3-6
「今日はハンバーグを作ります。ペアに分かれて調理を行ってください」
今日は私の回だ。子供が好きそうなものというリクエストで、ハンバーグを選んでくれたのだ。
「渋沢さん、一緒に作ってくれませんか?」
隣にいた渋沢さんに声をかける。
まだ渋沢さんとはペアになったことがなかったはずだから。
「いいですよ。ハンバーグ、子供たちが小さい頃はよく作っていて懐かしい思い出です」
懐かしそうに目を細めながら渋沢さんが言う。
「そうなんですね。きっとお子さんたちもその思い出って覚えてますよ」
私だって、朧気ながら母の料理を覚えているくらいだもの。それが自分の好きなものだったら記憶に深く残っているに違いない。
支度をしながら、調理台の上を見る。ひき肉や玉ねぎ、調味料類が所狭しと並んでいて、今までの料理の中で一番材料が多い気がした。この素材たちをこれからハンバーグにするのかと思うと、身体がうずうずしてくる。
「二条さん、今日はちょっと元気ないわね。どうしたの?」
「えっ、そう見えますか?」
母との一悶着が心に残っていたけれど、表情にまで出ているんだろうか。心配させてしまって申し訳ない気持ちになる。
「何かあったんなら話してみて? 話すだけでも、気持ちが楽になることもあるし」
渋沢さんのやわらかい優しさに気持ちが溶けていく。
「実は、この前母とケンカしまして」
「親子だったらケンカのひとつふたつ、よくあることだけど、気持ちは沈んでしまうわね」
玉ねぎを切っているせいか、鼻の奥がツンとしてくる。
「今まで、一度もケンカなんてしたことないんですよ。っていうのも、私、反抗期とかなくて、母が決めたことに意見したことがなかったんです」
うんうんと頷きながら続きを促してくれるのがありがたかった。
「ここに通うようになって、色々、自分で考えたりとか、色んな人がいるなっていうのを知って。私はなんて甘えているんだって思ったりして」
ぎゅっぎゅっと挽き肉をこねながら言葉を探す。手の平に張り付いてくる肉の食感が自分の感情みたいに思えて、強く押し返した。
「それで、ここに通うことになったのは父から言われたからなんですけど、料理が楽しくて、みなさんとおしゃべりしたりするのも好きで。だけど、母はよく思ってなかったみたいで」
ハンバーグのタネを形成する作業は料理というより、工作のようだ。
「突然、お見合いの話とかも出ちゃって。しかも相手は五十超えてる人とかで。料理教室も辞めろって言うし、どっちも嫌って言ったらすごく怒らせてしまったんです。たまたま父が帰ってきて、その後のことはわからないんですけど」
「そうだったんですね」
渋沢さんが調味料類を混ぜ合わせながら相槌を打った。
「母に私の思っていることを伝えたかっただけなんですけど、上手くいかないですね」
「親子とは言え、別々の人間ですからね。意見が衝突したりすることもありますよ。最初から上手くいくことなんてないですよ。私も子供たちと数え切れないほどケンカしました。辛抱強くお互い歩み寄る精神で、対話を重ねて行くしかないですけど、モヤモヤはしますよね」
みんなそうやって乗り越えて、穏やかな今があるのだろうか。
自分の思っていることと違うことがあれば話す、ということが、空腹になったら食事をするように自然にできたらいいのに。
じゅうっとフライパンにハンバーグのタネを置いて焼く。他の調理台からも美味しそうな匂いが漂ってきて、おなかが鳴る。
火が通っていくほどに縮んでいくハンバーグ。ちょっとだけ残念な気持ちになるのは、私が食いしん坊だということだろうか。こんがりとした表面がいかにも美味しそうで、実食が待ち遠しい。
幼い頃の記憶は考えれば考えるほど、霞んで見えなくなっていく。フライパンに仲良く並ぶハンバーグを眺めながら、あの日の食事はハンバーグだったかもしれないと思い直す。点と点がつながったような感触はないけれど、そうだったんじゃないかと思ってしまう。
母に、このハンバーグを作ってみようか。
何が正解かわからないなら、そうかもしれない料理を順番に作っていくしかない。作って、母と話したい。私の覚えていない私の話も、母が私に隠してきたことも、これから私がどうしていきたいのかも。
そのきっかけを、私は料理で。
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