お父さんの日



 ~ 九月十三日(月) お父さんの日 ~

 ※合歓綢繆ごうかんちゅうびゅう

  男女が親しく愛し合うこと




 『損耗二割。なおも交戦続く』


 月からの報告を受けた国連は、大規模な軍隊を月面裏側へと派遣することを決定した。人類が初めて出会う知的生命体、それが自分達とまったく同じ姿かたちをして月に住んでいたのだ。そんなセンセーショナルな事実を世界へ発表するタイミングを探っている間にも、国連軍は『羅弥兎人』と、彼らが率いる『タートルタイプ』とに大敗を喫する。0Gでの戦闘に苦しめられ、さらに絶対に壊れない素材であるルナ・マテリアで作られた『タートルタイプ』に手も足も出なかったのだ。

 軍は一時撤退、なんとか反撃への道を探りながら周辺を調査していくうち、またも重力に変調のある地域を発見した。十二万平方キロに及ぶ無重力エリアに囲まれた中央、二万平方キロほどのその地は、地球とほとんど変わらない重力を有し、高地ばかりの月面裏側において数少ない平坦な土地であった。国連はここに基地を構え、月居人との交戦への橋頭堡とした。

 大きな兵力を永続的に維持する必要がある施設には南極から大量の氷が運ばれ、酸素を精製するために植物が準備された。それらを霧散させないために、完全密封型のドームで基地を囲み、太陽光を一度取り込んで低減衰による再照射が可能なパネルが備え付けられた。国連は、軍のために月面へ永住できるほどの環境を作っていったのである。


 そんな時、一体何の思惑があってか、日本政府は国連へ『月面都市計画』を提案した。日本から、労働力となる永住民を提供すると言い出したのだ。この提案は三度もの国連会議を経て、反対国を多数抱えながらも可決に至った。

 それを受けた日本政府はマスメディアを上手く使い、知力、体力、家柄などに優れた人材を集め、月面へと送り続けた。数千人もの住民が田畑を作り、都市機能を作り、ここで生活し、子を産み、育てていった。


 これが、月面都市群『九十九つくも』の始まりである。


 都市機能を直後に持つ国連軍は活性化し、洞窟からわき出してくる、タートルタイプを尖兵とする羅弥兎人達の攻勢をことごとく退け、ついに洞窟内部に防衛基地を建造するに至った。しかし、資金源をほとんど持たない『九十九』はこれ以上発展することが出来ず、執拗に襲い来る羅弥兎人に対し、次第に疲弊していった。


 移民開始から十年、月面都市は限界を迎えていた。都市の運用費用のほとんどが国連からの微々たる補助金という有様なうえ、環境に倦んできた国連軍が都市部に対して金銭的、実質的な暴力を振るうようになっていったからである。住民は逃亡したくても退去は認められず、月面都市はまるで奴隷街と化していた。

 そんな中、一人の女性が地球への脱出を果たした。

 彼女は軍の権力者に取り入り、軍内部で派閥争いによる内紛を扇動した上で緊急脱出のためのシャトルに潜り込んだのである。彼女は地球に降り立つなり、月面軍の派閥争いについて即刻対処しないと月面都市は終焉を迎えると声高に説明した。その詳細な状況説明に物的証拠、国連は全幅の信頼を寄せて事態の調査官を派遣した。


 それから二週間。内紛は収束を迎え、月面軍が羅弥兎人への備えを万全にしたことを確認したところで、彼女は国連に対して月面都市の惨状を改めて説明した。国連は彼女の説明を話半分で聞いていたのだが、内乱の一件で恩のある彼女のために調査をしたところ、その発言を裏付ける証拠がこれでもかと報告された。事態を重く見た国連は、ここで三度その女性の発言を取り入れることになる。月面に議会を設置し、国連軍が文民統制される形を取り入れたのだ。そして初代議長にはその女性……、天宮あまみやさえ子が就任することになった。

 国連は今回の失地回復と月面都市への資金援助増額という二つの意味で、彼女をプロパガンダとした。彼女の英雄譚をメディアで紹介し、彼女の演説をテレビ中継し、もともと自分達で起こした不手際が発覚するより以前、いや、それどころか史上最高の支持を全世界から得るまでに至ったのだ。


 月面に議会が出来て三年、月面議会議長、天宮さえ子は任期を終えた後もメディアを通して地球への呼びかけを続けた。だがそのほとんどは資金援助についてのお願いで結ばれるため、視聴者からの支持は下がる一方になっていた。

 とにかく月には資金源が無い。

 このことを懸念し続けた彼女は、ある時茶色の毛並みを持ったぬいぐるみ……、ミスチスタフから一通の手紙を受け取った。その手紙に書かれていた『始まりの場所で会おう』という見覚えのあるクセをした文字を目にした彼女は、これまでより精力的に動き出した。

 まず、軍に対し、タートルタイプの回収履歴を要求した。が、驚いたことにもみ消された形跡すらなく、まったく回収できたことが無いという事実が判明した。

 歩兵三十人がセットになって一体を相手にするこの剣呑な敵を撃破するシーンは実際の戦場でも確認したことがあるが、羅弥兎人はルビー状の宝石、マーキーズを破壊されたタートルタイプを、必ず他のタートルタイプに回収させていた。

 そこには秘密があると考えたさえ子は、さらに深く考えた。そもそも、あのルナ・マテリアはどこかに存在するものなのか、と。地球人の手では加工の方法すら存在しない物質は、どこから持って来た物なのか、と。


 彼らは地球で確認されたことが無い。当然、月から出ていない。ならば、あの素材は月にあるのではないか。そう考えた彼女は、特別仕様の掘削機を準備した。

 そして、発見したのだ。月の内部、流体層の中に存在する天然のルナマテリアを。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 みんながみんな、もくもくと作業を続ける文化祭準備。


 文化祭自体は楽しい。

 でも、いまいちその姿勢に覇気はない。


 理由なんて簡単だ。

 だって、まったくの部外者が作った台本で劇をするなんて。


 自分たちの文化祭。

 そんな当たり前がどこにも無いのだから。


「……秋乃は、去年の文化祭、何が楽しかった?」


 監督として、この事態を何とかしなければならない。

 俺が解決のためのヒントを求めた相手は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 芝居自体が楽しかったのか。

 みんなで台本考える事が楽しかったのか。


 本番当日か。

 前日までのドタバタ騒ぎか。


 その辺りを聞こうと思ったんだが。


「小野君が夢野さんに告白したのに、当の相手がいなかったこと」

「告白大会の話かい」


 その時、細井君が夢野さんを誘って体育館のフォークダンスに行ってたんだよな。


 未だにあの三角関係は続いてるけど。

 俺には、二人とも脈が無いように思えるんだよな。


「それ以外は?」

「あとは……? どこかで笑った、かな?」


 そういった楽しいじゃねえし。

 あと、他人の不幸で笑うんじゃねえ。


 しょうがないから秋乃は放っておいて。

 インタビューして歩いてみると。


 案の定。

 というか。

 危険域。


 みんなの不満は、爆発寸前だったようで。


「しまった。こんな状態で不満はあるか? なんて聞いたら火に油」

「な、内乱勃発……」


 席に戻ったところで。

 同時多発的に声が上がって行った。


「どうせ劇やるなら、もっと楽しいのにしたい!」

「たしかに。真面目過ぎて飽き飽きする」

「俺は剣と魔法の冒険劇がいい」

「お客さん巻きこんだりとか?」

「そうそう! そういうやつもいいな!」

「月面バスケ部の物語にしようぜ~?」

「そもそもあたしは執事喫茶やりたい」

「それなー!」


 良かれと思って大惨事。

 どうしようかとわたわたする俺の気持ちを汲んだ秋乃が、肩を叩いて首を左右に。


「手遅れって言うな!」

「言ってない……。心の底から思ってたけど」

「え、えっと……、みんな! 聞いてくれ!」


 去年の功績。

 そんな貯金が効いたよう。


 みんなは俺の呼びかけに、一斉に口をつぐんで。

 そのまま視線だけを俺に向けた。


 よし、助かった。

 あとは口八丁手八丁、みんなの不満をはぐらかせば……。


「グッドグッド! 今日も放課後まで残ってくれてありがとね!」

「ぜんぜんグッドじゃねえ!」


 教室後ろのドアから。

 諸悪の根源が顔を出したもんだから。


 不平不満の一斉砲火。


 そんなみんなの剣幕に。

 一瞬、目を白黒させた愛さんだったが。


「ああなんだ。そんなことか」


 そう口にして、みんなの剣幕をヒートアップさせたかと思うと。


 後ろ黒板に、カッカッと字を書いて。

 あっという間に全ての文句を沈黙させた。


 『あなた達の文化祭なんだから

  好きにやればいいのよ?』


 そして飄々と秋乃の席まで来ると。

 分厚いコピー用紙の束を俺に手渡す。


「はい! 残り半分、入稿ね!」

「いやいや、そんなことより」

「ん?」

「好きにやればいいってどういう事さ」

「どうもこうも。あなたたちの文化祭なんだから、みんなのやりたい事を全部盛り込めばいいでしょ?」


 全部!?

 できるわけねえだろ!


 それに……。


「委員長買収しといてどの口が言う」

「バッドバッド! たしかに!」


 そしてケタケタと楽しそうに笑う愛さんが。

 ふと、窓の外から遠くを見つめてにっこりと微笑む。


 昔、似た様なことがあったのよ。

 表情でそう物語ったようにも見えるが。


 それを仕切るのは……。


「頼んだぜ、クラスのお父さん!」

「任せたぜお父さん!」

「せめて監督と呼べ」


 まったく。

 なんでもかんでもできると思うなよ?


「なあ愛さん。勝手なことせんでくれる?」

「平気よ! なるようになるもんだから!」

「いい加減なことを」

「そ、そうか……。あたしは、やりたいことできると思って気にしてなかったけど……」


 秋乃が、今更みんなの気持ちを汲み取ったようで。

 俺の方を見つめて来る。


 そうだな。

 みんな、早速芝居に何を盛り込もうか考え出したようだし。


「しょうがねえな。できる限り俺も頑張ろう」

「グッドグッド! じゃあ早速、舞浜ちゃんのやりたい事やろうか!」


 そう言いながら、図面を広げた愛さんに。

 秋乃は、上目遣いに首を横に振る。


「と、当日じゃないとできない……」

「へ? どゆこと? 舞浜ちゃんのやりたい事って?」

「告白大会」

「うはははははははははははは!!! そんなにも!」

「し、失礼とは思うけど、失敗シーンが面白い……」


 ほんと失礼だな。

 まあ、笑えるものとして気に入ってるようだしそこはしょうがない。


 でもな?


「……芝居の中で告白するって言ったら、主人公がヒロインにすることになるけどいいのか?」

「あ……」

「そして、お前の望みは?」

「おもしろ大爆笑玉砕……」

「何か言いたい事は?」

「ごめんなさい」

「うはははははははははははは!!! それどっちの意味!?」


 失礼なこと言ってごめんなさいなのか。

 告白を先払いで断ったのか。


 いずれにしても。

 そんな恥ずかしいシーンだけは。


 盛り込んでやらないからな?

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