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「それでね、平田さんったら『紀子ちゃんも早く結婚しないと行き遅れるわよ』なんて言うんですよ。失礼しちゃうわ」
夕食を食べながら、母は父へ愚痴をこぼしていた。今日の昼間、三人組が言っていたことだろう。
今日はハンバーグやエビフライ、ピラフにナポリタンなど、近所の洋食屋さんから取った出前だった。デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグは、ナイフを入れれば肉汁が溢れ出して食欲をそそる。
「紀子だってもう三十二だろう。考えなくちゃいけない年齢だ」
「そんなこと言ったって、紀子に見合う相手なんかそうそういませんよ」
父の言葉にぷりぷりしながら、ナポリタンを巻いていく母。
「それに、花嫁修業に料理教室通ったらとか言うんですよ。刺繍で手を使うのに、怪我でもしたらどうするっていうんですか」
「そんなに子供じゃあるまいし、気をつけていたら怪我なんてしないだろう」
父はピラフを口へ運ぶのも忘れて、呆れたように返している。
「料理……。そうだな。知り合いに料理教室の先生がいるんだが、かなり評判がよくてな。試しに通ってみたらどうだ?」
父がまっすぐに私を見ている。私は視線をそらして、ブロッコリーを見つめた。父から提案や紹介をされるのが初めてだったからだ。いつも母の言うことに頷いて許可を出すくらいだったのに、どういった風の吹き回しだろう。
「ちょっと、あなた」
「紀子はもう子供じゃない。何回か通ってどうしても嫌なら、辞めるのも仕方ないが」
「……わかりました。行ってみます」
優しいけれど有無を言わさぬ声色に、私は思わず頷いてしまった。
父が料理教室を勧めてくるなんて思ってもみなかった。一体どんな教室なのだろう。冷えて固まったぶにぶにのデミグラスソースを眺めながら、これからのことを考えた。
だけど何も、私の頭には思いつかなかった。
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