秋乃は立哉を眠らせたい? 第16笑

如月 仁成

白露


 ~ 九月六日(月) 白露 ~

 ※門外漢もんがいかん

  あることに、まったく関係のない人。

  ……そうであってくれ




『出撃シークェンス、第三段階へ移行』

『マス・レストールリアクター、稼働率六十パーセント。アクチュエータへのシナプス接続完了』

『マスタースレイブモード開始。全アクチュエータ、ロック解除』

『マグネティックフォーサー起動。フローティング・ポイント、デフォルトポジションへ』

『全可動部、動作チェックオールグリーン。マスターハズコントロール』

「さっき戻って来たばっかだってのに。人遣いの荒い職場だこと」


 矢継ぎ早に出される状況報告と機械音。兵士能力強化武装マスター・フォースメント・アーム、通称、MFAのハンガーを満たす喧騒の中、俺は軽くため息をついていた。

 

 俺達の主な任務は、このMFAを駆り、月の内部に住む敵対勢力から地球人を護ること。などと言えば聞こえはいいのだが、俺達の所属は新兵器開発部。つまり新たな軍用兵器の実験のため、さほど脅威とは言えない程度の敵と戦ってデータを取ることが一番の目的なのだ。


 MFAは正規の国連月面軍も使用している装備なのだが、俺たちのものとは形状も能力も大きく異なり、月面、あるいはゼロG戦を想定して、運動能力よりも安定性、火力よりも装甲に重きを置いている。真空に近い場所で肌が露出しようものなら数十秒でチアノーゼになって命を落としてしまうため、戦闘中、敵に何回攻撃できるかより敵の攻撃に何回耐えられるかを重視した無骨な多重装甲となっているのだ。

 そんな『乗り込む』タイプとは異なり、俺達の実験用MFAは月面ドーム内でしか戦えない『着込む』露出型だ。地球の重力と同じ状態を想定した大出力、完全露出のMFAは、軍のお偉方に『子供騙しのヒーローロボ』と中傷されている。

 だが、ヒーロー結構じゃないか。もともと俺が軍人になろうと思った動機そのものだし、それになによりかっこいい。

 正面に見える滝乃桜子の機体。同級生にして、俺の同僚であるタッキーのMFAは流線型で細身、各部がちょっと長めのパーツでまとまっている。

 固定用モノリスの深い緑に映える真っ赤な機体は、全長二・九メートルにも及ぶ巨大なロボの腕と脚だけ取り外して人体に無理やりくっつけたようなイメージだ。

 胸周りには鎧のようなパーツと、腰には後ろだけ長いスカートのようなパーツが装着され、彼女の周りには六本の長い剣と、四つの涙形のフローティングポイントが浮いている。

 タッキーのMFAとは対照的に、俺の機体は角ばって無骨。先輩達が使う一世代前のMFAに近い形状だが、皆さんの機体より二周りくらい大きい。

 正面に見える機体と比べると、若干全長は低いのに総重量なんと四倍。盾の形をしたフローティングポイントも、二十三機浮かんでいる。

 防御力特化といえばその通りなのだが、その防御力は機体の内部に埋め込まれた不思議装置を護るためだけに備わっているものらしい。

 まともに操縦するのも難しい、重い重いこの機体。戦闘ではタッキーの足を引っ張るばかりで、帰還の度に白銀のボディーと俺のプライドがボロボロになっていく。


「さあ、今日こそは頑張らないと」


 良いとこ見せないと。

 これ以上、恥をさらす訳にはいかないんだ。


「なにぶっさいくな顔でたそがれてんのよ、けん! シャキッとしなさい!」

「うい」


 可愛いアーモンド形の瞳が、浮遊ウィンドウの中から俺を見据える。

 タッキーの言う通りだ。今回はデータ収集よりも重大な使命がある。


「早く子供たちを助けなきゃ!」

「うい」


 大人にとっては、ちょっとしたいつものイタズラ。人によっては楽しんでいる節もある、敵対勢力の恣意行為。

 でも、子供にとっては大事件。耳にした緊急通信の向こう側から、沢山の泣き声が聞こえていた。


 ……ガゴンと大きな音が響いて薄暗いハンガーに光の筋が差し込む。空中に漂う微細な粒子を輝かせた光の筋は、壁面が上下に開くのに合わせてその束を広げていく。

 真っ白な空間から、ぼんやりと森の木々が、その先にある市街地が浮かび上がってくるにつれ、肺の中の空気が凛としたものに入れ替わっていくのを感じた。


 あそこで暮らす人々が待っている。俺が行くのを、待っている。


 町の上には遠く、高くに月面ドームの五層構造になった強化ガラスが輝き、さらにその外を覆う何万機ものパネルが一度蓄えた太陽の光を地上へと注いでいる。

 平和な光、暖かな光。俺も、誰かのための光になりたい。


天宮あまみや機、最終シークェンスオールグリーン! テイクオフ!』


 マニピュレーターから解放されるいつもの浮遊感を一瞬感じた後、俺は、さっきと同じ言葉を、さっきとは違う気持ちで呟いていた。


「さあ、今日こそは頑張らないと」


 機体の中で強く拳を握り締めると、この重いばっかりで足手まといな最高の愛機も金属音とともにその拳を握り、甲高い駆動音で咆哮した。

 最新鋭の実験機を駆る軍人としてではなく、平和を護る騎士として戦おう。軍人になることを決意したあの日のことを思い出しながら、俺は改めてそう誓うのだった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 ヒグラシのやるせない声が、開け放した窓から秋風に乗って耳に届く教室内。


 俺は、頭を掻きながら。

 分厚いコピー用紙の束をパタンと閉じた。


「明後日って言ってなかったでしたっけ?」

「いやあ! 思いの外、筆が進んじゃったからさ! 第二章まで書けたところで持ってきちまったって訳よ!」


 俺の正面。

 パラガスの席に腰かけてこっちを見つめるぶかぶか眼鏡。


 彼女の名前は、椎名しいなあいさん。


 つい昨日までの旅行で出会って。

 短い時間の間に仲良くなった彼女は。


 この学校の卒業生で。

 いろいろとコネがあるらしく。


 こうして放課後の教室までズカズカと入ってきて。

 俺たちに読書タイムを強要したのだ。


「それで? これが? 投稿でもするのか?」

「これが? って何よ! ひとが徹夜して文化祭の台本書いてきたってのに!」


 いや、意味分からん。

 まるで理解不能なんだが。


「今さっき、執事喫茶やることに決まったばっかなんだけど」

「ちっちっち! あたしはここに対して絶対的な権力握ってるからさ!」

「なにそれ?」

「先生に頼んだら一発OKしてくれたし、小野ちゃんの弟もいるし日向ちゃんの妹もいるし!」


 何者なんだこの人。

 でも、その程度で決定が覆るはずはない。


「なんだか分からんが、それでどうにかなるわけねえだろ」

「もちろん分かってるわよ? だからあたしは、このクラスのドン、安西ちゃんを丸め込んだ!」

「…………は?」


 確かに、委員長の一声でこのクラスの連中はころっとひっくり返る。


 でもさ。


「どうやって篭絡したんだよ」

「とち……、おっとっと。ちょっと伝手があってね? 根回しはデートの約束で一発OK!」

「よく分からんが、色恋を取引に使うなんて愛さんらしくない」


 ついこの間、どピュアな失恋して俺たちを心配させといて。

 何なんだよお前。


「まあまあ! こと、ロボの話になると前後不覚になるのがあたしのいい所!」

「良くねえとこだばかやろう」

「とにかく! あんたら主人公とヒロインなんだから! しっかりセリフ覚えなさい!」

「なんだそりゃ!?」


 劇のシナリオじゃねえだろこれ。

 それにロボとか、何をどうするつもりなんだ?


 さらに、だ。


「おい。お前からも何か言ってやれ」


 俺の隣で。

 静かに台本とやらに目を通していたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 劇のヒロインとか言われて。

 易々承諾するわけが……。


「ロ、ロボ、操縦できるの……?」

「まじかあ」


 なんたる二つ返事。

 最悪の事態になった。


「いいか? ロボットなんか作れるわけねえだろ」

「素材……、いくらでも調達できる」


 確固たる協力の姿勢。

 これは崩すのが難しそう。


 ……それはともかく。

 そう言えば、こいつ。

 年中いろんなもの作ってるけど。


 鉄やらねじやら。

 どこから貰って来てるんだ?


 鞄をあさる秋乃の背中。

 秘密を一つ知ることができるのかもしれん。


 俺たちに、調達場所でも教えるものかと。

 そう思って見ていたら。


「ロボの材料……」


 そう言って出したのは。



 牛乳パック。



「うはははははははははははは!!! 夏休みの工作!」

「ちゃんと洗って乾かしてある……」

「そんなで三メートル近いロボ造る気か? パンチとかしてみろ、ひしゃげるわ!」

「そ、そんなこと無い……」


 そう言いながら。

 秋乃は、ロボットアームを右こぶしに装着。


 そして俺に向かって。


「えい」


 ……予想外の速度で。

 顎を狙ってパンチを繰り出した。


「がふっ!?」

「……あ、ほんと。へこんじゃった……、ね?」


 秋乃は、どうやらロボアームの話をしているようだが。

 俺はそんなの見ることなどできずに椅子から転げ落ちる。


 そして白く煙る意識の中で。

 愛さんが呟いた、デジャビュという言葉を最後に意識を失った。



 ……去年以上の大事だ。

 今年こそ、文化祭は失敗に終わるかもしれん。


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