休養の日


 ~ 九月八日(水) 休養の日 ~

 ※白川夜船しらかわよふね

  爆睡してて何も気がつかないこと。



 第三次世界大戦を経て人類が目にしたもの。

 それは新しい世界のヒエラルキーと、戦争を起こした権力者への不満の目を背けるためのプロパガンダ。


 宇宙への進出という大プロジェクトに関して、国家間の連携と開発意識が際限なく高まっていった背景にはそういった理由があり、国際連合はそれまでの『調整役』という殻を脱ぎ捨て、『人類の推進』という旗を掲げる強大な組織として見事に機能した。

 結果、終戦から十年を待たずして地球と月との間にあるラグランジュポイントにスペースコロニーが完成したのだが、想定していた内部重力制御が思うようにいかず、人が暮らすのには向かないことが分かった各国は計画から手を引き、「労働力」と化した敗戦国へとその運用を任せるようになっていく。

 この流れに一縷の希望をかけて、再び過去の権力を取り戻そうと積極的に力を注いだのが日本だった。

 日本政府は大規模な派遣団を組み、行き来しやすくなった月面からヘリウム3を採掘するなどの産業を安定化させるとともに、大規模な月面調査を行った。

 そして調査開始から五ヶ月。月面の裏側で、日本調査団はそれを発見した。 


 日本の月面調査団が発見したもの。それは、月面の裏側、急峻な山に囲まれた広大な盆地と、その端にぽっかりと口をあけた巨大な洞窟だった。

 この発見について、各国の反応は淡白なものだった。巨大なクレバスが多数存在する月面において、ちょっと物珍しい程度の開口部に何があるものと、調査に協力すら名乗り出る国は無かった。ゴシップ誌には日の丸の入った宇宙服で宝箱を開け、中に入った長石や玄武岩を掲げて歓喜する風刺マンガなども載るほどにバカにされたものだったが、日本政府は洞窟の調査に国家の威信をかけた。

 心もとない国家予算のほとんどを投入し、千人にも及ぶ探検隊を月の裏側へ派遣することを決定すると、国連はこの身勝手な行動に腹を立てつつも、やむなく二百人ほどの武装兵を同行させた。そんな彼らを開口部の外に設営したキャンプへ残し、エリートばかりで構成された探検隊は、少しずつ慎重に、時として大胆に月の内部へと潜って行った。

 そして洞窟調査開始から二十日後、開口部付近のベースキャンプで待機してい

た国連軍から地球へと連絡が入る。調査団一千二十四人が、忽然と姿を消した、と。


 日本探検隊の消息不明事件は各国を大きく揺るがした。それは同行した国連軍から報告のあった洞窟の形状と性質を耳にして以来、各国がこの探検に興味津々だったことにも由来する。滑らかで、虹色の光が走りぬける乳白色の壁。地球上のものと酷似した装飾物。この開口部は、明らかに人工的に作られた物だった。

 それらに使われている不思議な素材についての報告にも驚いた。どんな手段を用いても、傷一つ入らないのである。装飾品は全て床か壁から直接生えていて全体が一枚構造であるため、研究のために持ち帰ることすら出来なかった。

 にわかには信じがたい。だが、興味はそそられる。そこで国連が――新たなヒエラルキーの上位国が――出した結論は、一千二十四人の救出について義務と責任があるものの既に国力が尽きている日本政府に対し、この責務と共に洞窟についての権益を全て取り上げるというものだった。そして即時、人命救助という題目で二百人の軍勢に開口部への進入を開始させたのだが、作戦開始から七日目、軍からの報告に、国連は、いや、地球は戦慄することとなった。


 まず報告の一つ目は、開口部近辺、数百キロメートルの範囲で重力が急に消失したこと。二つ目は、軍は使命を放棄してキャンプまで撤退したこと。

 そして三つ目の報告は、撮影された映像を見てもなお、誰にも信じることができないものだった。


 その映像は開口部の外に作られたベースキャンプから撮影されたもので、まずはじめに開口部から慌てて脱出するも、無重力であるために宇宙へ放り出されて行く兵士達が映し出されていた。そして彼らを洞窟から追いやるように、亀の甲羅の様な胴体に四本の足を付けた異形が次々と姿を現した。そして最後に、異形を率いるかのように、人間と酷似した生物が開口部から顔を出したのだ。

 真空の中、生身で活動できる赤い目をした月居人。人類は、この時初めて。


 『羅弥兎人ラビット』と遭遇したのだ。


 ……触らぬ神に祟りなし。だが、時はすでに遅い。

 巣穴から出てしまった彼らは。一体、何を欲するのであろうか。


 戦争か。

 友好か。


 それとも…………。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「体が欲しているのよ」

「うはははははははははははは!!!」


 放課後の待ち合わせ場所へ向かうため。

 校庭を横切りながら。


 連日の気絶事件。

 その責任を生理現象になすりつけるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 さすがにふざけるなとチョップを入れながら校庭を歩く俺に。

 声をかけて来た二つの影。


「おお。少年だったか」

「グッドグッド! 保坂ちゃんと知り合いだったの!?」


 工務店やってます。

 そう主張する作業着姿のお兄さんは。


 ワンコ・バーガーのひさしを取り換え工事した時。

 一緒に汗を流したあの人だ。


 同じ仕様の作業着を、愛さんも着てるけど。

 現場下見程度で借りるわけないよな。

 てことは、同じ職場なのか?


「なんて縁だ。とはいえ、今日限りの縁になるかもしれないけど」

「そんなことねえぞ? 話は椎名っちから全部聞いてる」

「ウソ。マジで作る気か?」

「前のより遥かに小さいからな」


 前のって何?

 聞き返そうとした俺の言葉を遮るように。


 一気にまくしたてる三人の科学者たち。


「クレーンの設置場所はどう?」

「前と同じでいいだろ。木を何本か掘り起こして他へ植えよう」

「クレーンじゃなくて、実際に浮かせたい……」

「なるほど! グッドなアイデアね!」

「推進、操縦までは難しいが?」

「ロ、ロケットエンジンの小型版なら作れる……」

「ウソでしょ? 何者なのよ舞浜ちゃん」

「でも、燃料が手に入らない……」

「液体水素か」

「液化天然ガスでもいいのよね?」

「ふざけんなお前ら。そんなもん買えるわけあるか」

「ド、ドラッグストア、とか?」

「ポイント貯める気?」


 何だこの三人。

 付き合ってられん。


 みんなとの距離は1メーターちょい。

 でも心の距離は月と地球。


 もう放っておいて帰ろうと。

 振り返ったその瞬間。


「ぐぇ」


 首根っこを掴まれて止められた。


 ……さっきも言ったが。

 彼我の距離は一メートル。


 人類では到達するのに難しい。

 月への距離を縮めたものは。


「お? えらいなお前。マニピュレーターの試作品、ちゃんと作って来たのか」

「バッドバッド! それじゃマニピュレーターじゃなくてマジックハンドじゃない!」


 愛さんの言う通り。

 俺の首を掴んでいるのはマジックハンド。


 小説に出てくるような腕パーツなんか作れるはずもない。

 これが現実だ。


「じ、時間が無くて……」

「時間が無くても仕上げて来る。それがプロの仕事だ」

「そうそう! そんな子供だましじゃダメなのよ?」

「設計図は書いたんですけど……」

「ほう。見せてみろ」


 片手でマジックハンドを掴みながら。

 秋乃が二人に図面を見せる。


 それをつまみに。

 また、三人しか分からない会話が開始された。


「なるほど、いい発想だが……」

「そ、そうなんです。試作してみないと、何とも言えない……」

「じゃあ、俺たちの試作品見ながら話すか」

「グッドグッド! 今出すわね?」


 ……秋乃よ。

 まだまだ甘いな、お前は。


 首を掴んでいるからって。

 根っこを握って梨乃は、お前の細腕一つ。


 走れば簡単に振り切れる。

 そこで無様に悔しがるがいい!


「じゃあ、また明日!」


 ここぞとばかりに駆け出すと。

 想定通り、首のマジックハンドが抵抗もなくついて来る。


 そして一気にスピードに乗ったところで。



 ……左右の足首を。

 同時に誰かに掴まれた。


「ごひん!」


 勢いよく地面に打ち付けた眉間。

 俺は、薄れる意識の中で状況を確認すると。


 彼我の距離は三メートル。

 人類では到達するのに難しい。

 月への距離を縮めたものは。


「プ、プロは時間が無くても仕上げて来る……、ですよね?」

「何を言う。金を貰うまではただの趣味だ」

「右に同じー」


 秋乃の作品より、ちょっと長く伸びるマジックハンドが。


 二ヶ。


 ああ、なるほど。

 ロボってそんな感じか。


 俺は、牛乳パックロボを着込んで舞台に立つ姿を想像しながら。

 今日もまた、深い眠りについたのだった。






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