛さんじゃねえか。
もともと、綺麗な人だとは思っていたけども。
衣装のせいで別人に見える。
よく、テレビで見かける奇抜なものじゃなくて。
町で見かけてもおかしくない、そんな服なのに。
綺麗だし可愛いし真新しいし。
ちょっとセクシーで、それでいてかっこいい。
どんな男子でも声をかけたくなるけど。
絶対声をかける事なんかできない。
そんな女性に変身してる。
……秋乃も。
機械じゃなくて、あんなの作る才能があったらいいのに。
ああ、でも。
それはそれで困るな。
付き合うどころか。
しゃべることすらできなくなる。
最近、たまに意識しすぎて。
無言になっちまうことすらある相手。
もともと綺麗なのに。
もともと好きなのに。
どんどん綺麗になって。
どんどん好きになる。
……って、思ってんだからさ。
「最後の一行をウソにするもん俺に向けるな」
こいつが構えるメカメカした銃は。
台本に登場していた磁力銃。
「子供みてえな真似すんな」
「で、でも……。ようやく完成した……」
「既に台本から消えてるぞ? 銃」
「せっかく途中まで作ったから……」
片手で持つには少々大き目。
ほんとに磁力とか打ち出せそうなごつい代物。
「……張りぼてに、何時間費やしてるんだ?」
「違う……、よ?」
「まさか。ほんとに磁力を打ち出す銃を作り上げたのか?」
「さ、さすがにそれは無理……。ただの強力ドライヤー……」
「だよな」
「でも、この距離で撃ったら気絶させることくらいはできる……」
「いやいや。さすがにねえだろ」
どんなお化けドライヤー食らっても。
気絶なんかしねえ。
「じゃ、じゃあ、スイッチオン」
「いやいやちょっとま、ぶはっ!?」
うわ!
小さなボディーに見合わぬ強烈な突風!
後ろにでんぐり返りすることになって頭を打ったが。
最近、やたら食らってる暴力のせいで慣れたのか。
俺は、痛みに耐えて、気絶することなく立ち上がった。
「わっはっはっは! 秋乃、破れたり! 気絶などせぬわ!」
「きゃあっ!!!」
「ん?」
背後から上がった短い悲鳴。
俺は、条件反射で振り返ると。
さっき、心の中で大絶賛してた美女が。
突風のせいで捲れたスカートの向こうに白いなにかをちらつかせて。
そして、凝視していた俺の顔面に。
ステージ上から、ピンヒールによるドロップキックがさく裂した。
…………勘違いすんなよ?
俺は、打撃によって気絶したんだ。
けっしてこれは。
桃源郷を垣間見たせいじゃねえ。
そういうことにしといてくれねえか?
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