クリーナーの日


 ~ 九月七日(火) クリーナーの日 ~

 ※画蛇添足がだてんそく

  いらんものくっつけて失敗すること




 ああ。おひさま幼稚園の庭をホバリングしながら、二・五メートルもの大剣を振り回して子供達からキャーキャー歓声を浴びている真っ赤な機体。

 滝乃桜子。同級生にして俺の同僚が、今やみんなのヒーローだ。


「おねえちゃん! がんばれー!」

「やっつけてー!」


 だが相手が五十センチ程度のウサギのぬいぐるみなんて、まるでアリに立ち向かうゾウの如し。もう幾百と数える斬撃も、ろくに当たることなく空を切り続ける。


 ……そう。


 俺たち人類の敵対勢力。耳の先まで身長に入れてあげてもようやく二十センチ弱という、『ミスチスタフ』と呼ばれる小さなウサギのぬいぐるみは、体の一部に上下が尖った楕円形の、真っ赤なルビーのような――その形状から『マーキーズ』と呼ばれる宝石をくっつけている以外は本当に綿と布でできた、ただのぬいぐるみなのだ。

 どうしてこれが意志を持って動くのか。全世界の科学者たちを悩ませる敵対勢力の下っ端について、この土地に暮らす人々は寛容だ。


 こいつらがもたらす脅威。そのほとんどは、笑える冗談程度の物だから。


「タッキー。がんばれー」

「ふざけてないで早く見つけなさいよ!」


 まるで瞬間湯沸かし器。ちょっとからかうとこれだ。

 フレアスカートのようにタッキーの腰回りを浮かぶ六本の黒刀。フローティング・ポイントの一つが俺に向かって射出されて銀色の機体をかすめる。


「あぶなっ!?」

「こら貴様! 今、我を庇わなかったろう!」

「そんな超反応できるわけあるか!」


 そしてこっちも湯沸かし器。俺が、今更盾の形をしたフローティングポイントを寄せた上官。まるで中学生のような体格とは不釣合いな『中佐』の階級章をつけた少女の名は神取亮子。

 日本人のくせに金髪碧眼を持つ彼女とタッキーと俺。三人でひとつのユニットなんだが、この人、MFAはおろか戦闘服すら着ない。そのせいで、作戦中は薄いブラウンのジャケットとタイトスカートという平時用の女性軍服の亮ちゃんを俺がお姫様抱っこするのが我が隊の当たり前となっている。てか、索敵くらい手伝ってくれてもいいのに。


「愛妻に見とれてないで、とっとと探せよ」

「愛妻に、いつかなってくれるかなあ?」

「実現不可能な妄想してないで、とっとと探せよ」

「うい」


 言われなくてもやってるさ。右腕パーツの中に設置されたホイールマウスを親指と人差し指で操作して、目の前に何枚も表示させた浮遊ウィンドウに目を走らせる。


 そろそろタッキーの体力も限界だ。素早い動きのミスチスタフ相手に暴れっぱなしだからな。それでも、俺とは違ってさすがの運動神経。地面に転がるぬいぐるみの腕や足。何発か、ウサギにヒットさせてはいる。でも、マーキーズを切らねばやつらは動きを止めやしない。


「……いた!」


 ようやく俺の目が捕まえたのは、敵対勢力のボス。

 近隣マップの一点をクリックして、タッキーにアテンションコールをしながら鈍重な機体を方向転換させているうちに、赤い機体は煌めく粒子を撒き散らしながら俺を抜き去った。


「子供を泣かせたらどうなるか教えてやる!」


 くそう、負けるもんか。俺は左腕パーツの中に設置されている、親指で操作するスロットルを引き絞って脚部のブースターの出力を上げる。


 だが、加速性で遥かに劣る俺の機体が現場に到着する前には、ヘッドギアから甲高い声が届くのだった。


『またあんたね! 観念なさい!』


 半透明に表示されたマップ上、赤いハートマークで囲んだタッキーの顔のイラストアイコンが敵対勢力を表す青いウサギ形アイコンに一致している。


「どうやら確保したようだな」


 亮ちゃんも、自分のヘッドギアから表示された浮遊ウィンドウで確認していたらしい。俺の正面にウィンドウの一つを移動させてきたんだが、じゃまだ。もう目視できてるよ。自慢じゃないが、視力は滅茶苦茶いいからな。

 肉眼で見える光景が、ウィンドウに表示された光景と近付いていく。やがて二つが同じサイズになると同時に、機体が地面を削り取りながら着地した。


 ……赤い機体が、その手で摘まみ上げる者。ミスチスタフを扇動して、コロニーに混乱をもたらす者。

 ふりふりなピンクのお出かけ着を着て、オレンジ色の前髪をぱっつんに切りそろえた、ただの人間の小学生にしか見えないこいつが。


「どどどどど、どうしよ?」


 俺達、地球人の宿敵。月の地下に暮らす民、『羅弥兎人ラビット』だ。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 よくSFで見かける光景。

 昨日、執事喫茶に決まったはずなのに。


 誰一人として。

 その記憶を持っていないようだ。


「はい! 去年と同じ段取りよ! 基本的には監督の指示に従って!」

「また丸投げかよ。そんな去年通り勘弁しろ」


 人間の脳は。

 嫌なことは忘れ。

 嬉しい記憶が残るという。


 だというのに。

 去年、俺は、みんなによくやったと褒められ称えられ。


 涙まで流したというのに。


「俺の脳、ダメかもしれん」

「脳が?」

「嫌なこと以外思い出せねえんだが」

「…………かっこよかったよ?」


 逃げだそう。

 南の島へ行こう。


 そう決めていた俺を、あっという間にやる気にさせたのは。

 舞浜まいはまあき……。


「百万円ものお金を稼げるなんて」

「うはははははははははははは!!!」


 そっちかあ!


「ちきしょう! 嫌な記憶がまた一ページ加わった!」


 去年、夢野さんによる手違いで。

 百万円もの借金を背負うことになった我がクラス。


 結局、知人から費用を借りることに成功はしたんだが。


 利息だ何だと滅茶苦茶積み重なって。

 先日、一千万円を突破しましたとおめでとうメッセージが届いたのだ。


 そんな轍は踏むまいと。

 収益すら生むことを見越して喫茶店を出すことにしたのに。


 秋乃と一緒に。

 この異常な展開に渋い顔。


「……なんだよ、その待ってました顔」

「い、嫌な記憶、吸いつくすそうか?」


 そう言いながら、秋乃が向かった先は教室の後ろ。

 後ろ黒板の下に置かれた不審物。

 そこにかけられた、工事現場のビニールシートをずるずると避けると。


 中から現れたそれは。


「な、何の変哲もない掃除機……」

「変哲とは」


 多分、それは日本語じゃない。

 どこかの国で、逆の意味で用いられる言葉。


 巨大な金属のボディーにカタツムリの渦のようなエネルギーゲージ。

 V型のバルブが十二本飛び出したエンジンらしきものが露出してる。


「……ケーブルレス」

「そうだな。家庭用電源なんて焼け石に水だな」


 一体、そんな機械で何を吸うというのか。

 頭を抱える俺の目の前で、秋乃が選んだ最初の獲物。


 後ろ黒板用の黒板消し。


「いつも、こいつ用のクリーナーの体たらくに疑問を感じていた……」

「それは同意だ」


 俺の首肯を合図とするかのように。

 秋乃は、ノズルの先に黒板消しをあてがって。

 

 スイッチオン。



 ずぼふっ! バキバキバキシュゴゴゴゴ!!!



「うわあ!!!」

「ひやあ!!!」


 慌ててスイッチを切った秋乃の手元には。

 黒板消しの『こ』の字も無い。


「お前、なんて殺りく兵器発明したんだ!?」

「まるでアリに立ち向かうゾウの如し……」

「やかましい」

「では本番」

「怖いわ。ノズルを耳に当てて来るな」

「記憶を吸い取る……」

「お前が耳から吸い出そうとしてるものの中に入ってることは認めるがな」


 味噌から始まってモツまで吸われそう。

 俺が恐れおののきながら席を立って逃げ出そうとすると。


「スイッチオン」

「ごはっ!?」


 背中に強烈な空気砲を浴びて床を転がって。

 勢いを殺しきれずに扉へ大激突。


「あ。逆回転してた……」


 吸う、吐く。

 いずれにしても殺りく兵器。


 俺は、こんなものを作り出す女が開発に手を貸すと喜んで約束していた昨日の記憶だけは消えて欲しと願いながら。


 昨日に続いて、意識を失った。

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