救急の日


 ~ 九月九日(木) 救急の日 ~

 ※堆金積玉たいきんせきぎょく

  莫大金を集めること



 月面ドーム内で『羅弥兎人ラビット』が操るのは『ミスチスタフ』だけ。その常識が、一本の緊急通信を経て覆された。

 緊急通信を受けた俺たちは磐長媛いわながひめドームへと急行している。緊張が走る。非常事態だ。


「ドーム内にタートルタイプが出るなんて……」

『ほんとなの? 亮子』

「今までのお遊びとは違う。お前らも軍人だということを思い出して腹をくくれ」


 この月面では、羅弥兎人と人類との死闘が繰り広げられている。だがそれは洞窟内での話だ。ドームの中は、まるで対岸の火事。ここに現れる羅弥兎人たちは、ミスチスタフを使って笑えるいたずらをするばかり。

 長い間、ぬるま湯につかっていた俺にとっての蒸気船。一瞬の油断が生死を分かつ戦場は目と鼻の先。……相手は、タートルタイプ。羅弥兎人が操る殺りく兵器。

 絞り出す吐息が大きく震える。スティックを握る手が汗ばんで無駄に力が入る。


 そんな中。


「だからね? ようちえんのげたばこのくつ、しゃっふるしてみたの」

「何でついて来てるんだお前っ!!!」


 さっき捕獲したばかりの羅弥兎人ラビット。優先順の問題で、解放してやった悪ガキが、亮ちゃんと一緒に俺の腕の中。


「我の指定席が狭くなったぞ、小娘。名を名乗れ」

「そのまえの、くるまのうしろにひもでぶらさがってけっこんしきごっこしたときはみんなのてあしがもげてあびきょうかんだったからね? こんどのはたのしいかなって!」

「……名前は?」

「ちびらびのなまえ?」

「言うとる」

「ちびらびのなまえは、うるしまちびらび! ろくさい!」

「…………よくできました」


 そう言いながら俺に助けを求める亮ちゃんの視線は、困った半分、こいつ可愛いぞ半分という実に複雑なものだった。


「連れて来ちゃって良かったのか?」

「貴様がここまで持ち上げたんだろうが!」

「だってさ、足にしがみついてるんだもんよ。連絡通路に落っことしたりしたら、最悪野垂れ死にだ」

「羅弥兎人は死なんよ。ほら、こんなに頑丈だ」

「ふへへへへへへへへ!」

「うわ!? それ痛くねえのかちびらび! ほっぺた、全幅1メートル近くになってるぞ!?」

「うへ? ちとかゆい?」

『ちょっと! 三人で与太話してる場合じゃないでしょ!? ゲートは目の前よ!』


 ヘッドギアから響くタッキーの怒鳴り声を浴びて我に返る。

 そうだった。これは戦争だ。


 タートルタイプがいるってことは、近くに羅弥兎人が必ずいる。国連軍が来るまで町の被害を抑える必要がある。

 場合によっては、そいつを倒さなきゃならない。


「……ゲート出たとこでこいつは置いてこう」

「そうだな。桜子、先行してできるだけ詳細な情報を我に送れ」

『分かった!』


 タッキーの返事と共に、磐長媛いわながひめドームへのゲートが開く。そこに広がる見慣れたビル群の向こうに、破壊を表す黒煙が伸びる。急に顔を強張らせることになったが、ちびらびのせいで弛緩した。


「あれ? むこうにいるの、サキ!」

「は? 知り合いなのか?」

「しってるけど、あのね? サキはおかあさんチームだから! ちびらびはせんせいチーム!」

「なんのこっちゃ?」

「おい、剣! ボケっとしてないで早くこいつを下ろせ!」


 ゲート前のターミナルを抜けて、人気のない森林区画へ降りる。そして亮ちゃんとちびらびを地面に下ろしたんだが。


「剣! 九時方向!」


 突如響いた亮ちゃんの叫び声。慌てて振り返ると、目の前には五メートル近くある艶やかな乳白色の塊。そして正面に見える赤い宝石はまごうこと無きマーキーズ。


「タートルタイプ!?」



 …………殺される。



 銃すら構える事が出来ない。頭が冷たく、真っ白になる。だが、そんな俺の視界の中、ちびらびがタートルタイプへ近づくと、そのボディーをペチンと叩いた。


「こら! おかあさんチームのいうこときいちゃだめ! おうちにかえりなさい!」

「ち……、ちびらび。操縦してるやつとも知り合いなのか?」

「そうじゅう? わかんね。このこのなまえは、こいわいテンポちゃん!」

「テン……?」

「サキにくっついてきて、わるいことしちゃったんだって!」


 今まで、俺たちは。タートルタイプは、羅弥兎人が操縦する兵器だと思っていた。


「まさか……。じゃあ、そいつは、生きてるのか?」

「そうだよ? だってついてるじゃない!」


 ちびらびは、唖然とする俺たちが見守る中。

 タートルタイプの身体に器用に登る。


「ついてるって……、なにが?」


 そして、マーキーズをぺちぺち叩きながら。

 驚愕の事実を口にした。



「たましい」



 その時、視界の端に、また一つ真っ赤な炎が上がった。


 これ以上考える時間は。

 俺に残されてはいなかった。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「…………椎名」

「はい!」

「立っとれ」

「嫌だな先生! それはあたしの仕事じゃないですよー!」


 秋乃と、椅子を半分にして座ってるこの部外者。

 椎名しいなあいさんは。


 昼休みっていう約束だったのに、やたら早く着いたらしく。

 教室に入ってきて。

 授業を受けて。


「それより、先生! さっきの構文の意味が分かりません!」

「じゃまだ」


 質問しっぱなしなんだが。


「ほんとに卒業生なのか?」

「あのね。社会に出て英語と触れ合う機会なんかそうそうないの。まるで忘れちゃったわよ」

「それだけは学生に言っちゃあかんやつ」


 みんなだって、うすうす感づいてる真相に。

 気付かないふりして一生懸命勉強してるんだ。


「そこの右後ろ。邪魔だからまとめて立っとれ」

「そ、そういう事なら……」


 みんなの邪魔になっているのを

 申し訳なさそうに俯き続けていたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきのは。

 素晴らしい提案をいただいたとばかりに。


 じっと俺を見つめる。


「よし。そういう事なら愛さん連れて三人で出るか」

「え? なんで……?」

「なんでって。え? どういうこと?」

「このパターンは、立哉君だけ廊下行き……」

「うはははははははははははは!!!」


 そして授業終了の鐘が鳴ると。

 何か言いたげにしていた先生は。


 靴音をガツガツ鳴らして教室を出て行った。


 ざまをみよ。

 たまには完全勝利で終わるのも悪くねえな。


「グッドグッド! そんじゃ、MFAのデザイン持って来たから、みんなで確認して頂戴!」


 そして、タブレットをブンブンと振る愛さんに。

 何人かが群がって来る。


 基本的に、ロボは愛さんと秋乃任せだから。

 単に興味が湧いた連中ばかりが寄って来た訳なんだが……。


「うわかっこいい!」

「滝野機、想像の斜め上だぜ……」

「おお。この3Dデータ貰えますか?」

「いいわよ? ……ちょっと! みんなで確認してって言ってるでしょ? ほら、小野弟! 日向妹! 言うこと聞きなさい!」


 知り合い権限を振りかざす愛さんに。

 憮然とした二人の反論。


「俺、背景書くので手一杯だから。見ねえよ別に」

「あたし、男子が寄ってるとこに近寄りたくないし」

「なによつれないわね!」

「そうだぞお前ら。これ、すげえぞ?」

「ほんと、見とけって」


 なんというか、クラスの半分くらいから。

 ちょっと嫌悪感のような空気があるようなないような。


「まあ、いいじゃない。みんなそれぞれ担当の仕事で頭がいっぱいなんだから」

「それもそうか。保坂ちゃんは台本読んでる? 役作りに集中してる?」

「俺、費用の方で頭一杯だよ」


 前回の大惨事。

 あれを忘れて、俺に一番の厄介ごとを押しつけたクラスの連中が恨めしい。


 でも、そんな俺の暗雲を。

 愛さんは察してくれたようだ。


「大丈夫大丈夫! 安心なさい!」

「なんか手があるのか?」

「スポンサーって知ってる?」

「……牛乳パック劇に金出す奴なんかいるのか?」

「シャラップラップ! これのどこが牛乳パックだって?」


 急に怒りだした愛さんに。

 押しつけられたタブレット。


 そこに描かれていたMFAは。


「うわ。ほんとにすげえな」

「でしょ!?」

「でもこれ、作れるの?」

「もちろんよ!」

「そ、そしてこれがミニチュア版……、よ?」


 話の流れで。

 秋乃が鞄から出した超合金的なロボパーツ。


「「「おおお!」」」


 メカ好き連中がやいのやいの騒いでいるんだが。

 

「パーツだけじゃピンと来ねえな」

「そう言うと思って……」


 俺が文句をつけると。

 秋乃が鞄をあさりだす。


 MFAを装着する人形でも作ったのか。

 それなら確かにイメージが湧く。


 全てのパーツが装着された状態。

 男の子なら誰だって楽しみだ。


 パイロットスーツとか、どんな感じなんだろう。

 そんな、期待に胸を膨らませた俺の目の前に。



 着せ替え人形。



「うはははははははははははは!!! 急に女の子向け!」


 爆笑する俺に、何の不満があったのか。

 秋乃はムッとしながら、腕のパーツを取り付ける。


「やめろやめろ! お出掛け着が汚れる!」

「よ、汚れることなく遠距離から敵を破壊……」

「それにイメージ沸かねえって。ドレス、脱がせてみれば?」


 俺の提案に。

 なぜかあがる、男子からの歓声。


 すると、顔を真っ赤にさせた秋乃が腕を俺に向けて。


「なんだ? ロケットパンチ機能?」


 無言のままで。

 腕パーツから飛び出した赤いでっぱりを押すと。


「ごはっ!?」


 ……ほぼ、何が起こったか理解できぬまま。


 いつものように。

 俺は意識を失った。



 飛び出した腕から青白い炎が噴出してるように見えたんだが。

 いやいや、そんなバカな。


 俺は、単に疲れてるだけ。

 だから毎日、なぜか眉間に発生する頭痛を感じながら。


 こうして眠っちまうんだ。



「よくこんな小さなものにそんな機構搭載できたわね!?」

「逆に、実物を飛ばす方に難点があって……」



 眠ってるから聞こえない。

 そんなもの作るのに、いくらかかると思ってるんだお前ら。


 そしてそんな資金を。

 誰が調達すると思ってるんだ?

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