【2千】異端の児

平蕾知初雪

【1話完結】異端の児

 桃売りと呼ばれる女たちがいる。

 卑しい身分の者の中でもとりわけ立場が弱く、南方の野菜も育たぬような痩せた山の奥で、人目を避けるようにひっそりと暮らしている。


 もとは数十年ほど前に遠い東の地から移住してきた民族で、彼らはおしなべて身体が小さい。

 新天地の水やら土やらが合わなかったのか、移住して数年の間に、なぜか男だけが立て続けに夭折ようせつしてしまった。


 女だけになってしまっては、新たに安住の地を探すことも難しい。

 生き残った女たちはその地で生き延びるため、花や木の実に加えて春も売った。そのため花と春をかけて桃売りと呼ばれ、誰からも冷遇されていた。


 あるとき桃売りが身を寄せ合って暮らす集落に小さな異変が起きる。

 始まりは、ある娘が男児を産んだことだった。娘は肥立が悪く亡くなってしまったが、彼女の子は非常に丈夫で、十二を過ぎても死ななかった。


 桃売りが産んだ男児の半数は二歳まで生きられず、その後も五歳の壁を越えられない、と皆が思っていたのだから、これは異例の事態である。


 男児は温和で情け深い子だった。

 幼い頃から母に代わり、何かと自分の面倒を見てくれる一族の女たちに、多大な恩義を感じていたのである。集落の誰に対しても礼儀正しく、また優しかった。

 桃売りはこの男児を大切に育てようと世話を焼いたが、集落から一歩出れば途端に彼への風向きは変わる。


 彼が奇妙な子であることは、集落の外でも周知だったのである。

 異端児として嫌悪され、蔑まれ、石を投げられた。彼は一族の例に漏れず身体が小さかったため、意地の悪い子どもに追い回されてはちょっかいを出され、逃げ隠れて夜更けまで帰れなかったことも、一度や二度ではない。


 男児が十四になった年の始めのことである。


 都で不思議な病が流行った。

 当初、それは病と気付かれず、悪霊の仕業と考えられた。この病に罹ると目が真っ赤に充血し、性格が凶暴になり、人を喰らう獣のように暴れるためである。

 だからといって放っておけば、数日のうちにぱたりと死んでしまうのだが、抑えるほうも命懸けにならざるをえないのが厄介だった。


 都の医者が病の原因を突き止めたのは春の終わりで、その頃には都から遥か遠い地に住まう桃売りの女たちも、ぽつぽつとその病に冒されるようになった。


 病の原因は、井戸である。どこからか水に入り込んだ寄生虫がこのような奇妙な病を引き起こすのだという。


 しかし、東から移住してきた桃売りは、この病を治す薬の製法を知っていた。彼らの先住の地では、彼らの祖がすでにこの病の脅威に打ち勝ち、予防の方法までもを心得ている。

 桶に張った井戸水にミレの葉を浸しておけば、この寄生虫は人に宿る力を失う。


「都にはミレがありませぬ。私が届けて参りましょう」


 かの男児は人々を救うため、集落を出ると決めた。女たちは彼の決意を尊重し、誰一人止めようとはしなかった。

 作れるだけの薬を作り、彼にミレの葉を持たせ、無事を祈り抱きしめる。


「けれど桃売りの子だとわかったら、また酷い目に遭うよ」


 彼の身を案じ、一人の女がそう言ったが、彼は笑った。


「自分の出自を隠すことなどするまいか。私は桃売りから生まれ、桃売りに育てられたことを誇っておりますゆえ。旅先では桃太郎と名乗ることにいたしまする」


 悪戯っぽい目で彼はそう言ったのだという。



 我々とともに君たちも行かないか。悪鬼の如く凶悪な病に蝕まれた、西の都へ。

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