屋外広告の日


 ~ 九月十日(金) 屋外広告の日 ~

 ※大山鳴動たいざんめいどう

  大仰なのに結果が大したことない




 全てが統一規格。五階建てのビルが立ち並ぶビジネス街の対向車線上。

 前方に広がる破壊の渦は、ここで食い止めなければならない。


『こなくそーーーーーー!』


 その道路のど真ん中、地上を滑走してきたタートルタイプの突進をMFAの巨大な手と体を使って受け止め、ロケットブースターの爆音を辺りに撒き散らしながら、なんとか停止させることに成功した。


『ちょっと! なに悠長なことやってんのよ!』


 華麗に宙を舞い、剣を振るいガトリングを撃ち放つタッキーは、既に二機のタートルタイプを撃破していた。タートルタイプはルナ・マテリアで出来ている。つまり一切の打撃も受け付けない。つまり、タッキーが破壊したのは、マーキーズ。魂そのものなんだ。


「くそっ……!」


 あんな話を聞いた後だから、まともに戦えやしない。押さえ付けるのに精いっぱいだ。軍人という道を選んだ時に、覚悟はしていたはずなのに。

 力比べを続ける俺の目に、剥き出しの魂が写り込む。これを破壊するなんて……。


『ちょっと目をつぶってなさい!』

「うわっ!?」


 一匹のタートルタイプを長剣でなぎ倒したタッキーが、俺に向けてガトリングを雨のように浴びせる。すると、自動で防御のために動いた盾形のフローティングポイントからの跳弾が、目の前で輝いていた宝石を打ち抜いた。


 軽いガラス細工のような音を伴って破砕されたマーキーズ。真っ赤で、そして透明な粒子となって飛び散った宝石が、そのまま空気へとけて消えるとともに、タートルタイプは、そのまま微動だにしなくなった。


『よくやった二人とも。あと一機、十一時。剣はそちらの足を止めておけ。桜子はMFAを下りて三時二百メートル先の羅弥兎人ラビットを確保しろ』


 きっと監視カメラをハックしたんだろう。我らが隊長、亮ちゃんからの作戦指示が飛ぶ。さっき、あんなとんでも真実聞いたってのに落ち着いてら。さすがは歴戦の勇者だ。

 かつて『デス・サイズ』の異名で最前線で戦い続けた知将。その指揮で倒したタートルタイプは千を越え、捕えた羅弥兎人は十人以上。そんな十七歳の悪魔が、なんでこんな閑職をやっているのかは知らないが。


「亮ちゃんの指揮に間違いなし、だな」


 今の俺なら、羅弥兎人を前にしても何もできない。それならタートルタイプを押さえ付けている方がまし。そう判断されたんだろうと思いながら、いつもより愚鈍な機体をようやく加速させて、乳白色の『生き物』が遥か彼方で破壊の限りを尽くしている姿をメインカメラの端に捉える。


 機構はまったくの謎。ルナマテリアの一体構造なのに、そのずんぐりとした四肢は自在に動く。そんな手足は、地面を滑るように走ることも、物体を張り付けることもできる。


「……生き物、か」


 俺に気付いて、正面を向けて身構える敵。お前にも、名前があるのか?

 また怖気づいて、スロットルを弱める。だが、そんな俺の耳に、舌っ足らずな叫び声が響いてきた。


『たいへん! てんぽちゃん、そっちにいったの!』

『こら子供! ……聞いての通りだ、桜子はすぐに搭乗!』

『了解! ……え? きゃああああ!!!』


 タッキーの悲鳴が耳を叩いた瞬間、血液が沸騰したような錯覚を覚えた。


 <俺は、殺せるのか?>


 かつて聞いた、タッキーの言葉が蘇る。弱い者の前に真っ先に立つ正義の壁。

 俺は、タッキーと初めて会った日のことを、両親の口喧嘩を前に泣きじゃくる少年の前に、誰よりも先に立ちはだかった勇敢な彼女の瞳を思い出していた。


 <俺は、殺せるのか?>


 今、一番辛い思いをしている少年の心をいち早く護りたい。彼女がいつも体現しているこの気持ちは、俺の夢となった。俺が自分に課す、俺が俺である為の、絶対不変のルールになった。

 ……左端にT、右端にLと書かれたパワーゲージが『L』の側に振り切っているのを確認した俺は、途端に視界が真っ赤に染まっていくのを感じた。


 <俺は、殺せるのか?>


 タートルタイプの強靭な力に、生身の人間などひとたまりも無い。

 今、一番怖い思いをしているのは、俺の愛した女だ。


 <だったら、考えるまでもないだろう>



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 そう。考えるまでもない。


 俺は、弱者の前に真っ先に立つ、『最速の盾』になる。



 ――コードネーム、『最後の発明品ラスト・ノーション』。発動。



 機体を振り向かせると、真っ赤に染まった視界がビルを透過し、数キロ先を滑走するタートルタイプを捕える。タッキーに肉薄する白い影。あれは、敵だ。


「おれが! 護るんだ!!!」


 こんな巨体に搭載された未知の装置。叫び声をあげた俺のMFA、全てのパーツの後方に、氷が軋む音を幾千と重ねたような異音をギシギシと放ちながら、真っ赤な水晶が生まれる。

 そして機体の数十倍もの水晶が、一斉に砕け散る音が響き渡ると。



 ズ・ドンッ!



 物質が。

 『速さ』に変換された。


 ほぼノータイムで秒速四百メートルに達した俺のMFAは、ビルを貫通し、金属同士の激しい衝突音を響かせながらタートルタイプへ激突した。

 そして俺が最大パワーの逆噴射を続けて、数十キロ離れた空の上でようやく停止すると、ビルに突き刺さったまま微動だにしないタートルタイプを足下に捉えた。


 俺は、通常の人間では絶対に耐えられない急加速と、マッハに晒された体のどこにも異常がないことと、視界の色が元に戻っていること、ラスト・ノーション・ゲージが左端の『T』に振り切れていることを確認した後。


 ぽつりとつぶやく。


「また……、どこかで、な。テンポ」


 残った一体のタートルタイプも、なぜか停止している。だが、俺にはそんな謎なんか考える余裕はない。


 ビル群から未だに上がる黒煙群を遥か前方に見つめながら。

 俺は、思う。


 今夜は、きっと。涙を零しながら眠りにつくことになるのだろうなと。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「がんばえー」

「が、がんばう……」


 スポンサーと簡単に言ってくれるが。

 俺たちには未知の世界。


 まずは初級レベル。

 いやその前にチュートリアル。


 そんな気分でやって来たのは。

 品出し中の購買だ。


「ぶ、文化祭でロボを作りたいのでお金ください」

「バカ浜、本気で言ってるのか?」


 秋乃を見つめる冷たい瞳。

 その名はもちろんカンナさん。


 普通、チュートリアルって成功させることが目的のはずなんだが。


 どうやらこのゲーム。

 魔王に倒されるところから始まるらしい。


「こら返事位しろ。本気か?」

「い、今の反応を聞いて、本気じゃないことにしたくなった……」

「しょうがねえヤツだな。ほれ、これやるからでかでかと宣伝しとけ」


 そして手渡される十円玉。

 もちろん、こんな金額で何もできやしない。


「どうする? この流れで駅前に向かうか?」

「ま、まだ諦めない……」

「いや。それ使うのやめね?」

「う、撃たれたくなければ、五千円位出して?」


 秋乃は、試作中だという五分の一スケール。

 滝野機のガトリングに十円玉を装填すると。


「まてまて俺のモノローグ。今、装填したの?」

「弾が無いと、ただの鈍器……」

「そうじゃなくて。コイン撃てるの? それ?」


 頷いてるけど。

 ほんとかよ?


 薬莢が飛び出る作りになってるじゃねえか。

 十円玉の外枠とか吐き出されるの?


 あるいは。

 十円玉を一発撃つたび。

 一円玉が吐き出されたりして。


「さあ、五千円ほど……」

「やなこった」

「発射」

「うわやめろ!!!」


 カンナさんを守る最速の盾とばかりに。

 俺が慌てて飛び出すと。


 ぺんと情けない音をあげたガトリングガンから。

 呑気にクルクル回転しながら飛び出した十円玉が。


 俺の頭を越えて。

 カンナさんの手にポトリと落ちる。


「うはははははははははははは!!! 見掛け倒し!」

「なんだそりゃ? コイントス用マシンか?」

「ま、まだ試作中……」

「じゃあ、裏か表か」

「裏」

「正解したから、これはかえしてもらう」

「ぎゃふん」


 なんというマルチルートのシングルエンディング。

 もともと攻略不能な敵なんだ。


「もう諦めて、駅の方行くぞ、秋乃」

「そ、そうしよう……」

「なんだお前ら本気だったのか?」


 きびすを返した俺たちを。

 カンナさんが呼び止める。


「冗談だとでも思ってたのか?」

「お前ら、ロボ作るんだよな?」

「はい……」

「だったら市役所行ってみろよ」


 なんのことだ?

 俺が聞こうとすると。


 カンナさんは、言葉も聞かずにそれを察して。


 ニヤリと笑って。

 手をくいくい。


「五百円」

「悪魔め」


 しょうがねえなと。

 財布を開くと。


 秋乃が、ひょいと五百円玉を横取りして。

 懲りずに銃にセットした。


「なんで市役所なのか、白状して……」

「やなこった」

「発射」


 単にワイロ渡すだけになってるじゃねえか。

 俺は、溜息まじりにそんなやり取りを見つめていたら。


 秋乃がトリガーを引いて。

 ぺんと情けない音を……?


 バシュッ!!!


「げふっ!?」


 薬莢の吐き出し口から勢いよく飛び出した五百円玉が……。


「以下略」


 気づけば俺の体が横になっている。

 だが、俺にはそんな謎なんか考える余裕はない。


 またなのかとつぶやきながら近づく黒髪を見つめながら。

 俺は、思う。


 今から、きっと。

 涙を零しながら眠りにつくことになるのだろうなと。


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